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日常魔王  作者: 熊ノ翁
32/36

魔王様、魔イッター始めるってよ(その1)

 魔王城謁見の間。

 自分の姿が映るほどまで磨き抜かれた床に、巨人族すら余裕を持って入ることの出来る高い天井。

 最高級の建築素材である黒氷樹作りの大扉からは、織物を得意とする土蜘蛛族が丹精込めて編み上げた精緻な模様の絨毯が玉座まで伸びていた。

 名のある魔界の重鎮たちと会談を行い、国の重要な式典を催し、魔王国へ多大な功績を残した者に勲章を授与する。

 魔王城謁見の間は、そんな国の威信に関わる場面で使われる、厳かな場所である。

 本来ならば。


 謁見の間の最奥。

 見る者に無駄に威圧感を与えるブラックミスライル製の無駄にゴッツい玉座では、魔王が鼻をホジりながら異世界から取り寄せた漫画を読んでいた。

 本の表紙には魔術廻戦とタイトルが書かれている。


「これ、もう全部あの目隠し一人で良いんじゃね?」


 ほじった鼻クソを着ているマントのスソでぬぐい、魔王が誰にでもなく呟いた。

 読み終えた漫画を半開きのまま玉座の手すりに伏せて置き、もう反対側の手すりに置いていたポテチの袋に手を突っ込んでガサガサと中をまさぐる。

 が、ポテチの手触りが無い。


「あー、もう無くなったのか?」

 

 大きな口をあんぐりと開け、袋を逆さにもって振るも、中からはポテチの欠片がパラパラと落ちるだけだった。

 口に入り損ねたポテチのかけらがこぼれ、魔王の衣服を汚す。

 衣服、といった所で魔王の格好はむき出しの上半身にマントを羽織り下は皮パン一枚だけだ。

 露出狂の変質者ですら恥じらいを覚えるような服装をしている魔王には、そこまで汚れるだけの布面積は無いわけだが。

 無駄に逞しい腹筋をボリボリと掻き、ポイっと食べ終えたポテチの袋を床に投げ捨てる。


「おーい、ゴミ。誰かよろしくなー」


 ライオンのたてがみのように頭髪から繋がっている顎ひげを掻きながら、魔王が無責任に言いっぱなす。

 そして読みかけの漫画を手に取り、再び続きを読み出した。


「この目隠し男、マジで無敵じゃん。絶対負けないだろコイツ。アレだな、この漫画はいわゆる異世界無双系って奴だな。俺は詳しいんだ」

 

 何やら得意気に独り言をつぶやく魔王の元に、広間を清掃していた割烹着姿のコボルトがやってくる。

 片手にホウキを持って床を掃いているコボルトは、もう片方の手に何やら光る石板を手に持っていた。

 前を見る事なく手に持った石の板を眺め続けながら掃き掃除をしているコボルトが玉座に座る魔王の所までやってくる。

 そしてホウキでポテチの空袋をベシっと掃き飛ばし、ついでに返す刀……というかホウキで魔王のスネをゲシ、と叩いた。


「あでっ!?」


 漫画を読んでいた魔王が足をさすりながら割烹着姿のコボルトを睨む。


「んだよー。どいて欲しいならどいてくれって言えよなー」


 ブツブツ文句を言う魔王を、しかしコボルトは取り合わない。

 手に持った薄い光る石板を眺めながら、片手でホウキを掃き続けて去っていった。


「……なんだアイツ、じーーっと変な板眺め続けてゾンビみてーに徘徊して。気持ちわる」


 離れていく割烹着姿のコボルトを眺めながら、魔王がぼやく。

 ぐぅぅ、と音の鳴った腹をさすり、先ほどポテチを食べようとしたが袋がカラで食べられなかった事を思い出す。

 すーっと息を吸い込み、大広間中に響く声で叫んだ。


「おーい、誰かメシ持ってきてくれ! ピザとか! あと酒な! 魔王様はキンッキンに冷えたビールをご所望だ! 持ってこーい!」


 バン、と音を立てて大扉が開く。

 豚の頭を持つ魔族であるオークが2人ほど、謁見の間に入ってくる。

 白いコック帽にコックコートを着込んだオーク達は、1人は片手にピザの乗った大皿を、もう1人は冷たく霜のついたジョッキとビール瓶を載せたトレイを片手に持っていた。

 そしてもう片方の手には、先ほどのコボルトと同じ手のひら大の光る石板を二人揃って握っている。

 石板を握るオーク達は、せわしなく板の表面を親指で撫で回していた。

 光る石板を見つめ、親指を小刻みに動かして石板の表面をなぞっているオーク達が、魔王の玉座へとやってくる。


「お、来た来た! こちとら腹減ってるんだ。はよ食わせろ。お前はジョッキに酒そそげ」


 オーク達の持ってきたジョッキを手に取り、魔王があんぐりと口を開ける。

 どうも自分で酒を注ぐ気も無ければ、ピザを手に取るつもりも無いらしい。

 赤ちゃんさながら魔王がご飯をねだる。

 そんな魔王の顔面に、オークは熱々のチーズのたっぷり掛かったピザをベチャっと叩きつけた。


「うおあっちゃあ!?」


 顔面に出来立てピザをまるっと一枚貼り付けた魔王が、たまらず悲鳴を上げる。

 予想外の事態に魔王は手に持った空のジョッキを取り落とした。

 ガラスの砕ける甲高い音が広間に響く。


 突然の出来事にあわあわと両手をバタつかせていた魔王だったが、どうにか顔面に張り付いたピザを引き剥がす。

 トマトソースやチーズ、サラミにピーマンと顔面をピザの具でグチャグチャにした魔王が憤怒の形相で眼前のオークを睨みつける。


「お、お前、この魔王様に向かって何しやがる!」


 ピザを叩きつけたオークは、しかし凄む魔王に目もくれない。

 手元の光る石板を見つめ、ひたすら指でなぞり続けていた。

 

「おい聞いてんのか豚野郎! あんまナメた真似してっと丸焼きにして……」


 そこまで言って、魔王は怒鳴るのをやめた。

 共にやってきていたもう片方のオークが、魔王の頭にビールを注ぎ続けていたからだ。

 ビチャビチャと黄金色の液体が床に跳ねる。

 炭酸の弾ける音がそれに続いた。

 

「……き、君。何して、くれ、てんの?」


 ヒクヒクと、魔王がまぶたを痙攣させる。

 あまりの怒りに、上手く舌が回らず言葉が出てこない。

 そんな魔王を前に、しかし二人のオークは答えず無言のままだ。

 怒りに震える魔王など見向きもせずに、相変わらず手に持った光る石板を眺めたままだ。

 魔王の顔面にピザを叩きつけ、頭からビンが空になるまでビールを注いだオーク達は、これで用は済んだとばかりに背を向ける。

 そして手に持った光る石板を眺めながら、謁見の間から去っていった。

 顔をチーズまみれ、上半身をビールでびちょびちょに汚した魔王が、ポツンと大広間に残される。

 何か謝罪なり弁明なりあるだろうと心のどこかで期待していた魔王だったが、そんな素ぶりも言葉も最後までなかった。

 バタム、と扉の閉まる音を聞き、魔王がたまりかねて怒鳴り散らす。


「な、な、な、なんだぁぁぁ、アイツら! 参謀! さんぼーーー!」


 魔王の怒声に呼応して、玉座の前の絨毯に光り輝く魔法陣が浮き上がった。

 陣の中央からは品の良いタキシードに身を包んだ、牛の頭蓋骨さながらの頭部を持つ魔族が現れた。

 白手袋を胸に当て、うやうやしく一礼するその魔族の眼窩に瞳は無い。

 眼球の代わりに青い炎が二つ、ゆらゆらと燃えていた。


「いかがなされましたか、魔王様。そんな顔面からピザに突っ込んでビールを掛けられたような格好をして」


「あー、正にその件についてだよクソッタレ! 参謀、おまえ使用人共の教育どうなってやがる!」


 怒りの収まらない魔王がギシギシと歯をきしませながら玉座から立ち上がり、参謀に迫る。

 そして、牛の頭蓋骨のような見た目をした参謀の頭を魔王がゴン、と小突いた。


「使用人の教育と申されましても、ここ数千年間魔王城教育マニュアルは特に変えていません。『どれだけ嫌でも仕事は仕事。魔王様の求めに応じて可能な限り介護せよ』と使用人達には指導をしておりますが」


「んんん、この! 介護ってお前、いくら何でももうちょい言葉選べ! 俺はまだ35万歳だぞ!」


 苛立たし気に魔王が両腕をわななかせる。


「あのピザを叩きつけてビールぶっかけてきた豚野郎共も、この魔王様に対する敬意ってもんが無いのか!? 参謀、使用人の管理はお前の担当だぞ! この魔王様を侮辱した責任をちゃんと奴らに取らせろ!」


 魔王の言葉とピザの具まみれの顔面、そしてびちょびちょのビール臭い服を見て、参謀が大体事情を察する。


「ふむ。ではとりあえず、魔王様に粗相をしたオーク共はすみやかに屠殺した後、トンカツにして召し上がって頂くという形で責任と責務を果たさせて……」


「いや、いきなりこえーよ参謀! 魔王の俺でもドン引きな責任の取らせ方をしれっと提案してくんな! そんなもん出されたら、今後トラウマで豚料理二度と食えなくなるわ!」


 参謀の提案に魔王が後ずさり、そのまま玉座にどっかと座る。

 そして顎に手を当てて考え込んだ。


「そういやあいつら、変な石板握ってたな。取りつかれたみたいにずーっとそればっか見てて。何やってたんだアイツら」


「変な石板……それはこんな物でしたか?」


 参謀が胸のポケットからオークやコボルト達が持っていたのと同じ手のひらサイズの光る石板を取り出す。


「それだ! 何なんだよその石板。なんかヤバい呪いでもあんのか?」 


「これはス魔ホといって、今魔界で絶賛大流行中の通信機器となっています」


 手渡された手のひら大の石板を魔王が手に持ち、ひっくり返したり側面を見たりと色々な角度から眺める。

 つるりとした、ガラス質の表面に魔王が指を触れると、真っ黒だった表面に突如として牛の親子の画像が浮かび上がる。


「なんじゃこりゃ。こんなもん眺め続けて何が楽しいんだ?」


 いぶかし気に参謀に尋ねる。


「あ、これはホーム画面で、映っているのは私の妻と娘になります」


 どう見ても牧場で飼われている牛の親子にしか見えなかったが、これが参謀のファミリーらしい。


「ホーム画面? よくわからんな。結局コレは何なんだ?」


「魔界にも多く生息している他者の夢を食う魔物『バク』の血を、魔力の通りの良い石材に染み込ませ、特殊加工して作った魔導工学の傑作品でして。夢を表示する、という形で同じス魔ホを持つ者と情報の共有が出来ます。端的に言うとコレ一つで映像や音声、画像、文章やメッセージが送れます」


 参謀はそういうと、魔王の手に持っているス魔ホの表面を指で撫でる。

 石の表面に浮かんでいた画像が変化し、黒いコウモリのような翼を持つ、妖艶なヴァンパイアレディが歌う動画が流れた。

 更に操作すると、今後一週間の魔王国天気予報を告げているスーツ姿の参謀の動画が流れた。

 よく見ると、参謀とは微妙に頭蓋骨の形が違う。

 参謀と同じ一族の魔族なのだろう。

 以前にも、参謀とそっくりな見た目の医者が魔王を診察した事があった。

 参謀の親戚だったその医者は、最終的に魔王の娘であるペケ子によってあえなく死を迎える事となったが。


『であるからして、淫魔シナ海で発生した風神10号は非常に強い魔力を維持したままゆっくりとした速度で北上し、週明けにも……』


 画面の中で喋る牛の頭蓋骨顔をした魔族を眺め、魔王が眉を上げて感嘆の声を上げる。


「ほほー、こりゃ凄い!」


 魔王が手の中のス魔ホを指で撫でて、画面を切り替える。


「遠くの映像を映し出したり、何かの娯楽番組やニュースを見るというのは、魔界においてはサンドスクリーン位のものでしたからね。大分技術革新が進みました」


 サンドスクリーンとは、色とりどりの砂粒で出来たゴーレムを幕状に伸ばし、精巧な砂絵として映像や画像を映し出すシロモノである。

 特殊なゴーレムが必要である事からわかるように、魔族一般に普及している物では無い。

 所持しているのは、王侯魔貴族や経済力に優れた魔族の富豪くらいの者だろう。


「へー。要は手の平サイズのサンドスクリーンを量産化したって事か。よくそんなもん作れたな」


 興味深げに画面を指で撫でまわしながら、魔王が素直に賞賛する。


「まあこれは、異世界の人間達がカラクリと電気を用いて使っていたスマホなる物を密貿易で手に入れて参考とした所が大きいのですが。開発した私の会社『悪ップル』は現在経常利益が天元突破中となっております」


「なんだパクりかよ」


 ゼロからの発明で無い事をクサした魔王が、ゴリゴリとライオンのたてがみのような頭を掻いた。


「んじゃアレか。アイツらはこんな感じの映像をひったすら眺めてて、仕事を忘れて俺にピザを投げつけたってのか」


 粗相を働いたオーク達の事を思い出し、魔王が舌打ちをする。


「いいえ。異世界の人間たちは誰も彼もが映像を作りまくり、その作った映像を日がな一日眺めているわけですが、このス魔ホは大流行しているとはいえまだ作られたばかり。動画を作れる魔族たちも多くはありません。私たち一族の天下り先の一つである国営放送MHK(魔王国放送協会)や、私が国費を横領して経営しております会社の一つ『伝痛』といった所が精々で、見る番組もそう多くありません」


 参謀の説明に、魔王が首を傾げた。


「ん? じゃああいつらって、このス魔ホを握りしめて何をしてたんだ?」


「今、ス魔ホで隆盛を誇っているのは映像よりも文字のコンテンツの方となっております。魔イッターという、文章をス魔ホユーザー全員に公開する事の出来る機能が備わっているのですが、その機能を使ってひたすら誰かの悪口を書いたりののしり合うのが最近の魔族の流行となっています」


「はぁ? クソみてーな流行だな! 折角の凄そうな発明品を手にしてやる事それかよ! これだから知能も気品も良識も無いクソザコナメクジ底辺魔族共は! アホに便利な道具を持たせても、ロクな事に使わんな!」


「ええ、そうですね。折角築いた異世界との貿易ルートをひったすら酒と漫画とジャンクフードの輸入に費やして、公務サボって玉座で怠けてる魔王様が言うと実に説得力があります」


「う、うるさいわい! とにかくだな、こんな他人を罵り合う、憎しみと争いを加速させるだけの機能は即刻削除しろ!」


 手にしていたス魔ホを、無表情で突っ立っている参謀に投げつける。


「魔王様。知性を持つ魔族の大多数が使っている機能を削除するとなると、相当な反発が考えられますが、よろしいですか?」


 投げつけられたス魔ホを受け取った参謀が、魔王に確認をする。


「もちろんだ! 消しちまえそんな……いやまてよ」


 命令を下そうとして魔王がふと考え込む。


「おい参謀。その魔イッターとかいう機能、そんなにみんなハマってんのか?」


「はい。良いか悪いかはともかくとして、文章と、ス魔ホの録画機能を使った短い動画、同じく撮影した画像を用いて皆さん活発に交流されてるようです」


「そうか……よし、決めたぞ参謀! 俺もやってやろうじゃないかその魔イッターを! 俺にもそのス魔ホって奴を一つよこせ!」


「はぁ、それは構いませんが。先ほどまで削除を命じようとしていた魔王様がどういう心境の変化ですか?」


「ふっふっふ。魔イッターとやらで罵倒や悪口ばかり吐き捨てる連中に、この魔王様が直々に魔族としての正しい在り方を説いてやるのだ!」


「魔王様。いやそれは本当に、本ッ当にやめておいた方が……」


「愚かな民衆を導くのは王たる者の使命! その魔イッターとやらで我が愛すべき魔王国民達と語り合い、他人を蔑んでばかりのクソザコ底辺魔族共を諭してやろうではないか! ほれほれ参謀、ス魔ホとやらをはよ俺に寄越せ」


「……わかりました」


 何を言っても無駄だと悟った参謀が、ため息を吐いて指を鳴らす。

 床に小さな転移魔方陣が描かれ、中から新品のス魔ホが現れた。


「魔王様、私は止めましたからね」


 せかす魔王の手にス魔ホを手渡した参謀が、やれやれとばかりに首をゆっくり横に振った。


魔王様、魔イッター始めるってよ(その1)……END

むちゃくちゃ久しぶりな「日常魔王」です。

今回は、魔王様がTwitterで自国民にお説教する話ですね。

もうダメな予感しかしませんが、最期まで魔王様の行く末を見守って頂けますと幸いです。

んでは、以下いつもの。


最後までお読み頂き有難うございます。


もしよろしければ、こちら↓↓↓の広告下にございます「☆☆☆☆☆」欄にて作品への応援を頂けますと、今後の励みとなります。


よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
エピソード32、拝読しました。 魔王様に魔イッターを与えては駄目だ。誰か止めるんだ‼️
[良い点] 世界観を壊す事なくス魔ホを登場させるとは! 情景描写ひとつどこを切り取っても、こちらの世界とは違う場所だと言う事を感じさせてくれるので、地の文までしっかり面白いです。 [一言] 作者様の得…
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