2 舞台
ぐるっと高い山に囲まれたこの町は、日没になると山々が迫ってくるような暗闇に早く包まれる。日が昇っても朝が来るのが遅い。夜の長い町のおかげで、夜の店が繁盛している。
まだ夕方なのに墨のような暗い道を歩きアンドレイは劇場にやってきた。小さい劇場はこの町を通りがかる芸能集団の宿泊場でもある。チケットを入り口で見せると、もぎりの中年の男がにやっと笑んだ。まるで娼館にでもきたような感覚を受ける。
「もう少し都会に引っ越すか……」
会場の中も女性はいない。下卑た男が多くバレエを鑑賞に来たというよりも、バレリーナの身体を見に来たという雰囲気だった。
空っぽだった明るい舞台に、音楽とともに10数名のバレリーナたちがふわりと舞い降りるように整列する。有名な白鳥の物語だ。小さなバレエ団のようなのに彼女たちは洗練され訓練された動きを見せる。群舞は一糸乱れず白鳥の羽ばたきを表している。
「これはなかなか」
アンドレイは今まで観た中でも最高の出来栄えだと感心した。女の裸踊りを見に来たように勘違いしてやってきていた男たちも、この完成度の高いバレエに見入り始めていた。その様子を感じ取ったアンドレイはこれでこの町でもバレエの地位が上がるだろうと感想を持った。
群舞の中にエレーナを見つけた。彼女はバレリーナの中でも特に華奢で透明感があった。プリマだろう中央の女性や他のバレリーナと比べて存在感が全く感じられず、まるで溶けていきそうな雰囲気だ。個性がなくなり本当に一匹の白鳥のような溶け込み方に、アンドレイは逆に目を引かれた。彼女の踊りを見ているとアンドレイ自身も透明になって白鳥の一部になったような気になる。
バレエを初めてみる男たちは、王子役のバレーダンサーの登場に驚きを隠せない。鍛えら均整のとれた美しい肉体を持つ美男のダンサーは軽々とプリマを持ち上げ、ロマンチックなパ・ド・ドゥを見せる。
後ろの席で「こりゃあうちのかあちゃんには見せられんなあ」と男がつぶやいている。3日しか公演がなく今日初日だが、明日にはこの美男のバレエダンサーの話が町を駆け巡り、最終日には観客の男女比率が逆転するだろうとアンドレイはこっそり笑った。
真面目な芸術であるとわかった男の中には途中で席を立つものもあったが、感心したり、胸に響くものがあった男たちは最後まで鑑賞し、立ち上がって拍手していた。舞台に立つバレリーナたちも紅潮した誇り高い笑顔を見せ幕が下りる。エレーナだけは白い顔で透明感のある表情だった。