05 次代の勇者候補ミランダ・ジーナス
「冗談だろ……?」
「正気じゃねえ……」
王国南西部に帝国との国境線をまたぐ形で広がる大森林。その奥地にて身の丈を優に超える巨大な蜘蛛を見据えては、身を震わせる冒険者たち。
相手は勇者パーティーを全滅させた強大な魔物ということもあり、その一団を構成するのは経験と実績の伴う、冒険者の中でも選りすぐりの実力者ばかりだ。
しかし今その者たちの目に浮かんでいるのは、それまでのどこか楽観的な余裕ではなく、体の奥底からくる逃げ出したいという本能的な不安だけだった。
「にっ、二体なんて聞いてねえよ!」
「おい! 声がでかいんだよ! こっちに気づかれたらどうする!」
「お前も声がでかいんだよ!」
想定を超す現実に次々と不満を吐き出す冒険者たち――。
些細な食い違いで済ませるには即命にかかわる状況であればこそ、その小さな諍いですら命懸けだ。
「くだらないな。お前らが手を出さないというのなら、私たちで始末するだけ。そこで次の勇者パーティー誕生の瞬間を指をくわえて見ているといいさ」
臆した冒険者たちに発破をかけるように、まるで躊躇なく進み出るのは、完全武装したミランダ・ジーナス率いる一行。
その顔に浮かぶのはどこまでも自身の実力を信じて疑わない――そんな傍から見れば狂人とも見て取れるような不敵な笑みだ。
「お、おいっ、よせッ! 依頼内容に齟齬がある以上、今回ばかりは一度引き返して検討しなおした方がいい!」
「悠長な奴らだな。言ったろ。そこで見てな」
「ふざけるなよ! 死にたがりは結構だが、今回の討伐はあくまでもパーティーそれぞれの役割分担あってこそだ! 独断専行は許されない!」
「それで? お前の言う検討とやらの間に出る被害は、一体誰がどう責任を取るんだ? お前か? それともお前のお仲間か? それともお前のギルドのマスターか? 私たちはお前らのメンツや命のために戦ってるんじゃない。勘違いするなよ?」
「くそったれめ! 集団行動ってのはお前らを中心に回ってるんじゃないんだぞ! 俺たちは降りさせてもらう! 命が何個あっても足りそうにないからな!」
「勝手にしろ。ただお前らような腰抜けを相手が逃がしてくれるとは限らないがな」
「くそったれめッ!」
二体の巨大な蜘蛛の足元――。
ミランダ・ジーナスの見据える視線の先に現れたのは――体長三十センチほどの無限にも思える数にまで膨れ上がった――小さな蜘蛛の集団だった。