逆トリップ? 現代で獣人と出会う
ほんの少しですが乱暴表現があります。
苦手な方はご注意ください。
タイトル 不思議わんこの観察日記
とある明るい月の夜。
私は一匹の犬に出会いました。
「おお」
「あっ…」
薄汚れた毛並み。見た限りゴワ付いている。
それでも月光に照らされたそれは美しい白銀。
赤い瞳が私を射抜いた。
ホワイトシェパードに近いそれは、見た限り普通の犬。
しかしその犬は困惑したような表情をした後、踵を返し走り出した。
――――二足歩行で。
「芸達者…」
随分と芸達者なわんこである。
白わんこが居た足もとには弁当の空箱。
…お腹空いてたのかな…。
うむ、と顎に手を置き踵を返す。
明日からこの廃れた神社に通おう、そう決心しながら。
*一日目*
今日は不思議な犬に出会った。
二足歩行するなんて不思議すぎるので、観察日記を付けることにした。
(なんか言葉を発していた気がするが、それは流石に気のせいだろう)
白くて大きかった。洗ったらフワフワのモフモフなんだろうな…。
明日が楽しみ。
会社の部長しねばいいのに。
*二日目*
昨日と同じ時間に神社に向かう。
手には犬用の缶詰とミネラルウォーター、そして深めの紙皿二枚。
まずは餌付けだよね、うんうん。
白わんこが居た場所に向かってみたが、姿が見えない。
三十分ほど探してようやく発見。
しかし残念、逃げられた。
何回か姿を見つるものの逃げられるので、今日は此処で断念する。
昨日出会った場所に缶詰の肉と水を置いておく。
奮発して高い缶詰買ったんだからね。ちゃんと食べてよ。
今日は月明かりが弱い夜。
*三日目*
部長が風邪を引いたらしく休んだ。ざまぁすぎる。
呪詛を吐きながらお茶を淹れたのが功を成したのだ。
皆の笑顔が眩しいほど輝いている。明るい職場って素晴らしい。
定時より少しだけ早く上がれた。今日も神社へ向かう。
真っ先に見たのは昨日置いた紙皿。
思わずやったーと叫んでしまった。
紙皿は綺麗に空っぽになっていのだ!!
るんるん気分で再び肉を盛る。紙皿は勿論変えた。
エコじゃないよね。でもお皿を買うのもなぁ…。
そう思っていたら白わんこが遠くでこちらを見ていた。
相変わらず薄汚いけど、凛々しい顔つき。
私と眼が合ったら去ってしまった。四本足で。
うーむ。犬用の皿、買おうかな…。
*四日目*
寂しい一人暮らしの私は貯金があるため、思い切って皿を購入。
前から犬を飼いたかったから、もし白わんこと縁が無くなってもいつか使う日が来るだろう、なんて思ったから。
色は白わんこの毛並みと同じで白いやつ。骨の絵とか描いてあって可愛い。
紙皿を回収して代わりにそれを置いた。
これをいつか自宅に置ければいいのに、とか考えながら。
肉を更に盛っていたら、近くで物音がした。
振り向いたら白わんこがこちらを見ていた。
スッと鼻先が通った美犬。赤い瞳を持つわんこに、真っ赤な首輪、似合うだろうなぁ。
おいでって言ったけど来ない。でも去りもしない。
器から離れたらゆっくりと近づき食べ始めた。
腰を下ろして凝視。尻尾フワフワだ。触りたい。
「おいしい?」
私の方をちらっと見て舌舐めずり。
普通だね、そんな事を言っていそうなツンケンした顔だったけど、尻尾がブンブン振られてた。
犬が去った。器の中は空っぽだった。
*五日目*
白わんこが私を待ち構えていた。相変わらず距離があったけど。
心の距離を現してるのかな?
神社にある古い水道で器を濯ぎ、肉を盛る。
今日は無料配布されてた小袋のドッグフードも入れた。
ザラザラと音を立てて入れたら、白わんこは鼻をヒクつかせた。
「毎日お肉だけじゃ太っちゃうから」
無言。
「いっぱい食べてね」
一歩下がると、白わんこは餌に飛びついた。
うーん、そうだよね。一日一食じゃお腹空くよね…。
朝も来る事にしようか。
そんなことを思ってボーっとしていたら、白わんこがこちらを見た。
「おいしかった?」
「うん」
?
きっとわんって言ったんだろうな。
「朝お腹空いちゃうでしょ?朝も来た方が良い?」
「ううん」
??
きっと、くうんって鳴いたんだ。
「うん、分かった。朝も来るね」
白わんこは器用に眉根を寄せた。
今夜が初めてのファーストコンタクトだった。
*六日目*
今日は休日。
少しだけ早起きしてお散歩がてら神社に向かう。
白わんこは見当たらない。
わんこー、わんこー。そう呼んだらなんと出てきてくれた。
またまた器用に眉根を寄せて。
「今日はお魚だよ。あと白米。特製犬まんま!あはは」
「はぁ」
白わんこはため息をついた。本当に器用だなぁ。
「わんこ、前二足歩行してたよね?凄いね」
「…」
「今度見せてね」
笑って言ったら白わんこは尾を一振りした。それって良いよって事?
分からないから「ありがとう」と言った。
わんこは今度は「馬鹿」って言った。空耳だと思う事にした。
夜再び神社へ。
ペットショップがセールだったため、ボールと骨の形をしたガムを買った。
それを持って歩く道中、ふと足音が聞こえた。
白わんこの爪の音じゃない。
ジャリッジャリッっていう、靴の音。
振り向いても誰もいない。また空耳か。
そのことをわんこに言った。無言だった。
***
テレビを付けると朝のニュースが流れていた。
芸能人の特集から天気予報へと変わり、巷の事件へと内容が変わった。
バターをタップリ塗った食パンを齧る。
手元には白わんこ観察日記。
そしてエコバッグにドッグフードと野菜入り肉の缶詰、そして水。
自称白わんこセット。
白わんこにお肉オンリーの缶詰と野菜入り缶詰、どっちが良いか聞いたら「こっち」って言って、野菜入り缶詰を差した。
全く器用でフワフワで凛々しくてナイスガイな野良犬である。
白わんこといると空耳率が高くなるけど、それはきっと私の愛が成しているんだと思う。
きっとそうだ。今日こそ毛並み触らしてくれないかなぁ。
七日目の観察日記は夜寝る前に書こう。
ニュースでは婦女暴行事件が報道されていた。
時計は朝の八時を回っていた。
そろそろ神社に向かおう。私は家を出た。
家から歩いて14分。156段ある石畳の階段を上るとその神社は姿を現す。
それは無人の、どちらかと言うと心霊スポットとして近所では有名な神社だ。
でもその神社をバックに町を見下ろすと小さな夜景が眼下に広がり、夏には花火の絶好の観賞スポットに変わるのだ。
幼いころから通い慣れた私は、ちっとも、これっぽっちも怖くない。
154,155,156。156歩目を踏み出して顔を上げると、白わんこは神社の前に佇んでいた。
神様だ。犬神様が居る――――。
赤い瞳は灼熱の炎のようだった。
「こんにちは」
ニヤける顔は抑えられなかった。
白わんこは私の顔をじっと見つめ、何も言わずに尾を一振り。
おう、返事の雰囲気はまさにそんな感じ。
でも尊大な態度も白わんこには良く似合う。
「ご飯にしよう」
そう言ったら「ん」って鳴いた。
白わんこ用の器に餌を入れ、「どうぞ」と言ったら勢いよく食べ始めた。
犬がドッグフードを噛むときのカリッカリッって言う軽い音、好き。
じっと見つめていたら白わんこはちらっと私を見た。
どうしたの?首を傾げたが目線を逸らされた。
可愛いなぁ。
餌を食べ終えた白わんこを見届けると私は腰を上げた。
ピクリと白わんこは反応した。
急に触られるとでも思ったのだろうか。
「大丈夫。今日はもう帰るだけだから」
むやみやたらに触らないよ、そういう意味で言ったのだが、白わんこは首を傾げた。
今日はやることがいっぱいあるのだ。掃除に食料調達、良い天気だから布団も干したい。
だから早めに帰ろうと思い、バイバイと白わんこに手を振った。
白わんこは私をじっと見つめ(今日は良く見つめられる)チャッチャッと爪の音を立たせながら私に近づいた。
お、お、お?
距離にして、ゼロメートル。
「えーと、うんと」
手は白わんこの頭上で右往左往。
「撫でて良いの?」
「――――良いよ」
撫でた頭は少し手触りが悪い。
でもそれさえも吹き飛ぶくらいフワフワでモコモコでサラサラだった。
胸に熱い何かが湧き出した。
感動とか幸せとか優しさとか愛おしさとか、何か良く分かんないけどそこら辺の温かい感情。
撫でくり回したい。ギュゥってしたい。でも我慢。
「また、夜、来るから」
「うん―――」
離れる手が凄く寂しい。
白わんこは階段近くまで送ってくれた。
10段下りては振り返る。白わんこはまだ居る。
50段下りては振り返る。白わんこはまだ居る。
100段下りては振り返る。白わんこはまだ居た。
150段下りては振り返る。白わんこはもう居ない。
寂しいけど大丈夫。夜があるんだもの。
ニヤけながらマンションへと戻る。
誰かの視線を感じた気がした。
布団を干して買い物へ。
安売りをしていたからか、いつもより混んでいた。
必要なものだけを買って早々と帰宅。
テレビはドラマの再放送。有名な女優が出ているやつ。結構面白かった。
布団を取り込む際にさり気なく香りをかいだ。
この太陽の香り大好き。
気づいたら干した布団に覆いかぶさるようにして一緒に暖まってた。
いかんいかん、干物女が本物の干物になってしまう。
時計を見ると16時過ぎ。いつも神社へは早くても夕食後の19時ごろ。
あーあ。この数時間が長いんだよなぁ。
ゴロゴロとしていたらいつの間にか眠っていたらしい。
時間は21時になっていた。
寝過ぎだろ自分!夕食も食べずに神社へ向かう。
白わんこがお腹を空かせて待っているから。
はぁはぁ。走る、走る。
ああ、突っかけサンダルなんて履いて来なければよかった。
勢いで突っかけたのがいけなかった。あーあ。
猛ダッシュの156段は辛い。
はぁはぁ。155,156…。はぁはぁ…。?
声が重なった。振り返った。知らない誰かが居た。
こんな時間に、こんな寂れた神社に参拝客?
「こんばんは」
顔を覆う白いマスクが異様に目立つ。挨拶したけど無視された。
はぁはぁ。男も猛ダッシュしたのか息が荒い。
さっさと白わんこの元に向かおうと歩きだしたら、男は急に私の腕を掴んだ。
「――――え」
勢いよく振り向かされた。
はぁはぁ、ヒューヒュー。荒い息。強い力。
「な、何ですか?警察を呼びますよ」
力が強まる。痛い!
腕を引かれた。男は私を引きずるようにして茂みに向かった。
「止めろ、離せっ」
突っかけサンダルが片方脱げる。
足が痛い。
「わんこ…」
月のように輝く白銀の毛並み。見つめられては見惚れてしまう鮮血の瞳。
恐ろしいほど美しい獣が私の心を占領した。
「助けてわんこ―――!!」
「ガルァ!」
何かが目の前を過る。それは素早く男を捉えた。
「ぎゃぁぁ」男は腕を抑える。私の手を握っていた方の腕。
抑える部分は赤く染まっていた。
男は走り出した。私を置いて階段を駆け下りて行く。
「は、あ…あ…」
ヘナヘナとしゃがみ込んだ。腰が抜けた。
「大丈夫か?」
白わんこが私に問いかける。
「だ、大丈夫。…じゃない」
白わんこは黙る。はぁ、またいつぞやのようにため息を吐いた。
「危機感が無い」そう言われても。
「そんな薄着でふらふら歩くな」小うるさいお母さんに会いたくなった。
「…泣くなよ」ぺロリ。舐められた。
「泣いて、ない。」
頬を優しく撫でる誰か。長い指には毛がびっしり生えていた。
太く逞しい腕は白わんこと同じ毛並みの体毛。
それは器用に膝をつき、しゃがむ私と目線を合わせる。
顔は白わんこ、体は人間。不思議な獣がそこに居た。
「――――気味悪いか?」
「ううん…。凄く、綺麗」
今日の満月と同じ色。キラキラしてて眩しいくらい。
「そうか」
瞼がゆっくりと閉じる中、優しい声が聞こえた。
ああ、何かに包まれた。
ガバっとベッドから飛び起きた。
周りを見渡す。何も変わらない。時間は六時。
「ゆ、夢落ちかよぉぉ!」
ですよねー。素敵白わんこが不思議素敵白わんこになるなんて…。そんなねぇ?
チャッチャッチャ。聞きなれた爪の音。空耳か?今の私は空耳は十八番だぞ。
そんなことを思いながら居間の扉を開けた。
そこに居た白わんこ。
「お、おはよう」
お、は、よ。白わんこはまた尊大な態度。でも素敵。
「あの、昨日はどうも有難うございました?」
夢か現実か、未だにはっきりしない。
犬は座る。それをじっと見て私は口を開いた。
「その前に、風呂だな!」
手をわきわきと動かした。
夢にまで見た今日のために、すでにシャンプーを買っておいたのさ!ふひひ!
犬を引きずるようにしてお風呂場へ。
「嫌だ!」犬が叫んだけど気にしないし聞こえない。
30分後、フカフカモコモコフワフワわんこの出来上がり。
むっすーと不機嫌だけど、し~らない。
さて、ここから本題。
「昨日助けてくれたのは君?」
「…」
「ありがとう。本当に。君がいてくれなかったら私…私…」
涙が溢れた。どうも20歳を過ぎてから涙線が緩くて…。
白わんこは焦ったようにオロオロして、そして私の頬をぺろりと舐めた。
「…昨日も励ましてくれたね」
そのまま、ぎゅう。
白わんこは抗う事無くそのまま抱きしめられた。
温かい、幸せ。
「俺も貴女に助けられた――――」
低い声が私の耳に届く。
あり得ないのに、腕が背に回された。
目を閉じる。あり得ないはずのそれを受け止めるために。
でもそれは現実なんだと私は後に知ることとなる。
今日は有給。
*七日目*
*八日目*
家には白わんこ用の器が二つ。
そして真っ赤な首輪と大きめの犬用のお布団。
でもそんなの要らないってわんこは言う。
もうすぐお迎えが来るんだって。ふーん?
でも案外首輪は気に入ったみたい。鏡を見ては角度を変えて首を見る。
その度に尻尾をふりふり。そんな白わんこを見る私。
ベッドは一緒。白わんこになれば狭くないのに、白わんこはどうしても大きくなりたがる。
不思議。
でも白わんこのフカフカの胸は大好き。ずっと抱きしめていて欲しい。
白わんこは恥ずかしがり屋。
「うるさい」なんて言うくせに尻尾がぶんぶん揺れてるの。おかしいったらないわ。
本当、大好き。
私のペットは世界一。
世界一可愛くて、世界一頭がよくて、世界一恰好良くて、世界一私は愛してる。
*九日目*
もう書くな
白わんこに怒られました。
なのでもうおしまい!
私
一般会社員。
白わんこ
白銀の美しい毛並みを持つ犬。鮮血色の瞳。美犬。
見た目はホワイトシェパードに近い。
獣人姿は二メートルちょい。
本当はドッグフードより犬まんまが好き。