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12 変化

 エレーナと別れて数年たつと、街や人に多少の変化が起こる。懇意にしている食料品店のポールは父親が死に店を継ぎ、結婚して子供が生まれた。最近は恰幅が良くなってきて、父親に似てきた。


「アンドレイさんはいつまでも若々しいですね」

「そう?」

「ええ。初めて会ったことからちっとも変わらない。羨ましいですよ」

「いつも見てるから変わらないだけさ」


 そうアンドレイは答えつつも、そろそろこの町を去る時期が来たと思った。アンドレイは老いることがないが、ほかの人間は違う。変化しないことに気付かれぬ前に出ていくのだ。


「次はどこに向かおうか。そうだ……」


 引き出しにしまい込んでいたエレーナのメモ書きをとりだす。少女のようなエレーナは大人びただろうか。あれから数年たったのでもう彼女は成熟して、誰かと家庭を築いているかもしれない。特に彼女に会いたいというわけではないが、しばらく北のほうは訪れていなかったので、そちらのほうへ向かうことにした。家具も調度品もほとんどないので、引っ越しは身軽だった。美術品を金に換え、旅行鞄一つでどこにでも行けるのだ。


 他所に移るというアンドレイにポールはとても寂しがった。


「ここより品ぞろえの良い店はそうそうないだろうね」

「そう言ってもらえたら、店をやってる価値があるってものです」


 去っていくアンドレイの後姿を長く見たいと、店から出て小さくなるまで見守った。黒いコートの後姿は、気高く、重厚で歴史を感じさせる。ポールは若いころに妄想した吸血鬼を思い出した。


「今、もし家族が居なかったら……」


 身軽な立場であれば、結婚する前であれば、アンドレイに連れて行ってほしいと懇願しただろうか。彼の長く白く滑らかな指先が、ポールの首筋を撫でてくれるだろうか。いやいやとポールは首を振る。


「彼のおかげで夢を見ていた気がするな」


 目が覚めたようにポールは現実に目を向け、店に帰っていった。彼はもう妄想に耽ることなく生活していくのだった。


 鞄一つ持ち駅に向かう。北国行きの切符を求めると、そこまで乗れないと言われた。


「この列車は北国の中央まで走っていなかったかい?」

「それがねえ……」


 初老の駅員は周囲にあまり聞こえないようにアンドレイに事情を話す。


「いきなり昨日、北国で暴動かなにか起こったらしいんだ。それで一応国内線だけになってるのさ」

「暴動?」

「詳しいことはまだあまり情報が入ってないんだが。だけどあんまり北国に近づかないほうがいいと思うよ」

「ありがとう。では行けるところまでの乗車券を」

「そうかい。気を付けてな」


 良くない話を聞いたせいで、より北国に行こうとアンドレイは決心する。エレーナと会えるかどうかわからないが、彼女の無事を確認したら適当にどこかで暮らそうと列車に乗り込む。


 北に向かう列車にはあまり人は乗っていなかった。暴動の噂が北へ向かう人を少なくしているのか、それとも元々北に向かう人は少ないのか。まだ肌寒い初春では南に向かう人のほうが多いかもしれないと、人々の着ぶくれした姿を一瞥した。


 半日近く列車に揺られ、まだらに眠りながらアンドレイは時代の変化を感じる。西から北の国へ移動するのに随分と短時間で済む。窓から見える景色もあっという間に変わる。乗り込んだ時は咲きかけている花が多く見えたが、今は季節が逆行したようにくすんだ木々が見える。ところどころ雪も残っているようで、トーンダウンした色彩だ。


 あと5駅先にエレーナがいるかもしれない町に着いたろうが、列車は停まり数人の人たちと列車から降りた。


「さて。ここからどうするかな」


 とりあえず宿屋に泊り――アンドレイは今から活動期に入るが――夜明けを待つことにする。北に向かう馬車でもあればそれに乗るし、最悪、歩けばよい。永遠の時を持つアンドレイは急ぐ必要がないが、エレーナのことを思うと少し急ぐつもりだった。

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