無声劇
BGMなし、効果音のみを想像しつつ読む事をお勧めいたします。
頬にかかる雨が冷たい。
気が付けば夜の森、それも水溜りまみれの土砂の中にいた。
空を見上げても、月明かり一つない雨天だ。
俺はなぜ、こんな山中にいるんだろう。
朦朧とした頭で考えていると、次第に思い出してきた。
そうだ。
確か俺は、崖から足を、滑らせ、て……。
こんなところで寝てる場合じゃない。
早く帰らなきゃ、さゆりも心配する。
俺は歩き出した。ぶらぶらゆれる左腕が邪魔だったが、痛くないので放っておいた。
木の枝に一羽のカラスが止まっていた。
カラスは夜行性だったろうかと思いつつ、俺は下山を急いだ。
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どれほど歩いたのだろう。随分歩いたつもりだが。
依然、雨は降り続いている。
ああ、早く家に帰らねば。
帰って、さゆりを安心させてやりたい。それに俺も、あいつの笑顔を見たい。
そう思ったら、少し元気が出てきた。
大丈夫、まだ歩ける。
疲れは、全然ない。
ふと視線を感じて、顔を上げた。
木の枝に、またカラスが止まっていた。
薄気味悪いものを感じたが、特に何もしてこないので無視する事にした。
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雨が小雨になってきた。
いかん、急がねば。
なぜか、そう思った。
知らず、俺の足は走り出す。
走れば、きっと間に合う。
――何に?
俺は何に追われているのだろう。
理由すら分からず、本能的に俺は駆けている。
俺はひたすら走り続けた。
走っても走っても疲れないので、また走った。
自分でもちょっと信じられなかったが、少しでも早く帰れるならいいかと思った。
追われるように、俺は一目散に自宅を目指した。
カラスが俺の上を旋回していたが、それどころではない。
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そしてついに、俺は懐かしの我が家の前に辿り着いた。
夜はもうすぐ明け、雨は止もうとしている。
間に合った。
――何に?
そんな事はどうでもいい。
ふと湧き上がった疑問を頭の片隅に押しのけ、俺は自宅のチャイムを鳴らした。
鍵を持ってないのだから仕方ない。
この時間帯は寝ているだろうと思ったが、ガラス越しに電気が点いた。
よかった、さゆりは起きたようだ。
さゆりがドア向こうに来たのが分かる。
いきなり帰ったから、あいつは驚くだろう。
そして安心させてやるんだ。
ただいま、と。
そう思い、俺はようやく帰ってこれたんだなと実感した。
ドアが開き、さゆりが顔を出した。
そしてさゆりは
信じられない物を見たという顔で後ずさった。
さゆりが動いた先には、玄関に立てておいた姿見がある。
そこに俺の全身が映り、それを見て俺も驚愕した。
俺はメチャクチャだった。
表皮はとっくに剥げあちこち骨を覗かせ
頭は潰れ鼻はもげ目は腐り落ち
長距離を走ってきたので足の筋肉もずたずただった。
俺は何か言おうとした。
しかし、言えなかった。
顔の筋肉が動かなかったからだ。
それ以上に、もう指一本動けなかった。
雨はもう、止んでいたのだ。
恐怖に歪んだ表情で、俺を見るさゆり。
やめろ、俺はお前にそんな顔をさせたいんじゃない。
動けぬ俺の上に、カラスが止まった。
そして一声、かあと鳴いた。
俺の体が散っていく。桜吹雪のように散り散りと。
終わったのか。それでいい。
そういえば、カラスは死に惹かれると聞いた事がある。
道理で。
モチーフはシューベルトの「魔王」。タグの魔王とはそういう意味でー。
あちらが歌曲バリバリなので、こちらは無声でチャレンジ。「声」を出すのは鴉のみというデザインでした。
設定としては、男性はふと蘇っちゃったゾンビ、雨が降ってる間だけ動けるとかそんな。
元ネタが歌曲なもんで、色々と抽象的ですね。
ご意見、ご感想などございましたらお待ちしています。