二章(一年目五月の六)
暴力的な描写が御座いますので、精神安定や満足を得たい方は次々回の投稿まで読了をお待ち願います。
「それでは、私はこれにて失礼いたします。ジュリー様」
「ええ。また明日」
ジュリー様と、目で会話する。例の、森の中の廃墟で見つけた種について、ジュリー様が研究の準備を整えて下さるという話だ。ジュリー様と一緒に研究できる。そう考えただけで、心が落ち着く…どころか、浮き足立って、恐ろしいね!心臓が刺されたかのように痛い。ああ、素敵なお方。
そう、今も私は種を持っている。どの既知の木の実とも一致しない怪しげな代物なので、金属製の箱の中に封じ込めてある。魔法の産物であるという見解で、みな一致している。
しかし、どのような機能が与えられたものなのか、これは面白いほどに意見が分かれた。五大属性たる雷・風・火・水・木のいずれかを伴う植物の種だと私は思ったが、ジュリー様曰く、「希少属性の可能性もありますわ」とのこと。ジュリー様は魔力を伴った気配を読むのに、とても優れていらっしゃる。取り巻きBは成長の早い植物だと発言(つまり木属性?)、Cは黄金の林檎について考えていた。薄く加工された金を巻きつけた林檎なら、体に良いかもしれないけど…。
しかし、今の私は思ったより疲れている。さっさと帰って明日に備えよう。なんだか空き教室にジュリー様の幻覚も見えるし…?あれ?
「ジュリー様?」
しかし、その姿が崩れ落ちたのを見て、私はつい教室に飛び込んでしまった。唐突に遠のく意識。聞こえた声は、ごめんなさいと謝る聞き馴染みのないものだった…
意識は覚醒へと導かれる。
私は、声で現状を解ろうと思う。しかし、体が重い。
「…なさい、でも、……かなかった……すみません…」
目の前の誰かは、私に謝っているようだった。
「ごめんなさいごめんなさい、でもこれはリリー様が悪いんですよ」
私が、悪い?
「リリー様がこんなにも美しいから、私は普通じゃなくなってしまったのです」
はぁ?さっきから一体私は誰に何の話をされているんだ?
「リリー様のそのひややかで美しい目、大抵のものを切って捨てる意識、それが魅力的だったんです」
「…あなたは」
「あ、お目覚めですか!そんな犯罪者に誰何するような…現状はわかりますか?」
何かを打つような音が聞こえた。乾いた音だ。私?私の頰?
「あなたはただの女子生徒に魔法で負けたんですよ!いくら普段から澄ました顔をしていても、弱いものですね」
「幻影と、睡眠。忌々しい」
「流石にお分かりですか。しかし、愛しのジュリー様の姿を模した像、それが揺らがされただけで大した慌てようでしたね!…羨ましい」
ああ、そうか。私につきまとっていたこの女子生徒、眠らせた私を椅子に拘束したのか。覆い被さる体と息が忌々しい。
「リリー様、あなたは上位に立つ知性と品格を兼ね備えているのに、どうしてあの女にかまけるのですか?どうして能力を十全に生かさないのですか?」
「……」
「何か言ってみて下さいよ!私の愛しのリリー様」
再び頰を打たれて、私はようやく完全に意識を取り戻した。この学生、よほど私が怖かったのか、強い睡眠の魔法を使ったな…!そして、ジュリー様を侮辱した以上、ただでは済ませないので、覚悟してほしい。
「そんなんだからこのような事になるのですよ!あなたは力を持つものの責務を果たしていますか?恵まれない学生に手を差し伸べられますか?あの未来の聖女様のように!だからこれから私に痛めつけられ愛されるのですよ!」
「……」
「私は勉強も苦手で、必死で努力して魔法学院に入ったのに、さらに難しい研究があって、それで同級生でもできる人は固まってて…もうどうしようもなかったんです」
「……」
「そんな時、あなたに気づいたんです!リリー様!よく見ると、あなたは追加の課題も簡単に終わらせて、提出は遅いけど滅多に失敗しないし、こちらに向けられないお顔は、陽に隠れているけれど実は美しいし」
気取られていたか。これは私の注意不足。そしてここで聖女が出るか。
「だから、あなたの知識は私のようなものに対して生かされるべきなのです!飼い殺すべき才能ではない」
「いえ、何を言っているの?支離滅裂よ。そして、あなたは狂った愛情を拗らせているだけでしょう、それを勝手な論理で覆っている」
「私の洞察はまちがいですか?」
「それに、私は大した魔力を持っていないの」
そう言って、私は身をよじり、例の種の入った箱をポケットから出す。自然落下するはずだった箱は、風を得て彼女の口へと飛ぶ。さらに、風で彼女自身も軽く吹き飛ばす。忌まわしくも私の頰に触れていた彼女を。
そう、私の体は、ジュリー様が“ある存在”に至った暁には、供物として捧げられる予定なのだ。彼女を冒涜するような相手には、触れさせてはならない。今やったことは、隠し持っていた予備の杖に覚えさせた、最低限の魔法を放っただけ。しかし、私の運が良かったのか、咽せる彼女をぼやけた視界で見る限り、種の箱は彼女の口へと入ったらしい。咳が聞こえる。
拘束の縄を切り立ち上がる私の耳に、カチリと音が響いた。
「ゴホッ…ゲホ、うっ、うう…」
カランカランと、吐き出された金属の箱が地面に転がる。それは開いていた。ん?開く?種は?
私は視線を再び目の前の学生に向ける。その姿は、心なしか歪んで見える。
「あなた、」
ああ、全く忌々しい。
「種を飲み込んだの?」
そして変貌が、始まった。




