7.剣士の先生
翌日。いつも通りギルドの仕事募集掲示板を見る。
ネタの紙「☆剣士の先生募集」はまだ貼られている。
面白いから貼ったままなのだろうか。
聖女の警護があるが、募集はDランクからだ。
こうなったら遠出して、少しでもランクあげとかないとな。
受付嬢と目が合う。
気があるのかな?とはさすがに思わない。話があるのかと声をかけてみた。
「リュウさんって剣士でしたよね?」
「一応な」
「では少しお話を聞いていただけませんか?」
仕事は受けていないので了承する。応接室にとおされた。
ギルド長がいた。
「もう知ってると思うが私はギルド長だ。君はEランク剣士のリュウ君だね?」
「はいそうです」
「ギルドにいるからにはギルド緊急依頼を引き受ける義務はあることを知ってるかね?」
確か高いレベルになると断れないギルドの仕事があるって聞いたことがある。
集団暴走とか、ギルド自体がヤバイ場合とか。
「実は剣士の先生を募集してる貴族があってね。君に仕事を引き受けてもらいたいのだ」
「え?俺はまだ、まともに剣使えませんよ?むしろ教えてほしい」
「剣士の職業があれば誰でもいいそうだ」
「意味が分かりませんが?」
ギルド長は一枚の紙を差し出した。
あのお笑いの元「☆剣士の先生募集」だ。
★★★★★
☆剣士の先生募集
・薄給である 一か月1銀貨
・絶対に怪我をさせないこと
・剣をあきらめさせる方向でもいい
★★★★★
「誰がいたずらしたんですかねー」とちょっと笑いそうになる。
「それが本気らしいのだ。相手は『剣士の職業があれば誰でもいい』といったのだ」
「普通に断ってくださいよ」
「何度断ってもしつこく来るので仕事にならんのだ」
「あーそういうことか」
「そういうことなんだ。だから体裁だけ整えてほしいんだ」
「でも給料は無理だし、怪我だってさせちゃいますよね」
「ひたすら走らせるとか、基礎の準備運動をみっちりやらせればいい。
給料はこちらで3金貨上乗せしよう。一ヶ月引き受けてくれないか?」
「大盤振る舞いですね。でも俺は早くDランクになりたい」
「ならばこれを引き受けてくれるなら特別Dにしよう」
これはなかなか好条件だ。
それだけ疲弊してるんだろうな。
一ヶ月もあれば実力のなさもばれるし、首になっても派遣した実績は残る。
剣をあきらめる方向だけは出来そうな気もするな。
俺は了承して引き受ける。
ロクナシ男爵家の子供か。騎士にするつもりがないのだろうか?
男爵の子なら騎士爵を狙いそうだけどな。
◇
翌日。
綺麗な服がないので、普段着のシワを伸ばしただけの格好でロクナシ男爵の家を訪れる。
旧診療所と呼べそうな西洋風ではあるが懐かしい感じの建物だ。珍しいな。
敷地はそれなりに広いみたいだが草がぼうぼうだ。
メイドが出てくると思ったが、家からできてきたのはあの猿ガキだった。
「あれ?ケチなおっさんか。なんか用?」
「友達の家なのか?この家のご主人に用があって来た」
「ふ-ん。ちょっと待ってて呼んでくる」
そしてびっくりしたことにアレンはロクナシ男爵の子供だった。
ヤバイな。
仮にも勇者に剣をあきらめさせるのはヤバイんじゃないかとこっそり思う。
「あら?お客さんなの?」綺麗な夫人が出てきた。
女性に対して痩せすぎとか言ってはいけない。いちおう綺麗と表現しておこう。
「はじめまして。ギルドから紹介された剣士リュウと申します」
「やっときたのね。アレン、ほらご挨拶なさい」
「えぇー。おっさんが先生なのかよ。しょうがないな」
ほんとムカつく猿ガキだ。
「言葉遣いもひどいようですね」
「その辺も一緒にお願いしますわ。
とにかくやんちゃで。敷地から出ないように鍛えてほしいんですの。
それ以外は自慢の息子で〇×△◇□・・・〇×△◇□(自慢)」
「一つお願いが。俺、いや私も暇ではないので一ヶ月契約でお願いします」
「しかたありませんね。ではとりあえず一ヶ月」
契約書は3枚綴りで上から書くと写しができるようになっている。
念のため下の紙も確認する。
特に不正はないようだ。
銀貨一枚じゃ不正のしようがないか。
サインをして男爵家、俺、ギルドでそれぞれ保管する。
夫人が「平民なのに文字が読めるのね」と驚いていた。
この国は簡単な文字なら読める人が多いが、契約書なんて見たことない人も多いらしい。
俺は称号どおりの『勇者を守るもの』というお守りをすることになった。
◇
貴族の常識なんてしらね。
だが猿を人間にすることならできるかもしれない。
アレンは俺が知ってる小学生より明らかに小さい。
本当に10歳なのか?どう見ても低学年の子供だ。
とりあえず学校の給食を基本にしてみるか。
基本といえば『牛乳』だ。
お値段はお高めだが「ミルクを朝食かならず飲むこと」を徹底する。
あとは『外で遊ぶ元気な子』を地でやってもらうか。
まずアレンに「基礎体力が出来てないと剣を持っても無意味だ」と教え、ひたすら走らせた。
腕立て伏せや腹筋など次から次へとやらせるが涼しい顔をしてる。
どんだけ体力あるんだよ。
そして「まだ剣持てないのか」としつこい。
あの母親のしつこさはこいつが原因なんだろうな。
「おい、おっさんまだ剣教えてくれないのか?」
「おれはおっさんじゃない。言葉がないってないから100周敷地を走ってこい」
真面目にやるようだ。
「おい、剣はまだか?」
「まだ言葉遣いがおかしい。指立伏せ1000回」
「ちくしょう」
「追加もほしかったか。そのあとうさぎ跳びで100周敷地を回ってこい」
言葉遣いを正すだけでまさか一週間もかかるとは思わなかったぜ。
これだけ動くと腹が減るらしく常に「腹減った」と言っている。
なのでビスケットを持っていき、「片足飛び1000回やれば、あげよう」というと飛びついてくる。
エサ欲しさに芸をする猿だな。
おやつはビタミン豊富な果物をたくさん用意する。
動物園の飼育員のような気分になるな。
そして最後はギルドで教わった基本の木刀の持ち方を教えて、素振りをさせる。
回数をいうとすぐ終わるので、毎日やっただけ上達すると教えておく。
アレンはバカ真面目だからきっと一日中やるだろう。
こうして俺の一ヶ月は終わった。
アレンはその間ずっと敷地にいたので、母親からは感謝の目を向けられるようになる。
そしてFランクの人たちからは恨まれるようになった。
このタイミングを狙ってアレンの母親からサインをもらう。
交渉には何事も相手が話を聞く状態になっているのが大事だ。
「先生おつかれさまでしたわ。すっかりあの子もおとなしくなって」
「まったくです。まさか育児放棄されていたとは可哀そうに」
「え?」
「アレンの本当の保護者はいないのでしょうか?」
「先生?わたくしが母親ですが?」
「ああ、演技はもういいですよ。あなたのような美しい方がアレンをあんなふうに育てるわけがない」
俺はわざとらしく続ける。
「いつもお腹を空かして浮浪児のように街をうろつかせる保護者に文句を言いたいんですよ」
「ふ、浮浪児・・・」
「悪いこともどんどん覚えるお年頃です。先日は『たかり』を覚えてました。すぐに強奪することを覚えるでしょうね」
「うちの子に限って・・・」
「朝から晩まで外に放りっぱなし。常にお腹空かせてるんです。いいことや悪いことの判断も曖昧。
悪い友人もこれからどんどんできるでしょうね」
「ひっ。ど、どうしたら」
「そこの執事さんにお聞きしてみては?」
困り顔の執事さんも「僭越ながらお手伝いいたします」と言い出す。
アレン母は顔を伏せて考え込んでしまう。
俺の役目はここまでだろうな。
この母親はアレンの事が嫌いじゃないはずだ。
きっと気が付いてくれる。
おれはそっと席を立った。
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