9話 動揺
「ん〜、でも虎太郎くんって好きでもない子の告白オッケーするような人には見えないけどなぁ」
「う゛っ……確かに、でも好かれるようなことした覚えないよ?別に一目惚れされる容姿でもないし」
虎太郎くんが私のこと好きじゃないけど振る理由もないからオッケーしてくれたのかも、なんて浮き浮きして果穂に話せば、そう返されて言葉が詰まる。虎太郎くんのことはあんまり知らないけど確かにそういう人には見えない。でもそう見えないだけで実際私と果穂は虎太郎くんのことをよく知らないから有り得ない話でもない。
黒板の上に掛けられている時計を見るともうすぐ二限目が始まる時間を指していた。もう虎太郎くんが好きでもないのに付き合ってくれたってことに賭けるしかない。
「とりあえず虎太郎くんの態度見て決める!好きじゃないならいつもと対応変わんないだろうし!」
「うん、ほんとに協力出来ることあったら言ってね、何でもするから」
そう言って空き教室を出て、それぞれの教室に向かった。教室に入るとすぐ視界に虎太郎くんが入って来て一気に緊張する。ドキドキしながら自分の席に座って、虎太郎くんを視界に入れないように後ろに振り向いて村上に声をかける。
「あー、その、村上…次の授業なんだっけ?」
「何でそんなキョドってんの?」
村上の言葉に肩が上がる。だってどう考えても普通に振る舞うなんて無理だ。何でもいいから考えてないとついさっきの出来事がすぐに頭の中に流れて来ちゃってどうしてもソワソワして落ち着かない。余計なことを言う村上をキッと睨んで口を尖らせる。
「うるさい、別にキョドってないし」
「ふーん?次は現代文…って虎太郎どした?」
「いや、付き合ってんのかなってくらい仲良いなって思って」
少し冷ややかな棘のある言い方に手に汗がにじむ。横からじぃっと視線を感じて心臓がどんどん脈打つ。どうしよう虎太郎くんの方見た方がいいのかな、絶対目合うじゃん、無理だ。ただでさえ虎太郎くんが居るって認識だけで緊張してるのに。
「いやいや、普通に友達だって、なあ?」
「うわっ!?」
急に村上にぐしゃぐしゃっと頭を撫でられて吃驚する。呑気に頭を撫で続ける村上に呆然としていると、さっきまでとは比べ物にならないくらいの背筋が凍りそうな視線を感じて、慌てて村上の手を払い除ける。
「ちょっと、触んないでよ」
「ほんとに丸井は俺に冷たいよなー」
チラッと横を見ると、今までに見たことないくらい不機嫌そうな顔をした虎太郎くんと目が合い冷や汗をかく。何となく目を離したらダメな気がして視線を逸らせないでいると、虎太郎くんが口を開いたのと同時にチャイムが鳴って先生が入ってきた。
「全員席ついてんな、授業始めるからプリント出せー」
先生の言葉にみんなが動き出して、虎太郎くんの視線が私からプリントに移り、一気に緊張が解けた。なにを言おうとしたんだろ。
「(さっきの不機嫌そうな顔って嫉妬してたってこと?…まさか、ないでしょ)」
とりあえず授業に集中しようとプリントを探す。
「あれ?」
「丸井どした?」
ファイルに入れていたはずのプリントが見つからず、うっかり声が漏れると運悪く先生に拾われた。黙り込むわけにもいかずプリントを忘れたことを伝えようと立ち上がる。
「その、プリント忘れたので横の人に見せてもらいます」
虎太郎くんじゃない方の横の人、田中くんにプリントを見せて貰おうと田中くんに視線をやると、田中くんがおずおずと手を挙げた。
「すいません、俺も忘れました」
「はあ?お前ら何してんだ、とりあえず丸井は灰羽に見せて貰え。田中は俺の予備やるから」
「……分かりました」
なんで今日に限って忘れたんだろう。本当にタイミングが悪すぎる。田中くんが先生からプリントを貰っているのを羨ましく見つめていればガコンと音がして机が揺れた。振り向くと虎太郎くんが机を私の机にくっ付けていて、視線は真っ直ぐ私を見つめていた。
「あー、えっと、迷惑かけてごめんね」
席に座り直して、虎太郎くんにそう言うと、虎太郎くんは少し間を空けてから口を開いた。
「田中じゃなくて悪かったな」
「え?」
虎太郎くんの言葉が唐突すぎて上手く頭で理解出来ないでぽかんとしてると、虎太郎くんはバツが悪そうに視線をプリントに戻してしまった。じーっと虎太郎くんの横顔を見つめてるとじわじわ耳が赤くなってきて、流石にピンと来た。
「あの、さ、勘違いだったら私が恥ずかしいんだけどさ」
「…いや待って、自覚してるから言うな」
赤くなった耳を見られてるのに気づいたのか、虎太郎くんがバッと手で耳を塞いでそっぽ向いてしまった。不覚にもキュンとして、さっきまでの緊張が解けた代わりに加虐心が疼いてきて、虎太郎くんの顔を覗き込むように目線を送る。
「…もしかしてやきもち?」
「なっ!?……言うなっつったのに」
真っ赤になった虎太郎くんが小さい子供が拗ねたみたいな不貞腐れた顔をしていて、ついさっきまで怖い顔をしてたから余計に可愛く見えて心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚える。ギュンギュンだ。ギュンギュンって何だよって思うかもしれないけど本当にギュンギュンだ。
虎太郎くんの熱が移ったのか私まで顔が熱くなってきて、虎太郎くんにバレないように手で頬を覆おうとしたタイミングで虎太郎くんが振り向いてバチッと目が合ってしまった。タイミングが最悪すぎる。慌てて顔を逸らした視線の端で虎太郎くんが目を見開いてからにやりと笑ったのが見えて、さっきまで虎太郎くんをからかっていた自分を憎んだ。
「………なあ」
「ねえ待って言わないでほんとにやめて」
「顔、俺より赤いけど」
「言わないでって言ったじゃん!」
まさに攻守逆転だ。楽しそうに口角を上げて私の顔を覗き込んで来ようとする虎太郎くんから必死に顔を背ける。
本当にまずい。
私が好きなのは凛太郎くんのはずなのに、誤魔化しようもないくらい虎太郎くんにもキュンとしてる。