ウェディング・ヘル(その6)
「信じらんねえなあ。ここ、地底なんだろ? なんつーか、綺麗だな」
窓に張り付くようにして外の景色をのぞき込み、魔王が感嘆の声を上げる。
「地底世界は溶岩の川が流れる赤茶けた大地であり、空は暗黒に覆われ光一つ差さない闇の世界である、なんてウワサ話が出回っておりましたが全然違いますね。私としてもそんな話を信じていたわけでは無いのですが、いやはやこれは」
魔王の隣で、参謀もまた窓に映る風景を眺め同意をする。
窓の向こうには、幻想的な地底世界の光景が映し出されていた。
地下世界の空は、その天井に光を放つツキアカリダケが繁茂しており、まるで満天の星空のように青白く煌々と輝いている。
その柔らかな灯に照らし出され、のみならず照らし返しているのは魔力をたっぷりと蓄え、地上の星となって瞬く鉱石の数々だ。ライトクリスタル、ミスライル、青碧珠、炎邪の赤石、エレキタイトとそれぞれ金、銀、蒼、紅、琥珀色と比喩でなく宝石箱をひっくり返したような煌びやかさであった。
「月を超え、太陽を置き去りにし、遥か高みにあると神話に語られる星々の海からの眺めは、このような物なのかもしれませんね」
執事服を着こんだ牛の頭蓋骨顔の参謀が、眼窩で燃える青白い炎を揺らめかせながらつぶやいた。
「おお、なんか知らんがあれだな! キラキラ光ってピカピカしてて綺麗だなって事な! 俺もそう思う!」
隣の参謀に向かって魔王が知性の差を感じさせる答えを返した。
「ところで魔王様。その服装、なんとかなりませんかねえ。一応本日は結婚式なのですが」
参謀が幻想的な光景から目を離し、珍妙な格好をしている魔王に目を向ける。
「なにおう!? お前、我が一族に代々伝わる魔王としての正装にケチつけんのか!?」
バサリと来ていたマントを翻し、魔王が参謀に抗議の声を上げる。
見事六つに割れた腹筋に、丸太を思わせる太い両腕、鎧の如き大胸筋に城を支える柱さながらの逞しい両足と、筋骨隆々たる魔王の体躯が参謀の視界いっぱいに広がる。
それはつまり、魔王がほとんど服を着ていない事を示していた。
黒のパンツに黒マント。
それが今の魔王が身にまとう物の全てである。
人間がこんな服で街中を歩こうものならば、ものの数分で自警団にしょっ引かれるだろう。
参謀が、はあー、と大きなため息をつく。
「いや、古代の人間どもがマンモスの毛皮を着込んでいたように、先代や先々代の魔王様も遠い昔はそんな格好もされてたのかもわかりませんけども。魔王様がウチでその格好してたのは、あれは単にズボラなだけでも我々をおちょくってるだけなのでもなかったんですね」
「せーそーだせーそー! 魔王の伝統衣装なの! これは!」
バカ、アホ、脳筋、無能、童貞、アンポンタン等々、体中に書き込まれた呪いの印が魔王の肌の上で赤く光った。
「何で石器時代の珍妙奇天烈奇々怪々な服装を現代で行うんですか。世継ぎのペケ子様が姫君で本当によかった」
「あ? 何言ってんだ参謀。ペケ子が魔王継いだらこの服着させるぞ。伝統衣装だからな!」
「姫君にですか? 我が国の品位が疑われますのでやめて下さい。代々続いたお笑い仮装大会は魔王様が末代です」
参謀が、いつもの無表情で告げる。瞳の青い炎が心なしか強く燃えているように見えるのは、断固反対の意思の表れだろう。
シャドウエルフ達の住まう地底国ダグサ。
その王であるミディールの結婚式に招かれた魔王達は、王城であるラダトルム城の豪奢な一室で式典が始まるまでの間待たされていた。
お相手は、魔王連合国が一つであるサザンランド森林国に住まう元ダークエルフの姫、ラウレティアである。
ちなみに今は生後、いや死後2週間のゾンビだ。
今は別室で式典を迎えるために着替えや何やらの準備をしている頃だろう。
そう。
本日はとうとうゾンビと化したラウレティアの結婚式当日である。
婚姻の儀が上手くいかなければ、体に掛けられた呪いにより魔王は今日で最期を迎える。
とはいえ魔界随一の鈍感力を誇り超能天気かつ楽観主義の魔王である。
その雰囲気はまるで親戚の結婚式に遠くから旅行気分でやって来たおっちゃんさながらであった。
「嬢ちゃん! だからかじっちゃダメだって! イスは食い物じゃねえしテーブルは食い物じゃねえしシャンデリアは食い物じゃねえし彫刻は食い物じゃねえ! ここはお菓子の家じゃねえんだ! あー!? ホラ、このケルベロスの置物、嬢ちゃんかじったから頭一つ欠けちゃってるよ! 食うならコレ真ん中残して頭もう一個食っちまいな! 普通の犬の置物だったってことで誤魔化しちまえ!」
黒のローブを纏った骸骨姿の死神は、ビーバーよろしく片っ端から部屋の調度品をかじりまくるペケ子を追っかけまわしていた。
薄いピンクを基調としたお子様ドレスに身を包んだペケ子は、どう考えても動き辛いに違いないだろうに、見事なまでの暴れっぷりである。
鉱物資源が豊かな土地柄である故か、部屋に飾られ置いてある豪奢な調度品の数々には魔界では貴重かつ高価な宝石がふんだんに使われている。
ペケ子がここで食い散らかした調度品の金額だけでも、恐らく魔王国なら館一軒建てられる程の額はあるだろう。死神が焦るのも無理はなかった。
ガチャリと扉が開き、部屋の中に一人の浅黒い肌をしたエルフの男が入ってくる。
赤を基調とし、金糸銀糸がふんだんに使われた豪奢なベルベッドコートに身を包んだ気品あふれるこのエルフは、花嫁であるラウレティアの父親ザンフラバだ。
マント一枚パンツ一丁、筋肉モリモリマッチョマンの変態である魔王とはえらい違いである。
「やあやあ魔王様、お久しぶりですね。全身に呪印が浮かんでおいでですが、それは新手のコーディネートですか? もっとも、そんなものなくとも珍妙奇天烈な格好のようですが」
「いけしゃあしゃあとよく言うなこのクソエルフ」
魔王の全身に呪印を刻んだ張本人の言葉に魔王が額に血管と『バカ』と読める呪印を浮き上がらせながら呻いた。
だが魔王城で娘をゾンビに変えられたザンフラバも負けてはいない。その整った顔に怒りを浮かべ頭一つ以上高い巨漢の魔王に詰め寄った。
「あ? ウチの娘ブチ殺しておいて何言ってんだ?」
どこぞの山賊か何かのように堂に入った恫喝ぶりでザンフラバが魔王の顔を見上げる。
俗にいう、メンチを切るという奴だ。
人間たちの間では一般的に穏やかな種族と言われているエルフとは、とても思えない。
「それよりテメエ、準備の方は大丈夫なんだろうな。もし上手くいかなかったらマジで全財産取り上げて呪い殺して……」
物騒な言葉を次々と吐きつけ凄むザンフラバの背後から、涼やかな声が投げかけられる。
「大丈夫ですわ、お父様。それに、折角の私の晴れ舞台なのですから、そんな怖い顔をなさらないで」
聞き覚えのある、そして何より聞きたかった声にハッとザンフラバが後ろを振り返った。
そこにはこれまで共に暮らし続けていた、見慣れた、そしてなにより見たかった生前と変わらぬ愛娘の姿がそこにあった。
……大幅に更新予定遅れて申し訳ないです。
あと、タイトルが(その6)と一つ数字飛ばしてるのは間違いでは無いです。
その5はまた後日で差し込もうと思いますので。
んでは、今日はもう1話連続で更新!