三章(一・七月・三 見世物劇場)
投稿者は自分が分析タイプだと気付きました。最近はSF作品や有名映画について考えています。
より良い出力形態の考察を行っているため、低頻度の投稿となっております。
お勧めの、面白くてマニアックな作品がありましたら、ご一報願います。
我らが魔法学院の成立は古く、年号すら定かではない。私の祖母の話も、数字を数えるのが苦手で参考にならなかった。数十年前の話すら、言葉を濁していた。
まあ、計算方法の異なる二つの暦が入り混じるせいでもある。魔法によって誰もが動かず、というか動く間も無く過ぎ去った一年もあるというのだし。また、あらかじめ前の年を長くして、厄年たる翌年を短縮したなどの伝承もある。こんなのが許されるのは星の揺らぎの元だけだ。
確かなのは、魔法学院の成立時期には、魔法使いたちと古の巨大生物どもの抗争が最も激しかったことだけ。
「ジュリー様は巨大生物の遺骨をご覧になったのですよね?」
「ええ。厳重に封印されており、触れることすらとても無理な状態のあれを、見たと表現するならですけれど。それに、あれはまだ遺骨とは呼べませんわ」
魔法学院は本棟・庭・別棟・森・大図書館・寮など多数の区域を数える領域の総称である。本棟には地下空間があり、別棟はほどほどに高く聳える塔で、(とどこもそんな感じなので、)全てを探索するには骨が折れる。
私が高貴なるジュリー様と向かったのも、その中のほんの一区画にすぎない。“立ち入る際は足元にお気をつけ下さい”。今や外周周りの部屋のみが人間の生存領域であるとされている、それは見世物劇場と呼ばれていた建築物。
「神秘が強すぎない、生命居住可能領域?が外側だけなんですよね?」
「リリー、誰もが確信のない事をこの私に尋ねようというのかしら?」
「い、いえ!ジュリー様は全知とばかり…」
「それは、貴女にとってはそうかもしれないけれど」
少し困り顔のジュリー様が麗しい。というか、私は退くような態度でジュリー様を言い負かしてしまった。これこそ不敬であり、しかしながら私がジュリー様にそれをはたらくことを許された証左であるともいえよう。恐れ多くも誇らしい心地がする。
つまり、ジュリー様はいつだって、私にとって最良のリーダーです。
「私に関して視野狭窄であることは構いませんけれど、この劇場内では周りをよく見なさいな」
小さめの扉が開き、私たちは外周周辺の通路に侵入した。ジュリー様が強力な護りの魔法を多く準備されているので、私は気楽なものだ。
地面には紅い絨毯が敷き詰められ、埃っぽい。時折現れる扉は、怪しい研究室や遊戯室と接続されているようだ。嗅ぐに耐えない腐臭、また白熱した賭博の気配が近づいては遠ざかる。ここを根城にしているのは、学院生でもかなり年上の集団だろう。未だジュリー様を知らない有象無象だ。
「もう少し行けばひらけた場所があって、そこから“危険な”内側に入り込めるんですよね?」
「そう聞きましたわ」
確かにその通りだった。魔道具のランタンが外周の壁に備わっているからこそ、内側の闇にあるものはここからでは覗かれない。内側からならばこちらが見えるだろうというのに、不公平なものだ。
「リリー、覚悟はよろしくて?」
「なんでも来いです!」
ジュリー様は(無警戒なのに態度だけ大きい)私を軽く嘲るように片眉を上げ、それから毅然として闇へと進んだ。なにか隠喩的なものを勝手に感じ取ってしまった私は、ジュリー様を一人にしないよう慌てて後を追った。
闇の中も紅い絨毯の通路には違いなかったが、紅に茶色い染みがこびりつき、(それがかつて誰を流れていたにしろ)今や汚れにすぎない。通路は交差が多くなり、足元にがらくたが堆積するようになった。堆積ばかりで風化していない。がらくたは意匠が時代遅れで、ジュリー様の足元にすらそぐわない。
かなり中心部に近い気がする。空気が重く、進みにくい。先にいっそう暗い場所があった。どうやら舞台装置の物置らしい。私はふと嫌な気配を感じ、ジュリー様から離れて物置を覗いてしまった。
随分古くて大きい人形。
大きな人形が血塗れ、磔にされていた。ちょっと前に隣にいた、私の信仰する姿とよく似た人形が。
それで私は血の気が失せ気を失うくらい叫んだ。




