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「結局、あのキョンシーもマグウェイの行方に心当たりはなし、か」
アールとモニカは一度屋敷に戻っていた。早朝からキトノスの街を歩き回ったので、これまでの疲れを取ることと情報を整理することが目的だ。
マントを脱いだふたりはすっかりくつろいで、お茶と菓子とで一服している。それでも、事件について思考を巡らせることは止めない。
「しかし、収穫がないわけではありません。爆破に巻き込まれても死なないとわかっているなら、マグウェイが意図的に爆発を起こしたとも考えられます」
アールの言う通りなら、確かに辻褄の合うことが多い。
吹き飛ばされた店内からは火薬の痕跡が見つかっている。魔族でないと扱いの難しい魔界のそれを、何者かを殺すため自ら着火したのかもしれない。スケルトンは魔力を持つ魔族であり、まして爆風をもろともしない不死の身なら、相手を油断させて自爆に巻き込むことも充分に可能だ。
マグウェイが現在表に出てこない理由も、アールの説の中で説明がつく。本来、事故で爆発が起こり、死や大怪我を免れたなら、何食わぬ顔で保安隊の前に出て来ればいい。それをしなかったのは、自らがスケルトンであると知られないようにするためだ。仮にヴァンパイアだとしたら、いくらアンデッドといえど、爆風に呑まれて無事でいられる状況には違和感がある。万が一スケルトンであると知れてしまえば、自爆の可能性に気がつかれかねない。
ここまではモニカも納得しているのだが、もう一歩腑に落ちない。
「マグウェイの目的は何だったのだろう? 生きる糧である店をダメにしてまで、何を遂行したかったのか見えてこない。誰かを殺そうとしたのだろうか? その後は浮浪者になるだけなのに」
素直に口にした疑問に対し、アールは肩を竦めた。
「モニカ様、それは勉強不足というものですね」
唐突に家庭教師らしく指摘されたものだから、モニカは気に入らない。言い返してやろうとしたところ、開けていた窓からばさばさと鳩が三羽、連れだって闖入してきた。
「はあ、ようやく見つけたよ。屋敷に戻っていたとはね」
保安隊長が使役する白鳩だ。三羽もまとめてやってきたのは、三羽がそれぞれ保安隊長の視覚、聴覚、言語を代理しているからだ。わざわざ三羽も必要な理由は、保安隊長の魔力の衰えゆえに他ならない。
リラックスしていたアールとモニカは、突然やってきた鳩に畏まって背筋を伸ばした。そういえば、早朝こそともに行動していたものの、昼前からは別行動していたのだった。何も知らせずに屋敷に戻ってしまったが、その間彼は遺体の鑑定の様子を聞きに行ってくれていたはずだ。
ふたりが平謝りすると、「使い魔は疲れはせんよ」と保安隊長は笑い飛ばした。そんなことよりも早く本題に入りたかったらしく、声色を変えて切り出した。
「現場の遺体は三体、すべて身元がわかった。ひとりは裏社会の人間界の男、そして若い魔族の夫婦だった。三者に関係はない。仮に爆破が殺人目的だったとしたら、爆心地に近いほうが殺されるべき相手だったと想像がつく。それが第一の男、クラウス・アルトマンだ」
鳩はわざわざ語らなかったが、落命した者の中にマグウェイの名は挙げられなかった。ヴァンパイアはおろか、スケルトンの死も伝えられていない。死者の身元がわかってもなお、店主は見つからなかったのだ。
保安隊長は続ける。
「アルトマンという男だが、調べたところ魔族を食い物にしていたらしい。魔界からの脱出を助け、人間界での生活を支援する代わりにカネを得る斡旋業でね。奴の自宅や根城を調べたところ、顧客リストも見つかった。対象は主にアンデッド、マグウェイにヴァンパイア料理店を開かせたのも奴だ」
つらつらと語られる情報量にモニカは一瞬戸惑ってしまうが、すぐに合点した。
人間界に、魔族の亡命を助太刀する見返りと称して暴利を貪る業者がいることは知っている。アルトマンの場合、商売相手をアンデッドに絞る工夫をしていた。アンデッドは魔界では貨幣経済から除外されているから、本来であれば斡旋業者に依頼しても払えるカネがない。ところが、アルトマンはあえて無償もしくは少額で亡命させ、別の方法で利益を得る仕組みを考案していたのだ。
すなわち、亡命後に人間界でヴァンパイア料理店を開業させるのだ。
考えてみれば、亡命アンデッドたちがヴァンパイアの姿で店を開く典型的な型があるとしても、開店資金はどこから捻出できるというのか。借金をしているとしか考えられない。
ヴァンパイア料理店の食材は、魔界からの輸入に頼るため資金も手間もかかるものの、それだけ利益を上乗せできる。しかも、人間界では余剰になりがちな魔獣の血液は、人間界や魔界のヴァンパイアたちに売れるから、血液の売買からも利ザヤを得られる。こうした売り上げから一定の割合を徴収すれば、亡命や開店のために貸した資金を回収するまでにそう時間はかからない。
「アルトマンの顧客リストと帳簿を突き合わせたところ、マグウェイの借金は返済間近だった。契約上、アルトマンは一生マグウェイの上前を撥ねるはずだったから、おそらくそのことで揉めたのだろう」
アールも保安隊長の見解に首肯して同意を示した。
一方モニカは、もしかして、と思いつくことがあった。
「その顧客リストに、『魔界珍味』のキョンシーもいるのではないか?」