02 古巣の声
森の現状を聞かされてから早三日。
そろそろと思いながらも、誰も捕まらないままのんのんと過ぎていく毎日。
思い付きでその日の内にギルドホールの掲示板へと張り出したお手製の依頼書も、今のところお客さんとの世間話ていどにしか役に立っていない。
「ナ」
「うん?」
聞き覚えのある声に背後へと振り向くと、ちょうど潜水服ウサ耳姿のネクロマンサーさんがギルドホールの裏口から入ってきたところだった。
「れ」
「うん?」
手っ取り早くと肩に担いでいた大きな袋を床に下ろしては、その口を開くネクロマンサーさん。
中から顔をのぞかせるのはハチミツの瓶詰に、他にも色々と見覚えのある――ギルドホールの棚にずらりと並ぶ商品の数々だった。
「なるほど。アーノルドさんの代わりってことでいいのかな?」
「ん」
言うが早いか足早に帰ろうとするネクロマンサーさん。
「あ、ちょっとだけいい?」
「に」
こちらの言葉にその場で足を止めては、顔だけで振り向くネクロマンサーさん。
「依頼があるんだけど。森のハチ退治」
そして依頼という言葉に、二人してギルドホールの掲示板へと目を向ける。
「ら」
「ええと、条件つき、なら?」
「トフツトミツミトツ、トフツトトツトミツツトツトトミトミト」
それまでの片言のような言葉遣いをやめ、一転して流暢な語り口で告げるネクロマンサーさん。
その単調な音の並びと組み合わせからなる文体、言語形態は、王国では聞きなれない――逆に冒険者であれば知っていてもおかしくはない――北方の言語だった。
「あぁ、なるほど。後処理なら、ね。うん。その時はお願いするよ。ありがとう」
「ん」
現れたときと同様に、無音で扉の向こうへと消えていくネクロマンサーさん。
その後ろ姿を見送っては、仕方ないかと決意するのとほぼ同時。閉じた扉がまた音もなく開かれては、ネクロマンサーさんと共にそのギルドメンバーは現れた。
「ハハッ」
どうやら店を閉める必要はなさそうだ。
♦
ハチ騒動から数日。
出かけたその日の内にことを済ませて帰ってきたミスター・マウスさんは、甲高い笑い声を残して、またすぐにどこかへと行ってしまった。
そして遅れて帰ってきたネクロマンサーさんの手によって、ハチの佃煮という新商品がギルドホールの棚に並べられたのが、その翌日のこと。
試しに自身でも食べてみたのだが、これが中々に美味しかった。
たった数日のことでしかないが、お客さんからも安くて美味しいと評判で、その内の一人から聞いた話では、王都でちょっとしたブームになりつつあるらしい。
ただハチミツ・佃煮・グッズ販売店としてはそれなりに繁盛しながらも――何も張り出されていない掲示板を見れば分かる通り――ギルドの花形である依頼については相変わらずの状態だ。
それも考えようによっては、マスコットの手を借りる必要のない平和な世界ということなのかもしれない
ハチ騒動はそういう意味でもギルドの在り方と、マスターとしてのメンバーとの向き合い方を再確認するいい機会だった。
というのもあれからしばらくの間、メンバーの行動把握に奔走することになったのだが……そこには問題は愚か。
いちマスコットとして見習うべき、メンバーの真摯な姿や姿勢があるだけだった。
例えば犬頭のおまわりさんは日々王都の警備と治安維持に尽力し、王都の内側だけに留まらず、外から王都へとやってくる人々からもその信頼を集めている。
全身ネズミのミスター・マウスさん、ミス・マウスさんコンビもまた、日々街頭で多彩な芸を披露しては幅広い年代から――特に子供たちから人気を集めている。
馬頭のサラブレッドさんは王都の外で作物の栽培をしていて、そのこだわり具合からたくさんとはいかないが、収穫したらその内に持っていくと汗を流していた。
そして熊頭のアーノルドさんはといえば、王都の外にあるネクロマンサーさんの加工場にこもりっきりで、日々次なる新商品の開発に明け暮れている。
最後に猫耳メイドのニーナさんだが、ギルドホールの裏庭に小さな作業場を作っては――趣味というにはいささかクオリティの高すぎる――メンバーのグッズを次々と生み出している。
マスターとしては負けていられない。
そんな思いもあるが、同時に店番をすることでメンバーの自主性が保たれるというのであれば、それもまた一つのギルドに対する貢献の仕方なのかもしれない。
「クロナ! 元勇者パーティーのクロナさんはいるか!」
――昼のピークも過ぎたところで、がらんとしたギルドホールに響く男の声。
入口へと目を向ければ、額に大粒の汗を浮かべて肩で息をする、かつての"同僚"がそこにはいた。
「ゆっ、勇者パーティーが……全滅した……!」