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14 娘

 どこの町も同じように活気がなく、うろうろ歩いているのは老人ばかりだ。若者は新皇帝の悪政から出来るだけ遠くに離れるべくこの国の西へと移動していた。地方に行けば多少の融通は利くだろうと、移動できるものは移動する。おかげで皇帝の都周辺の町に老人だけが取り残されるという事態が起きている。


「これじゃエレーナもいないかもしれないな」


 三角屋根のしっかりした木造住宅はとてもカラフルで灰色の街を彩っている。色彩豊かな家々を見回りながら町を歩く。アンドレイは椅子に腰かけている老人に尋ねてみることにした。


「この町にエレーナという名のバレリーナが住んでいないだろうか」

「エレーナ? 名前は知らないが若い娘がまだ残っておったな。バレリーナかどうか知らんが、その通りの奥におるよ」

「ありがとう」


 町に唯一残っている若い娘がエレーナでなければ、アンドレイは北国を去る予定にした。


「この家か」


 他の家より小さめだが色彩は豊かでモザイクのガラス細工を思わせる。ノックをするとギイッときしんだ音がして少しだけ扉が開く。


「どなた?」


 小さくて幼い声に「こちらにはエレーナさんいますか?」と尋ねる。


「あなたのお名前は?」


 アンドレイが名前を告げると、一度扉が閉まりしばらくすると今度は大きく開いた。目の前には幼い少女がにっこりと笑んでスカートのすそをつまんでお辞儀する。


「どうぞ」

「ありがとう」


 少女に案内されて、アンドレイはついて歩く。明るい台所を抜け、小さな部屋にはいるとベッドに人が横たわっている。分厚いカーテンで部屋の中は薄暗い。


「ママ! 連れてきたわよ」


 少女は介助して起き上がらせる。


「エレーナ……」


 起き上がった女性はやせ細り、目もくぼんで顔色が悪くなっているがエレーナだった。


「お久しぶり」


 エレーナは荒い息をしながら、恥ずかしそうに艶のなくなった髪を撫でつけ「恥ずかしいわ」と目を伏せた。


「君の娘かい?」

「そうよ。シャルロッタっていうの。今4歳よ」

「とてもいいお嬢さんだね」


 エレーナは目を細めてシャルロッタに目をやる。シャルロッタの褒められ誇らしそうだ。


「アンドレイ本当によく来てくれたわ。あの、お願いがあるの」

「なんだい」


 エレーナはシャルロッタに「少しお話があるからお隣のダーシャおばさんのところに居てくれる?」と優しく頭を撫でた。


「うん!」


 シャルロッタは腰掛けていたベッドから飛び降りて、アンドレイににっこり笑んで部屋から出ていった。


「君に似て素直だね」

「ありがとう。あ、なにか飲み物でも」


 身体をもっと起こそうとするエレーナを、アンドレイはそっと横たわらせる。


「喉は渇いていないし、君はちゃんと寝ていなさい」

「もう、あたしはダメだわ」


 エレーナの様子を見ると、そんなことはないと言える状態ではない。アンドレイは黙ってエレーナの話を聞いた。


「あなたと別れてしばらくしてこの国に戻ってきたときバレエ団は解散したの」


 バレエ団としての各国への隠密活動は終わったらしく、バレエダンサーたちはそれぞれ各国の要人の接待をする役割を担った。つまりバレリーナたちは高級娼婦に、もちろん男性のダンサーたちも貴婦人たちに買われた。アンドレイが顔を曇らせるとエレーナは笑顔で「みんな優しくしてくれたから」と逆に慰めるように話す。


「そういうときに、あなたのことを思い出していたし辛くなかった。そのうちシャルロッタを身ごもって、ニコライが引退していいって言ってくれて」


 団長だったニコライは、妊娠したエレーナに退職金とこの家を与えた。


「だけど、残念だわ。今度の王様もいい王様じゃなかったみたい」

「そのようだ」


 必死で新時代を興すべく暗躍したニコライはこの状況をどう判断しているのか。今はもう確かめる術はなかった。


「お願い。シャルロッタをこの国から出してほしいの。この国では生きていけないわ。あたしももう西へ移動する力もない……」

「亡命か……」

「出るだけでいいの。西国でも東国でも。そのまま修道院に預けてほしいの」


 エレーナは孤児になった時にニコライに拾われていなければ餓死しただろう。今は当時よりもひどい時代になっているとエレーナは訴える。


「あの子の髪を見た?」

「ああ、君と違ってブラウンだね」

「そうなの」


 シャルロッタは明るいブラウンの髪をもちゆるくウェーブしている。瞳の色もエレーナと違ってグレーだった。


「あの容姿ならこの国から出られるわ」


 北国に混血児が全くいないわけではない。ただ他民族との間に子を成しても圧倒的に金髪碧眼になる。この国は何千年もの間、同一民族で成り立ってきていたので、少々の他民族の遺伝などは凌駕し淘汰した。逆も然りで、東国、西国、南国にも金髪碧眼の人間はいない。容姿だけで北国出身とすぐわかるのだ。

 食料も、エレーナの命ももうわずかなのは分かった。


「いいよ。連れていこう」

「ありがとう、ありがとう」


 エレーナは涙を流しながら何度も礼を言う。シャルロッタが帰ってきたら、荷造りをすることにした。

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