8話 混乱
「(今、俺もって言った?)」
フラれることしか頭になかったのにオッケーされて、でも虎太郎くんの言い方がどうにも凛太郎くんの代わりに返事をしたようには聞こえず、何か食い違ってる気がしてフリーズする。
「え、あの、それって虎太郎くんの返事?」
「…それ以外に何があんの」
恐る恐る確認すると虎太郎くんは目を逸らして恥ずかしそうに頬をかいてそう言うからまたフリーズしてしまう。
「(めっちゃ可愛いじゃんなにその反応!?)」
いや違う、それどころじゃない。私のラブレターが虎太郎くん宛てだと思われたってことだよね?なるべく落ち着いて頭の中を整理しようとしてもこのよく分からない状況に頭が追いつかない。とにかく誤解を解かないといけないと思い顔を上げると視界の端に凛太郎くんが映る。
「こた〜、ここに居たんだ…って菫ちゃん?」
虎太郎くんを見つけた凛太郎くんが笑顔でこちらに向かって歩いてくる。
「あ、やっほ…」
本当にまずい、何この状況。呑気に私に手を振ってくる凛太郎くんに、もうどうしたらいいか分からない私はぎこちなく手を振り返すしかなかった。この状況でラブレターは凛太郎くん宛てなんだ〜、なんて言えるわけない。本人がいるんだもん。どうしようと頭の中で必死に考えても答えなんて出てくるはずもなく、手を振りながら笑顔を取り繕う。
「いつまで手振ってんの?」
「うぉっ」
虎太郎くんが私の腕をグイッと引き寄せて、虎太郎くんの背中に隠れるような形になった。急に引っ張られて全然可愛くない声を出してしまい、恥ずかしくて虎太郎くんの背中を睨んでいると、虎太郎くんの背中越しから凛太郎くんの声が聞こえた。
「えーっと…そんな菫ちゃんと仲良かったんだ?」
急な弟の行動に困惑した表情を浮かべる凛太郎くんに、変な勘違いをされたくなくて慌てて虎太郎くんの背中から顔を出して誤解だと伝えるために口を開ける。
「いやそんなんじゃ「俺の彼女だから」」
「……えっ!?」
ああもっとまずくなった。虎太郎くんのセリフを聞いた凛太郎くんが数秒面食らったような顔をしてから花が咲いたように笑顔になったのが見え、とんでもない誤解が生まれてしまったのを実感する。
「俺の彼女だから、あんま馴れ馴れしくされるとムカつく」
収拾がつかないこの状況にもはや冷静になってきて頭の中は真っ白だ。もう何も考えたくない、何をしてもダメな気がする。
「そっか!こた全然そういう話しないから興味ないのかと思ってた、菫ちゃんこれからもこたのことよろしくね」
「だから絡むなって、…じゃあ丸井また後で」
「あは、は、うん、また後で…」
凛太郎くんの背中をぐいぐい押しながら私に照れくさそうに手を振って教室から出ていく虎太郎くんに、笑って手を振り返すことしか出来なかった。二人の背中が見えなくなってから一気に体の力が抜けて床にしゃがみ込む。あまりにも色んなことが起きすぎて頭はショート寸前だった。
「(この状況をどうにかして下さい、それか時間を巻き戻して!)」
膝を着いたまま手を合わせて神様に祈ってみるものの、やっぱり何も起きず、時計の針の進む音だけが教室に響いていた。静かな空間を破るようにパタパタと廊下を走ってくる音と私の名前を呼ぶ声が近づいてくるのが聞こえて急いで廊下に出る。やっぱり果穂だ。果穂の顔を見た瞬間に安心感で半泣きになりながら勢いよく抱きついた。
「果穂〜〜〜!!」
「うわっ、どしたの?ていうか凛太郎くん達とすれ違ったんだけど告白出来た!?」
キラキラとした顔でそう聞いてくる果穂に、さっき起きた出来事を説明した。私も何が何だかよく分かってないからきっと何言ってるか分からないよね、なんて思ってたのに親友パワーのおかげなのか大体伝わったようでキラキラしてた果穂の表情がだんだん曇っていき最終的に青ざめていた。
「……もしかしたら何だけど虎太郎くんが自分宛てって勘違いしたの私のせいかも」
「え?心当たりある?」
果穂が話す今回の一連の流れの内容を整理するとこうだ。
1 私のラブレターが果穂のカバンに入っているのに気づく。
2 虎太郎くんと偶然会ってラブレターがバレる。
3 テンパってた果穂は虎太郎くんの方がさりげなく返せると思い勢いでラブレターを預ける。
4 電話で虎太郎くん宛てか聞かれたとき違うと言い切る前に横の席の子が水筒をこぼして言葉が途切れた。
5 多分それで虎太郎くんは自分宛てだと勘違いした。
6 結果 今の状況。
「今冷静だから分かるけどそもそも虎太郎くんに預けたのやばすぎた…めっちゃ焦ってたんだよね、ほんとごめんっ」
「ちょっと!そんな土下座とかいらないって!そもそも間違えて果穂のカバンにラブレター入れた私が始まりだし…」
土下座の体制に入ろうとする果穂を慌てて制止してから果穂の背中をさすって宥める。実際ほんとに私がラブレターを間違えて果穂のカバンに入れたことからこのとんでもない状況が生まれたんだから果穂を責めるのは違う。
「とにかく早く虎太郎くんに誤解だって伝えないとダメなんだけどさ」
「…凛太郎くんにも誤解されちゃってるんだよね?」
二人して同時に頭を抱えてため息を吐く。虎太郎くんに本当は凛太郎くんに告白するつもりでした、なんて一番気まずいし相手にとっても最悪な思い出になるに決まってる。
「ていうか虎太郎くんって菫のこと好きだったんだね」
「本当に何気にそれが一番びっくりしてるんだよね、状況が状況だから深く考えてなかったけど」
虎太郎くんいつから私のこと好きだったんだろう。好きだからオッケーしてくれたのかな、別に好きじゃなくても付き合うことってあるよね。そうだよ、別に好きじゃなくても付き合ってから好きになるかもしれないしって言って付き合う人いるし、虎太郎くんもそれかもしれないじゃん。あんまり虎太郎くんと絡んだことないから私が好きで付き合ったわけじゃない可能性の方が高いよね?その場合は別に誤解だって説明したらあっさり終わるだろうし…何だか何とかなる気がしてきた。バッと勢いよく顔を上げて果穂の肩を掴み、驚いて目をまん丸にしている果穂にお構いなく喋り始める。
「ねえ果穂!何とかなるかも!」