ウエディング・ヘル(その11)
来賓をもてなす為の一室は、見るも無残な有様となっていた。
宝石や貴金属の産地として知られた地底国ダグサの王宮の待合室である。そこに飾られた調度品の数々は惜しげもなく金銀宝石魔石宝玉がちりばめられ、見る者の目を楽しませ、感嘆の声を上げさせる物であった。
ほんの数十分前までは。
天井で煌びやかに輝いていたシャンデリアは床に落ちて粉々に砕け、真下にあったテーブルは盛り付けられていたフルーツと大皿共々叩き割られ、精緻な彫り飾りの施された棚や燭台や椅子といった調度品は所々齧られ、名のある芸術家によって作られたであろうケルベロスの彫刻は頭が二つもぎ取られ残った一つの頭も顔半分がかじり取られてしまっている。
毛足の長い絨毯の敷かれた床は砕けた家具やら何やらの破片がそこここに埋もれており、まるで雑草と小石だらけで手入れの行き届いていない庭のようだ。
国の要人を迎え入れる豪奢な待合室は、今や取り壊し中の工事現場の如き有様だった。
この惨状を作り出した元凶であるペケ子は、引き千切ったカーテンを毛布代わりにして包まり、自分が叩き落したシャンデリアの上でスヤスヤと寝息を立てている。
ケルベロスの石像を食べた際に生えた犬耳が、時折ピクピクと動いていた。
「お前ら、マジで死にたいのか!? なんでこの場面で揉めようとするんだ! ちょっとイヤミ言われて小馬鹿にされた程度でいきなりキレる奴があるか!」
ミディール達シャドウエルフが去った待合室で、ダークエルフの王であるザンフラバが腕をわななかせながら怒鳴り散らす。
怒りのためかダークエルフ特有の浅黒い顔には朱が混じり、食いしばった歯の隙間から蒸気のように息が漏れていた。
無理もない。
娘の結婚式当日に新郎と揉められ、あわや式典がご破算かという目にあったのだ。
父として怒りを覚えて当然だろう。
その怒りを受け止めるのは、黒いローブを身にまとう骸骨姿の死神だ。
眼球の無い空洞となっている双眸の奥では、赤い炎が揺らめいている。
大鎌の柄を握る手に力が籠められ、ギシリと音が鳴った。
「ああ? 何シャバい事抜かしてんだおめー。ナメた真似されたら殺すか殺されっかすんのが魔界の常識だろうが」
数多の戦場で敵を冥土に叩き込んできたメイド長が骨張った、というか骨そのものな指を突きつける。
「ダークエルフの王様よぉ。お前さん、ここのモグラ野郎共に感化されて頭にお花が咲いてるみたいじゃねえか。こりゃあ俺様が首ごと刈り取ってやったほうがいいかねぇ」
カラカラと、死神が喉の骨を鳴らして嗤う。
弱肉強食が掟の魔界ではナメられたりメンツを潰されてそれを放置する事は相手より自分が弱く食われる立場であるのを認める事と同義だ。
人間族のようなイヤミや皮肉の応酬は、魔族の場合それがそのまま命のやり取りに繋がるのが普通である。
実利と損得を重んじ、魔族の中では比較的話が通じやすいと言われるダークエルフとてその本質は変わらない。
「魔王のガキの子守り風情が、ダークエルフを束ねるこの俺に随分な口の利き方だな。その骨砕いて犬ヅラしたコボルト共にしゃぶらせてやっても良いんだぞ」
獲物を狙う猛禽類のように開かれた手を持ち上げ、ザンフラバが皮肉気に口元をゆがめた。
その五指の先にはそれぞれ小さく燃える炎が浮かんでいる。
かつての天魔大戦でザンフラバがいくつもの森や街を、そこに住まうエルフや人間もろとも焼き払ったというのは魔族の間でもよく知られた話だ。
この小さな炎が一たび指先から放たれれば、天をも焦がす猛烈な業火となる事を共に天魔大戦を戦い抜いた死神は知っている。
だが、天魔大戦の最前線で常に戦い続け、並み居る敵や勇者たちを冥土に叩き込んで来た死神がそんな程度の脅しでビクつくはずもなかった。
「ハ! 言ってくれるじゃねえか、アバズレゾンビのパパさんよぉ。テメーが娘とおそろいの腐乱死体に変わっても同じ寝言吐けるかどうか、今ここで試してやるよ。親子仲良くハエにたかられながらヴァージンロードを徘徊するんだなぁ!」
威勢よくタンカを切り、双眸を炯々と光らせて死神が大鎌を担ぎ上げる。
その鎌の刃からは超高密度の瘴気が黒い霧となってゆらゆらと立ち昇っていた。
担ぎ上げた拍子に大鎌の刃から零れる黒い霧がペケ子に齧られたケルベロスの石像に触れる。
大鎌の刃に掛けられていた滅びの呪いは一体どれだけ強力な物だったのだろうか。
頭一つしか残っていない石像はザラザラと音を立てて崩れ落ち、瞬く間に砂の山となった。
命の宿らぬ石像を霧がかすめただけでこの有り様である。
肉を持つ生物がその身に直接刃を受けようものなら、まず無事で済まないのは明白だ。
だが、その死神の担ぎ上げた鎌の柄を魔王の太い腕が掴む。
「……んだぁ? 止めんのかよ魔王様。さっきはメンツ立てて退いたけどよ、あんたも親なら我が子をバカにされて平然としてんじゃ、あ……」
背後から大鎌の柄を掴む魔王を肩越しに睨みつけて凄もうとした死神が、言葉に詰まる。
そこには涙と鼻水を垂れ流し、顎に梅干しを作り、顔面をぐっちゃぐちゃにしてプルプル震えている、平然とは程遠い魔王の姿があった。
「や、や、や、やめろよおおお! 俺、今日の結婚式が上手くいかなかったら死んじゃうんだぞおお!? なんで喧嘩なんかすんだよもおおおおおお!」
鎌の柄から手を放した魔王は、振りむいた死神のローブをひっ掴み、床に膝をついてすがり泣く。
その様子は完全にダダをこねて泣きわめくお子様そのものであり、威厳のカケラも無い。
「……うわぁ、みっともな」
完全に臨戦態勢で死神と向かい合っていたザンフラバも、思わず頬をヒクつかせた。
「これは情けないですねえ」
横で見ていた参謀も、牛の頭蓋骨の形をした頭部の額に手を当てて我が主の醜態に呻いた。
魔王に縋りつかれている死神は骨ばった……というか骨そのものな指で頭……いや頭蓋骨をコリコリと掻き、どう声を掛けたものかと思案する。
「あ、あのな。魔王様……」
「死神! お前、俺が魔王になる時言ったよなあ! これからは俺にちゃんと忠誠誓いますって! 言うこと聞きますって! あれウソだったんかよおおお! なんで暴れんだよおおお! 見捨てる気かああああ!? 俺が死んでも良いって言うのかよおおお! この薄情者! 人でなし! いじわる! 嘘つきッッ!」
実に頭の悪い子供じみた悪口を並べながら魔王が死神を糾弾する。
いい年こいた中年魔王(35万35歳)が泣きわめきながら縋り付いてくるというのは、間近で見せつけられると最早ホラーだ。
「お前ペケ子生まれてからなんか冷たいぞおおお! この前も遊びに行こって誘った時断ったしよおおお! 俺とペケ子とどっちが大事なんだよおおお!」
「子供か」
ザンフラバが実にもっともな感想を述べる。
「……構ってもらえないからと生後一か月の我が子に嫉妬するとは、想像を遥かに下回る情けなさですね。これが数多の魔族を束ねる我が主であると思うと、目頭が熱くなります」
参謀が青白い炎を宿した眼窩を手で覆い、嘆いた。
醜態を晒し続ける魔王に耐えかねて、死神が降参とばかりに泣きじゃくる魔王の前に屈みこむ。
「わかりましたって! 大人しくすっから! ですから魔王様、とりあえず泣き止んで鼻水拭こ、な? ほれ、ハンカチ。あーもう顔面ぐっちゃぐちゃじゃねえか」
さめざめと涙を流し、生き恥を晒し続ける魔王の顔を死神がハンカチでぬぐう。
その様子は、どう見ても幼児をあやす保父さんである。
「暴れない? 大人しくする? 魔王の事、見捨てない? 今度一緒に遊びに行ってくれる?」
「あーはいはい。暴れねーし大人しくするし見捨てねーし、今度一緒に遊びにも行ってやりますよ」
死神からハンカチを受け取り、魔王が鼻を噛む。
「信じらんねー。親子そろってなんつー手の掛かりようだ」
ペケ子のお守りだけで割と手一杯……というかその見事なまでの暴れっぷりのためにキャパオーバー気味なメイド長がため息をついた。
と、魔王がいきなり泣き止み真顔に戻る。
「あ、でも待てよ。考えてみりゃ、呪いを掛けたザンフラバが死ねば俺の呪いって解けるんじゃね?」
そしてポン、と手を叩いてザンフラバを指差した。
「やっぱいいや死神。あいつ殺っちまおうぜ。そうすれば俺、自由の身じゃん。やっちゃえメイド長!」
「……いや手の平返すの早すぎだろ魔王様」
「発想がクズ過ぎる」
最低の提案に、先ほどまでいがみ合っていた死神とザンフラバが二人そろって呆れた。
内輪揉めもこれでひと段落って所ですかね。
次回更新日は、決めたらTwitterで報告しますわ。
ちなみに、ちょいとリメイク挟むかも。
(その5)をシーン変更しようかなって。
話の筋は変えませんけどな。
他は……このエピソード最後まで書き終えてから加筆修正はしますかな。
それまでは(その5)だけで良いか。
んでは、以下いつもの。
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