魔王様、魔イッター始めるってよ(その4)
「うぬぬぬぬ! このままでは俺の魔王たる権威が失墜してしまう!」
自身の魔イッターでの投稿が、世間からの反感買ってアンチコメントとクソリプが大量に送りつけられてきた上に、コミュニティノートまで付けられる。
魔イッターをする上でおよそ考えうる最悪の反応に、ス魔ホの画面を見ていた魔王が呻く。
怒りに震える魔王の肩越しに、参謀がス魔ホの画面をのぞき込んだ。
「魔王様の権威と言われましても、そのような物は地に落ちているどころか地下深くマントルまで潜っておりますけども」
嫌味を言う参謀に向けて、魔王がス魔ホを放り投げる。
「こんなもん、誰がどうやった所で文句言われるだけだろが!」
明らかにイライラしている魔王だが、無理も無い話ではあった。
『死ねカス』
『マジで消えろ』
『無能』
『害悪』
『アンケート取ります。あなたは魔王の事が好きですか? 嫌いですか? 投票数10万 好き0% 嫌い100%』
いくら魔王が好かれていなくても、ここまで面と向かって悪意をぶつけられた事は今まで無かった。
一応形だけでも、魔王として最低限の敬意は示していてくれたのだ。
だが魔イッター上ではそういった気遣いというか取り繕いは一切無い。
むき出しの本音と悪意が容赦なく魔王に突きつけられていた。
ふー、ふー、と肩で息をしている魔王に、投げつけられたス魔ホをキャッチした参謀が提言する。
「いえいえ。ペケ子様のアカウントなど、大人気ですよ」
魔王の眉がピクリと動く。
「ペケ子だぁ? あのガキんちょが何をやってるってんだ? てかあいつ、生後3か月とかだろ。ス魔ホなんて扱えるのか?」
「まあそこは、アカウントの管理運営はメイド長の死神がやっておりますので。基本、死神の撮影した1分無い程度の短い動画を魔イッターに上げるといったスタイルですね」
参謀が、魔王に投げつけられたス魔ホを操作して差し出す。
手渡されたス魔ホの画面には、ペケ子のアカウントが表示されていた。
最新の投稿を見てみると、10分ほど前に『反抗的なドラゴンを、お嬢がシバき倒すだけの動画』とタイトルのつけられたショート動画が上げられていた。
動画を再生すると、人間の民家程もある黒竜とペケ子が対峙していた。
見下ろす黒竜に向けて、ペケ子は何やら両手で紙を持って掲げている。
紙には「ぜーきん、はらえ」と大きな文字で書かれていた。
まず間違いなくメイド長の死神が用意して持たせた物だろう。
ペケ子当人は、税金やら支払いの義務やらに興味などカケラも無いだろう。
大して意味も分からないまま、要求の書かれた紙を振り続けるペケ子を見て、黒竜が豪快に笑う。
『税金を払えだと!? グワハハハハ、我は誇り高きドラゴンぞ!? 我の集めた財宝は全て我の物なり! 貴様にくれてやる物など何一つない! そんなに払わせたければ、この黒竜シュバルツァーを見事倒して……』
次の瞬間、口上を垂れる黒竜の首がスパンと斬り落とされ、盛大に血しぶきが上がる。
ドラゴンの大きな首がドスンと大きな音を立てて足元に落ちた。
映像をよく見ると、ペケ子の片腕が長大な刃へと姿を変えていた。
あれで竜の首を一瞬で斬り落としたのだ。
テッテレーという謎の効果音と共に、足元に転がった竜の生首がアップに映し出される。
あまりに一瞬の出来事で、竜自身自分の死を自覚する間も無かったのだろう。
その死に顔は、ペケ子を見下していた時のままの得意げな笑顔だった。
ふんす、と腕を元の姿に戻して仁王立ちするペケ子にカメラが映り『納税完了!』という短いテロップが流れる。
『ぜーきん、はらえ』と書かれた紙がはらりと地面に落ちて、15秒ほどの動画が終わった。
魔王が見ている間にも、ペケ子の投稿は物凄い勢いで賛同や賞賛を示すいいねの数が増えていく。
見る見るうちに2万、3万とハートマークの横の数字が上がっていった。
寄せられるコメントも、好意的な物ばかりだ。
『お嬢、最強すぎんだろ』
『ペケ子様、相変わらずぶっ壊れてあらせられる』
『ヤバ、納税しよ。死ぬわコレ』
『この子、あのバカ魔王の娘だってよ!』
『え? じゃあもうこの子が魔王様で良いじゃん』
『死神、もっとペケ子様をアップで映せボケ』
『魔王はとっとと世代交代しろ』
動画を見終えた魔王が、苦々し気に拳を握り締める。
「チクショウ。何だ、何なんだこの差は」
魔王が床に四つん這いになり、拳で地面を叩きながら悔しがる。
皆に慕われ、賞賛される強者。
そんな魔王の理想とする姿が、ペケ子のアカウントにはあった。
「メイド長の死神には、最新版のス魔ホを渡していまして。新型は、ご覧のように短いながら録画機能があるんですよ。はっきり言って死神の編集スキルも録画技術も拙いものですが、とにかくペケ子様の暴れっぷりが力こそ正義な魔界では大いにウケております」
そこで参謀は、顎に手を当ててふむ、と頷く。
「あとは、投げ銭と言うんですしょうかね。ペケ子様の信奉者の間では今、自発的に追加の納税をするのが流行ってるようでして。これがバカにならない金額で、我々としても大助かりなんですよ。実にありがたい話です。魔王城に届く姫君宛のプレゼントやらお手紙やらで連日大量で倉庫が手狭になってしまって。嬉しい悲鳴と言ったところでしょうか。手紙は特に使い道が無いので焼き捨ててますが」
床に伏せた魔王から、鼻をすする音がする。
「ぐすっ。俺も、チヤホヤされたい! みんなに褒められて慕われて、プレゼントとかおたよりとか、いっぱい送ってもらいたい!」
自身の人気との格差を嘆く魔王の背を、参謀はしばらく見守っていた。
そして、魔王の肩に手を置いて冷静に語りかける。
「魔王様。魔王様は国を取りまとめる為政者です。為政者とは、往々にして民からは疎まれるもの。民草は王の労苦を知りません。嫌われ、疎まれて尚、民の為に善政を敷くのが王の勤めなのです」
ス魔ホに映るペケ子のアカウントを参謀が一瞥する。
「ペケ子様は大変な人気ですが、しかしそれは王として、為政者としてではありません。歌って踊り、人気を博しているサキュバスやヴァンパイアのアイドル達と似たような物です。魔王様とは事情も立場も違うのですから、人気を比較して気に病む必要なんか無いんです」
参謀の目には、魔王への理解の色があった。
同じく政治に携わる者として、自身のしている事が正しくとも、皆の利益につながろうとも理解されない事は多々ある。
成果を上げようとも曲解され、賞賛の代わりに罵倒の言葉を浴びせられ憤る。
そんな経験は、古今東西政治に関わる者なら誰もがする事だろう。
参謀の目には、かつての自分と魔王が被って見えていた。
「確かに魔王様は臣民から慕われているとは言い難いです。しかし、民の声を聞き、誠実に向き合う事を続ければ、必ず魔王様の誠意を理解して賛同してくれる者も現れるはずですよ。微力ながら、私も手伝います。魔王様、今一度、この何も無い地点から頑張ってみませんか?」
熱っぽく語る参謀の言葉には、いつものような嫌味も皮肉もない。
「我々のように力の無いものでさえ、真面目に働けば一定の理解者は生まれるのです。魔王様は我々と違って力も備わっているじゃないですか。嘆く必要なんてありません。どうかお顔を上げてください」
参謀の言葉に、魔王が顔を上げる。
「ああ、そうだな。嘆いていた所で何も始まらん。俺のやるべき事はただ一つ!」
もうそこには、嘆き悲しむ魔王の姿はなかった。
マントをバサァっとひるがえし、魔王が雄々しく立ち上がる。
「そうです、その調子です魔王様」
決意を新たにする魔王を前に、参謀もエールを送る。
そして拳を握り締め、魔王が力強く宣言した。
「ペケ子ぶっ叩いてギャン泣きさせて、アイツの人気を根こそぎ奪ってやろう!」
「……はい?」
あまりと言えばあまりな宣言に、思わず参謀が聞き返す。
だが。
名案だろう、とばかりに口の端を歪め、不敵な笑みを浮かべる魔王を見るに、おそらく本気で言っている。
「ペケ子は色んな奴を叩きのめして強いってんで人気なんだろ? じゃあ俺がペケ子を折檻して泣かして動画撮って晒せば、あいつの人気全部俺の物になるんじゃね?」
「あの、魔王様。私の話聞いてました?」
念の為、参謀が尋ねる。
耳に小指を突っ込んで掻きながら、魔王が興味なさげに答えた。
「あー? アレだろ。どんな良い事言って正論吐いて善政敷いても、愚民は愚民だから理解しないって事だろ? 愚民だから」
「いやまぁ、そういう側面は無きにしもあらずですが。いくら何でも生後3ヶ月の我が子に嫉妬して、叩いて泣かして晒しあげるというのは、あまりに情けないと言いますか。天文学的距離まで離れている民草の心が、更に離れて別の宇宙まで行ってしまいそうですね」
「大丈夫だろ愚民なんだし。あいつら強い奴にはよだれ垂らしてケツ振って、弱った奴にはハゲタカさながら群がって肉を啄みにかかるんだ」
魔王がしたり顔でうなずく。
「いや、確かにそういう面も民衆にはありますけども」
どうにか説得しようとする参謀の口を、魔王が手で制する。
「いい。俺が間違っていた。奴らに必要なのは対話じゃなくて拳だ。撮影の準備をしろ参謀! 調子に乗ってるペケ子をシバいて、バカな民衆どもにお遊びはいい加減にしろって所を見せてやるぜ!」
参謀はため息をついて、メイド長の死神へとス魔ホをかける。
『へー、面白そうじゃん! 良いよ良いよ、やろうぜそれ! おーい嬢ちゃん! 魔王様が遊んでくれるってよ!』
ス魔ホからは、二つ返事でOKを出す、死神の陽気な声が聞こえた。
魔王様、魔イッター始めるってよ(その4)……END
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