ウエディング・ヘル(その14)
荘厳なパイプオルガンの調べが響き渡る。
王城に隣接するここ、サタンペテンブルク邪聖堂にてシャドウエルフの王ミディールと元ダークエルフの姫であり現ゾンビなラウレティアの結婚式は行われていた。
長椅子の並べられた邪聖堂内は、巨人でも参列できるのではと思わせる位の高く広い空間となっている。
その壁や天蓋には、神話に残る剣鬼ノアの繰り広げた争いの様子が力強いタッチで描かれていた。
剣鬼ノアとは、神も勇者も魔王も天使も魔族も人間も、強者であればその一切を区別することなく戦いを挑み、その生涯の全てを争いに費やし散っていった伝説の狂戦士である。
世代的には先代魔王よりも更に古い時代に活躍したと言い伝えられている人物であり「剣鬼」と言われているものの、彼が実際は何の種族だったのかははっきりとはしない。
魔界最強を誇る先代魔王に唯一手傷を負わせた血塗れ勇者ヴィンセントと並んで、武芸者の間では人気の英雄だ。
剣鬼ノアは、人間の勇者であるとも魔族であったとも、創造神ジルオールに反逆した天使であったとも言われている。
力を信奉する魔界の、特に地底に住む石巨人やドワーフ達から多く崇められており、地底世界の邪聖堂の大半はこの剣鬼ノアが祀られている場合が多い。
ここ、シャドウエルフの国ダグサでも例外では無く、それはこの教会内の壁や天井の各所に描かれた絵画や、柱に彫り込まれたノアに付き従っていた戦士たちの飾り彫りからも見て取れる。
シャドウエルフの子供たちが歌う讃美歌もまた、剣鬼ノアの戦いを讃えるものだ。
見事なボーイソプラノで歌い上げている子供たちの中には、教育の一環なのかシャドウエルフのしきたりなのか、王子であるティティスの姿もあった。
魔王達は、王城の隣に立つ教会内で長椅子に腰掛けて結婚式に参列していた。
他の参列しているこの国の貴族や要職に就く者たちが、魔王を見てヒソヒソと囁き合っている。
祭壇に立つ邪神父のエルフも魔王にちらりと目を向け、眉をひそめた。
「ううむ、なんか視線を感じるな。いくら見た目が綺麗な所だからって、所詮は他国との交流が無い地底の田舎だしな。俺みたいな洗練された魔族の王が来るとやはり注目を集めてしまう事は避けられんか」
参列しているシャドウエルフ達を眺めて魔王がどこか得意げに笑いながら一人頷く。
「いえ、単に裸マントにパンツ一丁で結婚式に参加している変態に皆様顔をしかめておられるだけかと」
冷静に状況を判断して魔王に伝える参謀の隣では、眠るペケ子を抱きかかえて死神が座っていた。何かを食べる夢でも見ているのか、眠るペケ子の口はモグモグと動いている。
魔王達の前に置かれた長椅子にはザンフラバが座っており、娘であり花嫁であるラウレティアがいつ登場するのかと聖堂内の大扉の方を先ほどから何度も振り返っている。
と、パイプオルガンがひときわ大きく太い音を奏で、大聖堂の扉が開かれた。
扉の向こうから、華やかなウエディングドレスに身を包んだダークエルフの姫君ラウレティアと、純白のタキシードを身に着けたシャドウエルフの王ミディールが現れる。
二人とも、美貌ぞろいのエルフの中にあって尚美形なこともあり、その光景はどこか現実離れしてすら見えた。
祭壇へと向かう途中、花嫁ラウレティアと賛美歌を歌う王子ティティスの目が合う。
ヴェールの中に隠れ、ラウレティアの頭にアホ毛の形をして刺さっているアンテナがピクリと揺れた。
「む、これは……」
微細に指を動かし、魔力をラウレティアに送って操っていた参謀が困惑した声を上げる。
参謀の座る前の長椅子からは、震える声が聞こえた。
「おおお、我が娘よ。綺麗だぞ!」
愛娘の晴れ姿に感極まって涙を流すザンフラバのものだ。
祭壇の前まで歩み出た新郎と新婦が邪神父の前で永遠の愛を誓い、口づけをするために互いに向かい合う。
「あとちょっと、あとちょっとで俺は自由の身だ!」
魔王がグ、と手を握りしめた。
ここで邪神父の前で口づけを行い、邪神父からの祝福を受ける事で婚姻は成立し魔王の呪いは解けるのだ。
食い入るように二人を見るのも無理もない話だった。
そんな期待に胸を膨らませている魔王に、参謀が声をかける。
「魔王様、ご報告があります」
「なんだ参謀。今良いところなんだから話しかけんな」
「ラウレティア様の制御がほぼ不能になりました」
「……はい?」
参謀の言ってる事がわからないというか、理解したく無い魔王が笑顔を引き攣らせる。
「ラウレティア様の魔法抵抗力が急に増大し、現在私の制御がほぼ効かない状態です。あのアンテナがくっついてるおかげでかろうじて制御出来てますが、あれも私の魔力で取れないようにしていたものなので。その魔力がほとんど遮断されてしまっている今となっては、わずかな切っ掛けで……」
説明を続ける参謀を他所に、式はどんどん進んでいく。
「ではお二方、偉大なる剣鬼ノアの御前で誓いの口づけを」
逆十字のシンボルを手に持った邪神父に促され、ミディールがラウレティアのヴェールに手をかけてめくる。
「あ、マズい」
参謀が小さく声を上げた。
ラウレティアのアホ毛がヴェールに引っ掛かり、床に落ちた。
そしてそれはそのまま参謀の支配からラウレティアが逃れ、血に飢えたアンデッドが野に放たれたことを意味する。
グリン、とラウレティアの瞳が裏返り濁った白目に変わった。
「アナタノキスヲカゾエマショオオオオオオオオ!!!!」
口が耳元まで裂け、大口を開けたラウレティアが黄色い涎を垂らしながらミディールの喉笛に食らいつく。
「なっ!? ゲッハァ!?」
あまりの事に反応できず、ミディールはそのまま喉を大きく食いちぎられた。
噴水のように血が噴き出し、真っ白なタキシードが鮮血に染まる。
「な、な、何を!? や、やめなさい!」
突如として目の前で起こった惨劇に、邪神父が慌ててラウレティアの肩を後ろから掴み引きはがそうとする。
と、ラウレティアの首が180度回転し真後ろを向く。
「ヒッ!?」
本来あり得ない角度で首を回し、凶悪な牙をズラリと生やしてニタリと笑う血染めのラウレティアを見て邪神父が短い悲鳴を上げる。
そしてその悲鳴が最期の言葉となった。
「カレーハノミモノ! エルフハタベモノ! カエダマオカワリバリカタデ!」
奇声を上げて邪神父の頭にかじりついたラウレティアは、凄まじい顎の力で頭蓋骨を中の脳みそごと瞬時にかみ砕いた。
「ス、ス、スキナヒトニハタマラナイアジデスネェェェェ!!!」
天を仰ぎラウレティアが咆哮を上げる。
一瞬にして邪神父が食い殺され、国王ミディールが喉を食い破られ、結婚式は血染めの修羅場へと変貌した。
参列者たちは、ある者は悲鳴を上げて逃げ惑い、ある者は事態の収拾を図ろうと祭壇へと向かおうとし、互いにぶつかり合って大聖堂内は大混乱に陥った。
もはや結婚式どころでは無い。
花嫁の父であるザンフラバが参謀に詰め寄り胸倉を掴む。
「おい、参謀! ど、どういう事だ!? お、お前、こ、これ、どう始末付けるつもりだ!? 滅茶苦茶じゃないか!」
「いや、そうは言われましてもこうなってしまったらもうやる事は……」
胸倉を掴まれている参謀の後ろで魔王が叫ぶ。
「うおわあああ!? 結婚式ぶち壊しじゃねえか! 俺、死んだぁぁぁ!」
頭を抱えてうずくまる魔王に、祭壇から声が掛かる。
「いーや、儀式は終わってねえぜ!」
そこには、食い殺された邪神父の持っていた逆十字のシンボルを掲げる死神の姿があった。
「まだミディールにゃ息がある! 誓いの口づけは終わった! 婚姻の儀は死んだ邪神父を継いでこの俺がやってやるよ! 汝らの誓い、カタストロフィック教会邪神父リッチマン・ハデュッセウスの名において確かに聞き届けた! 婚姻の儀、ここに成就せり!」
死神の宣言と共に魔王の身体から『バカ、アホ、マヌケ、脳筋、童貞』といった数々の呪印が消える。
「おおお!? 呪いが解けたぞ! やった、やったああああ!」
死への恐怖から一転して解放され、魔王がバンザイをして歓喜の声を上げた。
参列客たちが未だ右往左往して混乱する中で、死神が倒れ伏すミディールの下へと歩み寄る。
「よぉ、ミディール。こうなっちまったら、てめぇはもう用済みだなぁ」
食いちぎられた喉元を抑え、ゴボゴボと血を吐きながら不明瞭な呼吸音を上げているミディールに死神が語りかける。
「ほっといてもくたばるんだろうが、俺がこの手で殺してやるよ。あの世でウチの嬢ちゃんにでも詫び続けるんだな」
逆十字のシンボルを地面に投げ捨てた死神が、肩に担いだ大鎌を喉を押さえて倒れ伏すミディールに向かって振り下ろした。
左胸を大鎌の刃で貫かれ、ミディールの身体が黒い炎に包まれる。
強烈な滅びの呪いによりミディールの身体は瞬時に炭化し、炎の消えた後には人型に黒い粉が残るだけだった。
なんか色々あったけど、もうちょっとだけ続くんじゃ。




