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日常魔王  作者: 熊ノ翁
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君の名は?(その2 結)

「いやホレ。一応娘の名前だからな。出来るなら良い名前付けてあげたいじゃん。何かねーの? 特技にちなんだりさ。いいとこ沢山あんだろ。俺の娘だし」


 玉座に座って頭をボリボリと掻きながら、魔王が参謀を急かした。


「そしたら、そうですねえ。異空間より飛来し、あらゆる生物に変身して同化捕食する伝説の怪物から名を取って物体X『エックス』というのはどうでしょう」


 参謀の言葉に魔王がうなずいた。

 玉座の前の子供も真似をしてコクコクと首を縦に振る。


「ふむ。由来としては悪くないな。特技にちなんでるし、伝説の怪物にあやかってるわけだ。ただ、流石に名前そのまんまなのはなー。そもそも物体じゃねえし」


 腕を組み、魔王が高い天井を見上げて考え込む。子供もブカブカの袖のまま何とか腕組みをして、同じく天井を見上げた。


「参謀。古代魔界語でX『エックス』って何と言うんだっけか?」


「確か『ペケ』でございますな」


 参謀の言葉に何か閃いたのか、魔王が玉座の手すりを叩いた。


「よし決めた! 我が娘よ、お前は今日からペケ子だ!」


 魔王が自分の娘を指を差し、高らかに告げた。

 ペケ子と呼ばれた子供は突き出された魔王の人差し指に鼻を近づけ、興味深げにクンクンと臭いを嗅いだ。


「かしこまりました。ではそのように苦役所に登録しておきます。メイド長!」


 参謀が一礼した後で手を鳴らすと、石畳に魔法陣が浮かび上がり中から人影が現れた。

 現れたのは黒のローブに全身をすっぽりと包み、手に大きな鎌を持つ骸骨だった。

 どこからどう見ても死神だが、大鎌を持っていないもう片方の手にはカラフルなハイビスカス柄をした布製の手包み袋をぶら下げていた。

「ひゃっひゃっひゃ! こいつはどうも魔王様に参謀君、お久しぶりぃ! あ、そうそう。これな、人魚の国オキナヴァーナの名産、サタンアンダーギーな! ちょっとあっためてから食うとおいしいぜ!」


 カタカタと顎を鳴らしながら陽気に尋ねるこの骸骨こそが、魔王軍の特攻隊長として数々の敵を冥土に送ってきた凄腕の死神である。

 かつて、魔王を始めとする魔族と女神からあらん限りの加護を受けた人間種族との間で起きた魔王歴最大の戦争、天魔戦争においても常に最前線で戦い抜いた、猛者中の猛者である。

 この死神の手にかかって冥土へと送られた勇者の数は、数え上げたらキリがない。

 役職名である「メイド長」はその功績を讃えてのものだ。

 ぶっちゃけ魔王を抜かせば魔王軍の単騎最大戦力であり、その地位もこと戦いにおいては四天王より頭一つ高く、魔王に次ぐナンバー2となっている。


「メイド長。姫君のお名前が決まった。魔王都文狂区血の池三丁目の苦役所まで姫君を連れて戸籍登録してきてもらいたい」


 参謀の言葉にメイド長がカコ、と骨を鳴らす。


「へーえ、魔王様のご息女ねぇ……」


 そう言うと、メイド長は持っていたサタンアンダーギーの入った手包み袋を参謀に投げ渡し、魔王の子供の目線に合わせてかがみ込む。

 髑髏の相貌の奥に赤い炎を宿したメイド長がペケ子の顔をじっと眺める。

 ペケ子は猫が挨拶をする時のように鼻をヒクヒクさせながら、メイド長の凶悪な髑髏顔を真正面から見返した。

 百戦錬磨の死神に向き合うなど、人間の子供……いや、大人の兵士であっても脂汗を流し肝を冷やすだろうが、ペケ子は無表情に見つめ返すだけでそこに何の怯えの色も見えない。

 

「はー、なるほどねぇ。さっすが先代魔王の孫娘。嬢ちゃん、あんた将来間違いなく大物になるよ」


 何かを悟ったのか、メイド長が一人うなずく。


「嬢ちゃん、大きくなってもおいちゃんを冥土に送るのは勘弁な。ひゃっひゃっひゃ!」


 そう言うと、メイド長の死神は肩に担いだ鎌を大きく振るい、担ぎなおす。

 鎌の先には、干された洗濯物のようにペケ子が引っ掛かっていた。

 その様子は、首根っこを掴まれた子猫のようにも見える。


「んじゃ、行ってきますわ魔王様。あと、おまけの参謀君」


「おー頼んだぞメイド長」


 魔王の言葉を受け、軽く手を上げて二人に挨拶した死神が謁見の間の扉に向かい歩みを進める。

 床に落ちたままのペケ子が変化していたズボンがゆらりと立ち上がり、死神の後を追いかけるようにヒョコヒョコと歩いて行った。

 どうもあちらもまたペケ子の体の一部であり、意思を持っているらしい。

 猫一匹丸のみに出来そうなほどの大あくびをして、魔王ふと尋ねる。


「……そういやさ。俺、恥ずかしい話、いっつも『魔王』とか、魔王になる前は『若様』とか呼ばれてて自分の名前忘れちったんだけど、何だっけ?」


「いえいえ。魔王様は別にお名前を忘れてなどいませんよ? だってまだ名付けられておりませんし」


 参謀の言葉に、魔王が疑問の声を上げる。


「……は? 待て待て。どゆこと?」


「いや、魔王様がお生まれになりました時、先代様も魔王様と同じようにご子息のお名前をどうするか悩みに悩まれまして。そのまま約35万年間ほど悩まれて、天寿を全うされてしまいましたので」


 しれっと語る参謀に、魔王が玉座の手すりを掴む腕をわななかせて憤った。


「お、お前らさ、誰かツッコまなかったのかよ! ひどくね? 俺35万飛んで35年間名無しだったの? これでも魔族を統べる王族よ? 国民とかさ、いっぱいいんのよ。で、名前ねえの? 魔王ってそれ役職名だよね? 人間界で言う所の『課長』とか『番頭』とかさ。そんな感じの奴だよね? ダメじゃね?」


 魔王が玉座から身を乗り出して詰め寄るが、参謀は相も変らぬ無表情で答えた。


「いや。私どもと致しましても、流石にお世継ぎの名前がいつまでも無いのはマズいと思いまして。先代には何度も進言はしたのですが、何でも一族の跡取りとしての長きにわたる栄光を祈願して、あらゆる言葉の中で魔界一長い名前にしようと考えられたらしくてですね」


「ふむ。面倒くさいかもしれんけれども、子供に名前付ける上での願掛けとしては、まあ分からんでもないな。それで?」


 魔王に先を促されて、参謀が言葉を重ねる。


「はい。ある日先代が『あ、円周率があったか。負けてらんねぇな』と言い出して以来、名前の長さを無限に続く円周率と競いだしまして。そのまま天寿を全うした次第でございます」


「……んで、俺は名無しのままなんか」


「そうでございます」


「ば、ばかでー。まあ今まで生きてて特に不便感じた事ないけどさー」


 額に手をついて嘆きの声を漏らす魔王を慰めるかのように、参謀が語り掛けた。


「そうです。気にされたら負けですよ、課長」


「課長ちゃうわ! あ、そういえばお前の名前なんてーの?」


「私ですか?」

 

 唐突な魔王の質問に、参謀が自分を指差した。


「そう、お前だよ。そういやお前の名前知らんわ。ずーーーっと参謀って呼んでたからな。これを機会にちゃんと名前で呼ぶようにするよ。仕事上色々と頼む事とかもあるわけだしさ。そういうの、大事じゃん?」


 参謀とはなんだかんだで付き合いが長い一族ということもあり、魔王も思う所があるのだろう。その口調には、親しみが感じられた。


「……そうですか。では言いますね」


 考え込む様子を見せていた参謀を、魔王が笑い飛ばす。


「何だよ、もったいつけて。別に円周率と張り合うような長さの名前してるわけでもねえだろ? 長くてもファーストネーム呼べばいいだけだし大した事でも……」


「私の名前は『牛型参謀BFA-2327692号』です」


 参謀の名乗りに、魔王の体が固まった。


「ごめん。もっかい良い?」


 聞き間違えたのではないかと思った魔王が、今一度参謀に聞きなおす。


「はい。私の名前は『牛型参謀BFA-2327692号』です。魔王様、改めてよろしくお願いいたします」


 改めて名乗りを上げた参謀に、魔王は厳かにうなずいた。


「……お、おう。よろしくな、参謀」



君の名は?(その2 結)……END

【次回予告】

次回日常魔王『異世界制服計画!(その1)』は、2023年3月18日更新予定です!

もしよろしければお付き合いくださいな!


最後までお読み頂き有難うございます!

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― 新着の感想 ―
エピソード7拝読しました。まさか魔王様が名無しとは……不憫属性が凄い。死神メイドのキャラ好きですね。親しみやすい死神、新しいです。
[一言] 牛型参謀 量産されすぎ~(//▽//) すげー そんな量産率なのに種族滅亡の危機なのか…………
[良い点] ぺけ子ちゃんかわゆし [気になる点] まさか斬るたびに無限に増えたりしませんよね?
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