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日常魔王  作者: 熊ノ翁
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魔王様、魔イッター始めるってよ(その5 結)

 見渡す限りの赤茶けた荒野に、乾いた風が砂塵を巻き上げている。

 枯れ草が車輪のような塊となって転がり、遠くの地平線で揺らめく陽炎が世界を歪ませていた。

 そんな不毛の地に、魔王の豪快な笑い声がこだまする。


『はっはっはぁ!我が娘ペケ子よ、お前なんか最近、親であるこの魔王様を差し置いて目立ってるらしいなぁ!』


 身の丈二メートル半もある巨漢の魔王は、裸マントにパンツ一丁という人間の街を歩けば衛兵に即座にとっ捕まるような、不審者丸出しの出で立ちだ。

 筋肉のうねる腕を組み、魔王が仁王立ちをする。

 その対面に立つのは、彼の一人娘、ペケ子だった。

 小柄な身体は一メートルに届くかどうかといった所で、見た目はまるで人間の幼子と変わらない。

 そんなペケ子は、青を基調としたドレスを身にまとっていた。

 良い生地と仕立てである事が一目でわかるが、袖や裾のレースはほつれ、ところどころ破れている。

 彼女は口をもぐもぐと動かし、何かを頬張っていた。

 魔王は娘を見下ろし、目を細めてニヤリと笑う。


『この魔王様より目立ってみんなにチヤホヤされるなど、許し難き大罪! 我が子といえど容赦はせんぞ! 親の勤めとして、その調子に乗った罪を拳で矯正してくれる!』


 荒野に吹く風が、バサリと魔王のマントをはためかせた。

 とても親とは思えない、見るに耐えない妬みの言葉を魔王が吐く。

 実の親からこんな情にも知性にも欠ける、アホ丸出しな嫉妬の感情を真正面からぶつけられたら、大抵の子供は悲しむか呆れるかするだろう。


 だが対するペケ子はというと、まったくの無表情で、そういった感情の揺らぎはまるで見えない。

 ゴクリと喉を鳴らし、口に含んでいた物を嚥下する。

 そして、おもむろにドレスの肩袖に手を伸ばした。

 ベリッと音を立てて布をちぎり取り、それを口に放り込む。

 まるで食パンでも食べるように、もっちゃもっちゃと咀嚼を続けた。

 左肩が露わになり、破れたドレスの裾が風に揺れる。

 彼女が「おやつ」代わりにドレスを食べているとすれば、ほつれや破れも納得だ。


 魔王はそんな娘を眺め、リスのように頬を膨らませたペケ子の視線を受け止める。

 砂混じりの風が二人の間を吹き抜け、枯れ草がさらさらと音を立てる。

 互いに命を賭けた剣士同士が向かい合う、といった状況なら、見ている者に緊迫感も生まれるのだろう。

 だが、無表情におやつを食べている子供と、そんな子供相手にオトナ気なくイキり散らしているムサい中年魔族が向かい合う。

 そんな状況では、ハタから見てて緊迫感という物はまるで感じられなかった。


『どうした我が娘よ! 前に倒した野良ドラゴンと、この魔王との格の違いに怯えて動けないのか?』


 魔王がフフンと鼻を鳴らし、得意げに胸を張る。

 無表情にドレスを咀嚼し、珍獣か変な虫でも観察するかのように、目をぱちくりさせている。

 そんなペケ子を見て「怯えている」とは、一般の感性では到底思えない。

 とはいえ、裸マントにパンツ一枚がスタンダードファッションな魔王は、世間一般の感性からは1億光年ほど離れている。


 自信たっぷりに娘の眼前へ歩み寄り、彼女と同じ目線になるまで魔王が腰をかがめた。

 そして、むさ苦しいヒゲ面の頬を突き出す。


『そうら、ハンデをやろう。最初に一発だけ、殴っていいぞ!』


完全に舐め切った態度で、魔王がニヤニヤと笑う。


『どうした?遠慮はいらんぞ。ほれほれ!』


 ペケ子は無表情のまま、ゴクンと喉を鳴らし、食べていたドレスの裾を飲み込む。

 そして、ゆっくりと小さな拳を振り上げる。

 次の瞬間、目にも止まらぬ速さでその拳が魔王の頭に振り下ろされた。 


 音を置き去りにする勢いで振り下ろされたペケ子の拳は、魔王の頭を猛烈な勢いで地面に叩きつけた。

 衝撃で地割れが放射状に走り、地面が陥没して巨大なクレーターが形成される。

 衝撃波が空気中の水蒸気を凝結させ、白いドームが広がった。

 遅れて火山の噴火のような甲高い爆発音が響き、土煙が二人の姿を覆い隠す。


 風が吹き、視界が晴れる。

 そこには上半身を地面に深々と埋め、パンツ一丁の尻を空に突き出した気絶している魔王の姿があった。

 ペケ子は無表情でその尻をツンツンと指で突く。

 突如、ブリュリュリュリュ! と汚らしい音が鳴り響き、パンツの尻部分が大きく膨らんだ。

 ペケ子は鼻を押さえ、嫌そうな顔で後ずさった。



※        ※        ※


 逆十字病院、病室。

 薄暗い病室に、消毒液の匂いが漂う。

 ベッドに仰向けに寝転ぶ魔王は頭に包帯をぐるぐると巻かれ、両腕が三角巾で吊られていた。

 ペケ子に頭を叩かれ地面に上半身をめり込ませた際、粉砕骨折したためだ。

 参謀が差し出したス魔ホの画面を、魔王は渋々覗き込む。


「とまぁ、こんな具合で魔界全土に魔王の威厳を示されたわけですが。魔王様、ご感想は?」


 ス魔ホの画面には『調子こいてマウント取ってきた魔王を、ぶっ叩いて地面に埋めるだけの動画』というタイトルが表示され、再生完了の通知が点滅していた。

 魔王は画面を睨みつけ、頬に怒り筋をピキピキと浮かべる。包帯の下から、今にも血が噴き出しそうだ。


「見てください魔王様。トレンドワードをほぼ独占ですよ。やりましたね」


 参謀がス魔ホを操作し、魔イッターのトレンド画面を魔王に見せつける。


・クソ雑魚ナメクジ

・変態クソ魔王

・やられたぜ。

・うんこたれ王

・ブッチッパ


 汚らしいワードがス魔ホの画面にズラリと並ぶ。

 これらは全て魔王がペケ子に一撃で地に沈められ、挙句に脱糞した動画に関連するものだ。

 曲がりなりにも魔界最強と謳われていた魔王にとって、これ以上の屈辱はない。

 動画は投稿から数時間でバズり、再生回数は一千万回を突破。

 魔王国のス魔ホユーザー数にほぼ等しい。つまり、魔王は全魔族の前で「公開脱糞」を晒したも同然だった。


「ふ、ふ、ふ、ふっざけんなぁぁぁ!」


 魔王がガバッと上体を起こし、ス魔ホを見せてきた参謀に向かい怒鳴りつける。


「おいコラ参謀! こんな国辱ものの動画、はよ取り消せ! 俺の、魔王の、いや、魔王国の威厳が木っ端微塵に砕け散っちまうだろが!」


 本当なら参謀の胸ぐらを掴んで揺さぶりたいところだが、両肩が動かせない。

 参謀はス魔ホを懐にしまい、悪びれることなく答える。


「そう言われましても魔王様。もう既に他のユーザーが動画を保存し、拡散している状況でして。私の手ではどうにもなりません。」


 参謀は淡々と続ける。


「いやしかし、魔王様は運が良い。相手が姫君のペケ子様で良かった。仮に魔王様がその座を追われたとしても、次に魔王の座に着くのを国民が望むのはペケ子様でしょう。一族の安泰は保たれますね。」


「そういうこっちゃねーんだよ!俺の立場は、どうなるんだっての!こんなんじゃ恥ずかしくて城下町歩けねーぞ!」


 魔王は駄々っ子のようにベッドで足をバタバタさせ、わめき散らす。


「つーか何でこんな動画公開したんだよ! 俺が恥かく事くらい分かるだろーが! ああ!? 謀反かコラ! 踏み殺すぞ!」


 唾を飛ばして凄む魔王に、参謀は牛の頭蓋骨のような顔を動かさず、懐からハンカチを取り出して唾を拭う。


「謀反と言われましても。そもそも私どもの制止を振り払い、ペケ子様に突っかかっていったのは魔王様ご自身じゃありませんか。それに……」

その時、病室の扉が勢いよく開いた。


「いよーお、魔王様! 見舞いに来てやったぞぉ! まだ生きてるぅ?」


 現れたのは、全身を黒いローブに包み、肩に大鎌を担いだ骸骨姿の死神だ。

 ガッチャガッチャと骨を鳴らし、陽気な声で語りかける。

 不吉極まりないその姿は墓場か深夜の廃墟ならいざ知らず、病院の病室にはまるで似つかわしくない。

 存在自体が不謹慎も良い所だ。

 向かいのベッドで検温していたコボルトのナースが、うるさそうに死神を睨みつける。

 だが、死神はそんな空気などお構いなしに魔王のベッド脇に腰を下ろし、足を組んでケタケタと笑った。


「いやーマジで盛り上がってんじゃんあの動画! やっぱその、カメラマンの俺のウデが良かったんかねぇ。あ、礼には及ばねーよ? こっちも嬢ちゃんの良いPRになったしさ!」


 参謀が冷静に解説を挟む。


「動画は今回、このメイド長の死神がライブ配信しておりまして。誰も止める間が無かったんですよ。私もメイド長も、まさか一撃でやられれた上に脱糞されるとは思っていませんでしたので」


「あ、そお?俺は正直ヤバいかもなと思ったよ。魔王様、完全に嬢ちゃんの事ナメてかかってたし」


死神がベッドの手すりに肘をかけ、続ける。


「つっても、まさかうんこ漏らすとまでは思わなかったけどなー! 魔王様、負けるにしても、負け方ってもんがあるでしょ。ヒャッヒャッヒャ!」


 ケタケタと顎の骨を鳴らして爆笑する死神を前に、魔王の頬の怒り筋がさらに太くなる。

 怒りで血圧が急上昇し、額の包帯から青黒い血が噴水のように吹き出した。

 血が天井、ベッド、床に盛大に飛び散る。

 病室が一瞬にして猟奇殺人現場のような凄惨さを帯びた。

 向かいのコボルトナースが、犬歯をむき出して吠える。


「ちょっと魔王さん!病室を汚さないでもらえる!?迷惑なんだけど!」


「やかましいぞ犬っころ!俺は今気が立ってんだよ!汚れたんなら黙ってはよ掃除しろ!役目だろが!」


 魔王が苛立ちを隠さず怒鳴る。

 その間にも、頭から血が噴き出し、病室はさらに汚れていく。

 コボルトナースは懐から笛を取り出し、大きく息を吸って吹き鳴らす。

 すると、同僚のコボルトナースたちが消毒液の入ったバケツを手に続々と駆け込んできた。


「みんな、見ての通りの有様だから!あのうんこたれを消毒してやって!」


 号令一下、何杯もの消毒液が魔王に浴びせられる。びしょ濡れになった魔王は、ベッドの上でくしゃみをする。


「お、お前ら……へくしっ!」


「よーし、やめ! うんこたれ、消毒完了! 漏らさなければね」


 コボルトナースが魔王を指差し、嫌味を言う。

 応援のナースたちがクスクスと笑った。


「ちくしょおおおお、ちくしょおおお!」


 歯ぎしりをして魔王がベッドの上で悔しがる。

 そんな情けない魔族の王の姿に、参謀がやれやれと額に手を当て、死神が腹を抱えて笑った。 

 翌日、魔王は病院から姿を消した。



魔王様、魔イッター始めるってよ(その5 結)……END

最後までお読み頂き有難うございます。


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よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
エピソード36、拝読しました。 魔王様……。我らが魔王様が……。おいたわしや。
魔王様…悲惨にも程があるwww
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