ブラック企業の仕事の合間に元文学少女の上司が語る『大魔王を倒した後で聖女から授けられた必殺技が超絶恥ずかしいので使わないと決めたが結局はもう遅かった』勇者の伝説
なろうラジオ大賞2応募作品。千文字短編です。
「ご立派でした、勇者様」
主が塵となり消え失せた玉座の前で、聖女が微笑んだ。
「今こそ聖魔法の必殺技を授けましょう」
「それ、大魔王倒す前が良かったな」
「いいえ。『純白の光線』 を使えるのは、真に強く正しき者のみですから」
俺の身体を温かな光が包み込む。
「さぁ、試してみて」
「……? 何も起こらないが」
「あの。光線は、手からではなく…… 鼻から、出るのです」
瞬間、俺の脳裏に甦ったのは小学生の頃の記憶…… 給食の時間に友人の冗談につい笑ってしまった後の、鼻の奥から白いアレが出る痛みと情けなさと、周囲の視線だった。
「試しなど必要無い…… 力は、みだりに使うものではない」
「勇者様」
聖女が瞳を潤ませる。彼女の手前カッコつけたが、その実、もう絶対使わねー、と心に決めていた。
たとえ、この技が死霊殲滅の最終奥義かつ、最高の治癒魔法であろうとも!
「では、帰ろう」
「はい。そして……」
ぽっと頬を染める聖女。かわいい。
「…… 本当に、俺なんかでいいの?」
「もちろんです」
ここに至るまでの長い旅で俺たちは親しくなった。
大魔王を討伐した今、俺たちは輝かしい未来…… 凱旋、そして申し分ないパートナーとの結婚を夢見て帰路につく。
だが、世の中はまだ平和ではなかった。
「うわぁッ! なんだコイツら!」
「助けて、誰か助けて……」
途中立ち寄った村が、死霊の大群に襲われたのだ。
俺たちは懸命に闘ったが、死霊はキリ無く現れる。
大魔王戦の方がラクだったほど、村人を庇っての闘いは難しい…… また1人、守りきれなかった。
仕方ない。
俺は覚悟を決めた。
必殺技を、使うしかない。
絶対使わないと決めた技だったが…… 村人も恋人も見ているが。
アレ見たらきっと皆 『アイツ …… だぜ』 とかコソコソ噂しあって俺から離れてくんだろう。小学生の時みたいに。
だが、どちらにしても1人になるのなら…… 人を助けられる未来の方がマシだ。
「純白の光線照射!」
精一杯叫ぶ俺の鼻から、哀しくも懐かしい匂いの白い光線が、迸った。
生命の光線は死霊を溶かし、毒された村人を癒していく……。
「くっ……」
強力な技は消耗も早い。だが村を救うまでは、まだ……
俺は渾身の力で、鼻から光線を出し続けた。
かくして村は平和になったが、そこに勇者の姿はなく、代わりに、心休まる匂いの白き水湧き出る泉ができていた。
聖女の行方もまた杳として知れぬが、一説によれば、泉の傍に咲く白い花 (ほら、そこのそれだ) になった、という……。