家族が増えるよ! やったね魔王様!(その1)
魔王城謁見の間。
様々な国事を執り行い、数百人をいっぺんに入れることが出来るほどの巨大な広間だ。
あらゆる国賓を迎え入れ国の行事を執り行う広間なだけあって、謁見の間は贅を尽くした作りをしていた。
来賓を出迎える大扉は、最高級の建築木材として知られる黒氷樹が贅沢に使われており、濡れた光沢を放っている。
その大きさもまた規格外で、人間の家一軒ほどの体躯を持つ中型のドラゴンすら屈むことなく通ることが出来るほどもあった。
開けた扉からは、土蜘蛛族が総がかりで織り上げた鮮血を思わせる赤い絨毯が広間の奥まで敷かれていた。
両壁に取り付けられた雪水晶製の大窓からは外の日差しが取り入れられ、重苦しい城内の空気を多少なりとも和らげていた。
磨き抜かれた竜石質の石畳が受けた光を鏡さながらに反射し、天井に描かれた巨大な竜、核滅竜ゾディアークの勇姿を映し出している。
謁見の間の最奥、敷かれた絨毯の続く先にはブラックミスライル製の玉座が置かれており、一人の堂々たる体躯をした魔族が深々と腰かけていた。
獅子のたてがみを思わせる黒髪に黒ひげ、そして筋骨たくましい青い肌をしたこの魔族こそが、魔界を支配する魔王である。
魔王の上半身は黒いマントを羽織るだけで、肌は晒したままだ。
だが、その厚みのある体躯は、まるで鎧でも来てるかのような錯覚を見るものに与えていた。
玉座に座る魔王の前には、一回り小さい牛の頭蓋骨さながらの頭部を持つ魔族が背筋を伸ばして立っていた。
白手袋に磨き抜かれた黒革靴、そして皺ひとつ無いタキシードを着こなした魔族が主である魔王に向かい、優雅に一礼をする。
「魔王様、一つご提案があるのですが」
「なんだ参謀、かしこまって」
玉座のひざ掛けに頬杖を突きながら、魔王が目の前の家臣に向かって聞き返す。
参謀、と呼ばれた牛の頭蓋骨さながらの頭部をした魔族は、その眼窩に青白い炎を揺らめかせていた。
「今年で魔王様はおいくつになられますか?」
「うん? 35万飛んで35歳だが、それがどうかしたか?」
何故そんな事を、といぶかし気な表情で魔王が頬杖を解く。
「はい。そろそろ身を固められてみてもおかしくないご年齢かと思いまして」
「ああー? 身を固めるだあ? つまりなんだ。この俺にどっかの誰かと結婚しろと。そう言ってんのか参謀」
参謀からの予想外の提案に、魔王が思わず声を上げた。
「はい。この際結婚はしなくても良いのですが、我が国もそろそろお世継ぎが必要な時期かと思いまして。魔王様がお生まれになったのも、父君が今の魔王様くらいのお年の時でしたし」
「んー。そうは言ってもなー」
あごを掻きながら魔王が天井を見上げる。
見事な立体感をもって天井に描かれた絵画の魔竜と目が合った。
そんな魔王に、参謀が双眸の炎を揺らめかせ直立不動で語る。
「ご不安なのはわかります。何せ魔王様は35万飛んで35年間童貞を守りぬき王位に就かれたお方ゆえ……」
参謀のいきなりな指摘に、魔王のこめかみに青筋がピキ、と浮かび上がった。
「俺が童貞守り抜いたから魔王になったみたいな言い方すんのやめい! そもそも俺が父ちゃんから王位譲り受けたのはかれこれ15万年も昔の話だろが!」
参謀の言葉に、魔王が思わず天井から視線を戻して腕を振るう。
「しかし魔王様は童貞であらせられますよね」
「うむ。まあ、そりゃあその、なんだ。その通りだが」
参謀の指摘を、魔王が苦い顔をしてしぶしぶ認める。
「35万飛んで35年間も」
「……ああそうだよ童貞だよ! 悪いかこん畜生! 35万飛んで35年間童貞を守り抜いたバキバキの童貞魔王だよ俺は!」
何かをこらえるように息をためていた魔王が、たまりかねたように玉座のひじ掛けに拳を叩きつける。
「でございましょう?」
確認を求めるような参謀の物言いに、魔王が大きな手をゴキリと鳴らす。
その力の入れ具合からは、明確な殺意がうかがえた。
「あ? なんだあ、参謀。この魔王に向かってその無礼な口の利き方は。さてはお前、死にたくなったのか? 自殺がしたくなっちゃったのかな?」
ヒクヒクと口の端を痙攣させながら、魔王が言葉を続ける。
「蹴り殺されたいのか殴り殺されたいのか、それとも絞め殺されたいのか遠慮せずに好きな死に様を言うが良い。昔馴染のよしみだ。リクエストにかかわらず全種フルコース味合わせてやる! さあ、わが腕の中で息絶えるがいい!」
「魔王様。私の娘とお見合いなどいたしませんか?」
参謀からの突然の見合いの申し出に、今にも掴みかかろうと立ち上がり拳を鳴らしていた魔王が拍子抜けする。
「……は? 見合い? てか参謀。お前、娘いたの?」
「はい、おります。お陰様ですくすく育ちまして。親としてもそろそろいい相手でもと思っていた所でございます。その相手が魔王様でしたら娘はもちろん私どもも安心して送り出せますゆえ」
「あ? ああ、ふーんなるほど。そーゆー話ね」
いきなり童貞いじりをしてきたのは、別にこちらをディスろうとしての物ではないと知った魔王が怒気を収める。
「もちろん主と従、身分の違いは重々承知いたしております。が、生涯の伴侶という大きな選択となりますと、やはり身分だけでなく内なる才覚や品性も求められるかと。その点、我が娘は親のひいき目を抜きにしても才色兼備、きっと魔王様のお力となれるかと思いまして、この度提案した次第です」
参謀が主である魔王に向け、娘の魅力を力説する。
「うーん、急にそう言われてもなー」
腕を組み、魔王が考え込む。
「せめて会ってみるだけでもどうでしょうか? 実は既に扉の向こうまで連れてきておりますので」
答えを決めかねている魔王の背中を押すように、準備万端の参謀が提案を持ちかけた。
「え、そうなの? あー、まあわかった。とりあえず会うだけ会ってやるか」
すでに来ているのならばしょうがない、と魔王が承諾して玉座に座り直した。
「ありがとうございます。それでは連れてまいります」
「う、うむ。何かアレだな。緊張するな」
僅かに頬を染め、ソワソワ落ち着かない様子の童貞……いや魔王を尻目に、参謀が娘を連れに謁見の間から立ち去った。
しばらくして。
玉座に座る魔王は、参謀と向かい合っていた。
参謀の隣には、お見合いの相手にと連れてきた愛娘の姿があった。
長いまつ毛にクリクリと愛らしく動く大きな瞳。
スラリと伸びた足は引き締まっており女性らしく豊かに膨らんだ胸元と相まって、抜群のプロポーションを誇っている。
艶やかな黒毛をした参謀の娘が、魔王と向き合い口を開いた。
「モー」
「……おい参謀」
「何でしょうか魔王様」
「これ、お前の娘か?」
尻尾を左右に振り、なにやら口をモゴモゴさせて反芻している娘を指差し、魔王が確認をする。
「そうでございます」
「牛、だよな?」
魔王が至極真っ当な疑問を投げかけた。
「いいえ。私どもと同じ、立派な魔族の一員にございます。言ったではございませんか。私の娘だと。まさか魔王様、私の娘は牛と同じ家畜同然だとでも言うおつもりですか?」
早口でまくしたて、こちらに詰め寄る参謀の様子に魔王が僅かに背をのけぞらせた。
「い、いや、そんなつもりは無かったのだがな。それで、このメス牛……いや娘さんは何か得意な事とかあるのか?」
不穏な空気を感じた魔王が慌てて手を振り話題を変える。
「手料理などが得意でございます。もしよろしければ披露いたしますが」
「ほ、ほほお。手料理ねえ。まあ、それなら披露してもらおうか」
自信ありげにメス牛、いや愛娘の背を撫でる参謀に、未だ牛にしか見えない半信半疑の魔王が先を促す。
「はい。では失礼して」
短く一礼をした参謀は、愛娘の脇に屈みこむ。
そして懐からコップを取り出し、もう片方の手を伸ばして乳を搾った。
「ンモー」
「どうぞ魔王様。ご賞味ください」
乳を搾り終えた参謀が、搾りたてのミルクが入ったコップを玉座に腰掛ける魔王へと渡す。
「……うまいな」
コップを受け取った魔王が仲のミルクを飲み欲し、賞賛の言葉を贈った。
「でございましょう?」
双眸に宿る炎を得意げに揺らめかせ、参謀が胸を張る。
「いや、でもなんつーか。手料理か? コレ」
「料理上手なだけではございません。見てくださいこのプロポーションの良さ。コンテストでも素晴らしい評価を頂きまして、A-5ランクだそうです」
愛娘の背に手を置いて、誇らしげに参謀が語る。
「お前それ肉の品質決める評価だろが! さっきから愛娘を食品として紹介するの、いい加減やめたれや!」
魔王の至極最もなツッコミに、参謀が小首をかしげる。
「……食べごろですよ?」
「だから、比喩表現に聞こえねえんだよな! お前の物言いは!」
ガン! と玉座の手すりを魔王が叩く。
「ふむ。お気に召しませんか」
「や、気に入る気に入らないの問題でなくてな。何というか……」
ガリガリと頭を掻き、どう言ったものかと魔王が思案する。
あまり魔王が乗り気でない事を察した参謀が、愛娘の首を撫でる。
「そうですか。それは残念。帰るぞ、上カルビ」
「それ、娘の名前か!? お前、もちっと娘には愛情込めた名前付けてやったが良いんじゃないかと思うぞ!? 見た目も相まって色々とシャレになってないんじゃないのか!?」
くっちゃくっちゃと反芻をしている娘、上カルビを連れて参謀が謁見の間を後にした。
家族が増えるよ! やったね魔王様!(その1)……END
【次回予告】
次回日常魔王『家族が増えるよ! やったね魔王様!(その2 結)』は、2023年3月15日更新予定です!
お見合いが失敗してしまい破談となってしまった魔王様ですが、次回で今度こそ新たな家族を迎えることに成功します!
最後までお読み頂き有難うございます。
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