3話 焦り
「ごめんもっかい言って?嘘だよね?」
「いや、残念ながらマジだよ」
クラス替えから早くも1週間が経った。今の教室、クラスメイト、新しい時間割になんとなく慣れて来て大体のクラスメイトと言葉を交わせたと思う。相変わらずお昼は果穂と中庭でご飯を食べていた。そんないつもの昼下がりに爆弾は落とされた。
「灰羽くん、2年になってから後輩からも先輩からも、もちろん同じ学年の子からも告白されてるらしいよ」
灰羽凛太郎、この学校で知らない人はよっぽど人に興味が無い人じゃないと居ないであろう現代版王子様。そんな彼が今告白フィーバーらしい。1年の頃は何となくみんなの王子様だよね〜なんて雰囲気があったのに、1人の女の子の告白を皮切りに、みんなが凛太郎くんの彼女になろうと言う乙女の戦いが火蓋を切ったらしい。
「噂をすればあそこ、また告白されてるね」
「うわぁ、ほんとだ、ええ、あんなにみんな暗黙の了解的な感じで告白は無かったのに」
果穂の視線の先を追うと、そこには相変わらず今日もキラキラしている凛太郎くんと、上履きの色的に恐らく1年生だろう、可愛らしい女の子が立っていた。とりあえず女の子は振られたらしく頭を下げてどこかへ走って行ってしまった。
「菫も想ってるだけじゃ灰羽くんいつの間にか彼女出来ちゃうんじゃない?」
肘で私の腕をつつく果穂の言葉に、凛太郎くんの横に彼女がいる想像をしてしまい頭を抱える。チラッと凛太郎くんの方を見るとこちらに気付いたのか手を振ってくれる。
「は〜、呑気なもんだねぇ」
「ふふ、まあ灰羽くん慣れてそうだもんね、それこそ告白されなかった1年間の方が珍しかったんじゃない?」
だよねー、なんて思いながら2人で手を振り返す。ちょうど凛太郎くんもお昼ご飯だったんだろう、コンビニのマークがあるビニール袋を持って、凛太郎くんの輝きには劣るが、同じくキラキラした男の子たちの方に消えてしまった。やはり類は友を呼ぶのだろう。
「………告白しようかな」
「ついにしちゃう?」
ぼそっと呟いた私のセリフに待ってましたと言わんばかりの笑顔で私を見る果穂。笑顔が眩しいな。私が男だったら間違いなく果穂に惚れた数多の男のうちの1人になっていただろう。
「うん、告白して振られて今の関係に戻れないのは怖いけど、振られる前に誰かに取られる方がもっと嫌」
ほとんど自分に言い聞かせるようにそう言い切り、果穂に目を向けると楽しそうにそれが良いよ、なんて背中を軽く叩かれた。果穂はどうにも私の恋バナが好きらしく、凛太郎くんを好きになったと伝えたときもワクワクした顔で私に質問を浴びせてきた。
「はあ、振られるの分かってても絶対しばらく落ち込むから慰めてよね」
「もう、告白する前からそんなこと言ってちゃダメだからね、何があるか分かんないんだから」
食べ終わったお弁当を片付けて、座っていたときに出来たスカートの皺を叩きながら立ち上がる。果穂も私に続いて立ち上がって教室に向かう。果穂の教室の前で別れて、まだ誰もいない自分のクラスに入る。席に座って次の授業の準備をしながら凛太郎くんに告白する方法を何となく考えていると後ろから肩を叩かれた。
「村上?……って虎太郎さん!?」
「うん、てか虎太郎さんって何、虎太郎で良いから」
「あ、じゃあ虎太郎くんで、えっと何か用?」
同じクラスになって1週間、最初の日に話してから全く話してなかった彼がまさか話しかけてくるなんて思わず動揺して頭の中で呼んでいた呼び方で呼んでしまった。まだ虎太郎さんで良かった、双子の怖い方なんて呼び方してたら間違いなく嫌われてたな。自分の席に座る虎太郎さん、改め虎太郎くんの方に体と視線を向ける。
「実は数日前から1年の女に付きまとわれてんだけどさ」
「え!?」
そんなに驚くことかよ、とでも言いたげな顔でこちらを見る虎太郎くんに、心の中でいやだって虎太郎くん怖いで有名だし…なんて聞かれてもない弁解を述べる。虎太郎くんは心底不快そうに眉間に皺を寄せて頬杖を付いて喋り始める。
「俺に取り入ってりんと仲良くなろうって魂胆だろうな、高校入ってからは無かったから油断してたんだけど今年の1年しつこい」
あんなかっこいい人たらしの双子の兄が居たらそう言うこともあるよな、なんて考えて腕を組んで頷いていると、ふと気付いた。
「えっ、まって、虎太郎くん凛太郎くんのことりんって呼んでるの!?かわ」
可愛いと言いかけた口を慌てて閉じて虎太郎くんを恐る恐る見ると、キョトンとしていた。良かった、とりあえず怒っては無いみたいだ。慌てて繋ぐ言葉を考えてると、虎太郎くんがあー、と気まずそうに頬をかいてモゴモゴしているのを視界に捉える。
「子供のときからりんって呼んでた癖が抜けねーの、凛太郎にバレたら絶対からかわれるから秘密にしてて」
「そうなんだ、仲良いんだね、………あ、待ってめっちゃ話脱線させちゃった!ごめん!」
存外、虎太郎くんは可愛いところがあるんだな、なんて考えながらさっきの虎太郎くんの言葉を思い出す。
つまるところ虎太郎くんはその話を私にしてどうしたいんだろうと思案していると、虎太郎くんは思い切ったように私の腕を掴んで口を開く。
「つまりさ、俺のこと利用しようと近付いてくんの本当に飽き飽きしてるしダルいから、丸井に協力して欲しいことがあるんだけど」
「……………………………えっと?」
勢いよく私の腕を掴んだまま立ち上がる虎太郎くんに釣られて引っ張りあげられる。私たち以外に誰もいない教室に2つの椅子が倒れた音と私の間抜けな声が響いた。