ウエディング・ヘル(その9)
「ほれペケ子。お前と同じ、この国の世継ぎだそうだ。ご挨拶してこい」
エルフや人間達と比べて頭ひとつ分ほど大柄な体格をした魔王が、腰をかがめてペケ子の背中を叩く。
「……」
初対面の相手だろうが馴染みの無いよその領主の城内だろうが、まったくためらう様子もなくこちらにむかって無表情に歩いてくるペケ子に、シャドウエルフの幼い王子ティティスが怯えて後ずさる。
「え、え、ええと、あの、その」
助けを求めるように父親であるミディールを見上げるが、返ってくるのは冷たい視線だけだった。
とまどうティティスの眼前にペケ子が立つ。
身長は、1メートルちょっとのペケ子とほぼ同じくらいだろうか。
生後1か月も経ってないペケ子とエルフとでは、見た目は同じでも年の差は大分あるわけだが。
「あ、あの、ティティスと言います。どうぞ、よ、よ、よろしく……ヒャッ!?」
胸に手を置いて片膝をつき、目上の者へのあいさつをしようとするティティスの頭を、ペケ子がワシっと両手でつかんだ。
そのまま鼻を近づけ、スンスンとティティスの頭の匂いを嗅ぐ。
「え、な、ちょ、ちょっと!?」
目を白黒させているティティスを無視して匂いを嗅いでいたペケ子だったが、興味が失せたのか掴んでいた手を離すとプイっと後ろを向いてその場から離れた。
「あ、あの、えーと……」
取り残されたティティスがオロオロしながら周囲の者の顔色を窺っていると、ミディール王が喉を鳴らして嗤った。
「クックック! 蛮族の世継ぎは所詮蛮族か。ロクな挨拶も出来んと見える。地上の原住民の姫に相応しい品の無いご挨拶だな」
「いやまあ、ペケ子様はまだ生後一ヶ月ちょっとですし……」
やんわりと弁明をする参謀に、ミディールはなおも嘲りの言葉を吐き捨てようと息を吸い、しかし悪態をつく事なく黙り込んだ。
原因は、喉元にヒタリと押しつけられた大鎌の刃だ。
「よぉ〜。天魔大戦ビビって参加せず、地下に逃げ込んで震えてた薄汚ねぇ臆病者のミミズモグラ風情が、随分とまぁナメた口聞いてくれんじゃねぇか。ええ〜?」
鋭く刃の光る大鎌を握っているのは、魔界史上最大の戦いとも言われる天魔大戦で数多くの勇者を冥土に叩き落としてきた歴戦の武闘派魔族にして、ペケ子の養育係である死神であった。
宙空に浮いていた死神はミディールの背後に音もなく降り立ち、黒いローブの中から愛用の大鎌を取り出してミディールの喉元に押し当てていた。
「ミディール様から離れろ、無礼者が!」
死神の突然の凶行に、エルフの騎士たちが槍を突きつける。
だが、日ごろ自身が面倒を見ているペケ子を侮辱された死神は、一向に怯まない。
「挨拶が出来ねぇだぁ? 思い上がってんじゃねーぞカビくせぇ引きこもりの腰抜けオケラカスがよぉ〜。テメェら如き、ウチの嬢ちゃんがわざわざ声掛けてやるに値しねぇチキン野郎だってだけの話だろ~が。石ひっくり返したらウゾウゾ出てくる汚ねぇ虫けら同然の連中が、魔王国の次期当主の嬢ちゃんと対等に口聞けるとか、分不相応な夢見てんじゃね〜ぞマヌケが。今ここで死ぬかオイ」
髑髏の双眸に、赤い炎が灯る。
日ごろからペケ子の遊び相手に世話役にと、養育係として接している死神である。
自身が関わる姫君を嘲笑され、怒りを覚えるのも無理は無い。
「さーてどうすっか。このままテメーの青っ白い首切り落としてデュラハンにでも変えてやろうか?」
口調こそおどけているが、死神の目は完全にマジだった。
眼窩で禍々しく燃え盛る炎からは、強い殺意を感じられる。
「その貧相な体格じゃ勲章は付けられても鎧はマトモに着れねえだろうがなぁ。まぁそもそも、実戦にも出ねぇで一体誰からなんの褒章を受けてんのかって話なんだけどよ。俺ぁ魔界のデカい戦さにゃ大抵顔出してるけど、お前なんて見た事ねーしな。あ、もしかしてそれ、子供が着けるオモチャのバッチか何かか? 良い年こいてごっこ遊びかぁ? エルフの王様よぉ〜。ダッセェなぁ、ヒャッヒャッヒャ!」
ケタケタと顎を鳴らし、ミディールの着る軍服に付いている勲章を揶揄して死神が嘲り笑う。
「貴様……」
死神の侮蔑を受け、ミディールの顔に朱が差した。
ここダグサの国はシャドウエルフによるほぼ単一民族の国家である。
他国との交流も絶っており、さらに地底という諸外国からは隔絶された場所である事も相まって戦争らしい戦争に参加した経験は無い。
争いの少ない平和なお国柄は地上で戦火に晒されている国からすると羨ましい限りなのだが、長たるミディールからするとそれはコンプレックスでもあった。
だからこそ大戦に参加した同族のエルフであるザンフラバを賞賛し、異種族である魔王達には攻撃的な態度を取り、式典の時はあえて軍服を選んで着ているのだ。
自分が抱えるコンプレックスをもろに指摘され、悔しさに歯軋りをする。
即座に言い返したい所だが、完全に命を握られた状況下で相手を罵倒できるほどの胆力も経験もミディールには無かった。
逆に死神は居並ぶエルフの騎士たちから槍を突きつけられ、魔法が放たれる寸前の杖を向けられているという敵陣ど真ん中の四面楚歌な状況だが、まったく動じる様子は無い。
あらゆる戦場を渡り歩き、魔界をゆるがす天魔大戦においても最前線に身を置き戦い抜いてきた死神である。
この程度の修羅場で怖気づくようなヤワな胆力はしていない、どころかこのやり取りを楽しんでいるようにすら見受けられる。
父親の命の危機に、子供であるティティスが駆け寄ろうとするも、身を案じた近くの騎士に引き留められていた。
「で、どーすんだよおめーらは。自分の所のバカ大将がバカな発言して死にかけてんだぞ。助けなくて良いのか? 遠慮しなくていいんだぞ?」
剣を、杖を構えるシャドウエルフの騎士達を、死神が睨みつける。
強烈な魔力と殺意を宿した死神の視線を受けたエルフの騎士達は、幾人かが口から泡を吹いて倒れた。
意識を保っている者も、顔は青ざめ腕は震えて武器を持つのがやっとといった有様だ。
歴戦の猛者である死神と、平和で戦一つない国の兵士とでは気迫一つとってみても差があり過ぎる。
「……メイド長、鎌を下げなさい。我々は祝いの場に招かれた身ですよ」
今にもミディールの喉を掻っ切り、シャドウエルフの兵達に襲いかかりそうな死神を、参謀がたしなめる。
「……参謀君よぉ。てめぇ、自分が何言ってっかわかってんのか? 自分とこの跡継ぎコケにされたってのに、ヘラヘラ笑って引き下がれって言ってんだぞ。マジで言ってんならまずテメェからブチ殺してやろうか。ええ?」
死神の瞳に燃える赤い炎が、参謀の眼窩に揺らめく青い炎とぶつかり合う。
死神の体から殺意と共に漏れ出る無秩序な魔力が、床に散らばるシャンデリアの破片をカタカタと震わせた。
敵意剥き出しの死神に真正面から睨まれて、しかし参謀は肩一つ震わせることはなかった。
しばしの間、緊張と沈黙が二人の間に流れる。
平時であれば、参謀は例え軍事部門の重職である四天王が相手であっても命を下せるだけの権限を有している。
が、死神の魔王国での扱いは、実は傭兵であり客将だった。
先代魔王が直々に客分として召し上げたのが、この死神である。
故に参謀も四天王も、死神相手にはお願いをする事は出来ても命じる事は出来ないのだ。
出来るとすればそれは……
「参謀、下がれ」
ミディール、死神、参謀の三すくみの間に割って入ったのは、魔王であった。
ウエディング・ヘル(その9)……END
ふー、更新完了。
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