7話 すれ違い
クラスに着いて数秒後に本鈴が鳴り、教室は1時間目の先生が遅延で遅れているらしくガヤガヤしていた。横の席にいる丸井を意識しないようにしてもどうにも落ち着かない。丸井にラブレターを返す前に誰宛てか確認してハッキリさせたいけど生憎俺は蓮見の連絡先を知らない。誰か去年蓮見と同じクラスで連絡先交換してそうな奴…村上だな。
「村上、ちょっと来て」
「んー?なになに」
教室がほとんど休み時間と変わらない様子だったからか、俺が村上の腕を引いて教室の後ろまで行っても誰も気にしてなかった。丸井の横を通り過ぎるときチラッと見るとカバンの中をスマホのライトで照らしながら何かを探していた。多分ラブレターを探してるんだろうな。
「蓮見に電話かけて欲しいんだけど、今すぐ確認したいことがあって」
「え、蓮見?別に良いけどあっち授業中…いや、あっちのクラスの先生も確か遅延してる線使ってるから自習してるか」
ちょっと待ってなー、なんて言いながらポケットからスマホを取り出して操作する村上の指を見つめる。はい、と軽く渡されたスマホからはプルルル、と音が鳴っていた。頼む早く出てくれ。
「あ、もしもし村上?なに?」
「蓮見?ちょっと村上にスマホ借りてる」
村上がラブレターなんて単語を聞いたら騒ぎ出すに決まってるから、村上に口パクでちょっと借りる、と伝えて誰にも聞かれないようにトイレに向かう。
「あー、あのさ、ラブレターの話なんだけど…あれ俺宛てじゃない、よな?」
「え?いやだからそれは虎太郎くん宛てじゃ…ってうわっ!?何してんの!?」
急に電話の向こうが騒がしくなったと思えば、水筒が、お茶が、という言葉が聞こえてくるからおそらく向こうの教室で誰かがお茶をこぼしたんだろう。それよりも今俺宛てって言ったよな?にやけそうになる口元を手で抑えてからもう一度確認しようと口を開くと、蓮見がごめんちょっと切る!なんて一方的に告げて電話を切るから聞きそびれた。
「おい蓮見!?…切られた。あ、村上、電話助かった」
「おー、いいよいいよ、てかお前と蓮見って仲良かったんだなぁ?」
わざわざトイレにまで追いかけて来て、ニヤケ顔でからかってくる村上に、期待に添えなくて残念だけどそういうんじゃない、なんて軽くあしらって教室に戻る。後ろからつまんねーだのなんだの聞こえてくるのを無視して教室に入り、席に座ると丸井と目が合った。
「虎太郎くんおはよう」
「あー、おはよ…あのさ、ちょっと耳貸して」
休み時間になれば教室はもっと騒がしくなってみんな動き回るし、俺がラブレターを丸井に返すタイミングで誰か見られるかもしれない。返すなら今だろ。周りに聞こえないように丸井の腕を優しく引いて丸井の耳に口を近づける。
「蓮見から丸井のラブレター預かったんだけど」
「え゛っ!!!???」
予想もしてなかった言葉だったからか驚いた丸井がガタッと椅子ごと後ろに倒れそうになり、慌てて腕を掴んで胸元に引き寄せた。すっぽり俺の胸元に収まった丸井が耳まで真っ赤になっていて、また口元が緩む。ゆっくり丸井を離すと蓮見からの通知をようやく確認したらしく、両手で顔を覆ってごにゃごにゃと文にならない言葉を羅列し始めた。
「うわぁ、果穂からLINE来てたの気づかなかった、ちょっと、いや、え、待ってほんとに恥ずかしい」
相当焦ってんな。そりゃそうだ、ラブレターを渡そうとした相手がそのラブレターを持ってたらびっくりするのが普通だし俺にラブレターを任せた蓮見がやっぱりおかしい。自分の感覚が普通なことに安心しながら丸井にラブレターを返す。
「あ、のさ、これ、中身見ちゃった?」
「いや、まだ見てない」
真っ赤な顔をして自然と身長差で上目遣いになる丸井に心臓がぎゅうぎゅうと締めつけられる。気になるだけ、なんて言っといてもう大分と丸井のことが好きだ。何となく流れる気まずい空気を壊そうと口を開くと同時に前の扉が開いた。
「遅れてごめんなー、あと15分しか無いけど授業するから全員席つけー」
タイミングが悪く、遅延してた先生が教室に入ってきて気まずい空気のまま授業が始まった。
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菫side
まずいまずい、生きてきた中で1番まずい。告白する相手の弟、虎太郎くんにラブレターの存在を知られてしまった。先生が前で何か喋ってるけど全く頭に入ってこない。手汗は止まらないし顔も熱い、心臓がバクバクうるさい。虎太郎くんって凛太郎くんと一緒に帰ってるけど行きも一緒なのかな、果穂に朝の状況聞きたい。凛太郎くんにラブレターのこと話しちゃってる可能性あるかな。ぐるぐるとあれこれ考えてるうちにいつの間にか授業が終わったらしくチャイムが鳴っていた。
「丸井、ちょっと良い?」
パッと声のする方を見ると虎太郎くんが少し気まずそうな顔で私を見つめていた。私だって気まずいのになんで声かけてくるんだよ〜。なんて思いながらも何ともない風に笑顔を貼り付けて了承する。
「あー、うん、大丈夫!」
「ここじゃアレだから着いてきて」
そう言ってずんずんと歩き出す虎太郎くんの後をついて行きながら、さっきからずっとうるさい心臓を睨みつける。もう死ぬんじゃないのってくらいドコドコ鳴っている。空き教室に入ると虎太郎くんの足が止まり、顔を上げるといつになく真面目な顔をした虎太郎くんと目が合った。
「ラブレターのことなんだけどさ」
ラブレターの単語に敏感になってしまい肩がビクッと上がる。やっぱりラブレターのこと触れてくるよなぁ。凛太郎くんの代わりに虎太郎くんに返事されたりするのかな、モテる男って代わりに断っといて〜みたいなシステムで告白イベントを終わらせて行くもの?さすがにそんなことはないよね、さすがにね。虎太郎くんが口を開くまでがあまりにも長く感じて、頭の中でごちゃごちゃと考え込んでしまう。
「ラブレターちゃんと貰う前だけどさ、このままなあなあになるの嫌だから告白の返事もうしていい?」
「えっ、あ…うん、どうぞ」
ほんとに虎太郎くんに返事されるの?どうせフラれるなら本人にフラれたかったのに。ていうか何だよその告白返事代行サービスみたいなシステム。頭では冷静に突っ込んでもやっぱり緊張はするもので、目をつぶって拒絶される言葉を頭で繰り返して、いざフラれたときになるべくショックを受けないように心の準備をする。あまりにも教室が静かで虎太郎くんが息を吸い込む音が聞こえ、無意識に手に力が入る。
「…俺も丸井のこと気になってたから、あー、その、よろしくお願いします」
「…………ん?」