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 遺体の鑑定に動きがなかったか確認するため、保安隊長の鳩はアールの肩から飛び去っていった。

 モニカとふたりになったアールは、現場から少し離れた盛り場へと移動していた。

「どこに行くんだ?」

「モニカ様の気づきを裏付ける場所に心当たりがあります。上手くいけば、爆破された店の主人の行方もわかるでしょう」

「店の主人? とっくに死んでいるだろう? いくら不死のヴァンパイアといっても、粉々に爆破されたら生きてはいられまい」

 魔界を知らないモニカの指摘だが、おおむね正しかった。アールとて、あの爆発を吸血鬼が食らっていたら即死するだろうと思っていた。急所である心臓が潰れてしまうのだから、不死の身体も意味をなさない。仮に生きていたとしても、爆発で負った傷で動けないうちに日の出の光を浴びて灰になってしまう。

 それでも、店主が生存している可能性はいくつか想定できる。

 たとえば爆破の瞬間に店外にいたなら、難を逃れられたことだろう。しかし、酒場の店主が営業中に店を離れるわけにはいかない。店員は彼以外にいなかった。

 店が爆破されたからには、店主も狙われていたに違いない。店だけが狙いだったとか、店主が危険を察知して逃亡したとかいう可能性も、考えられなくはない。ところが、そうだとすると未だに彼が姿を見せない理由が説明できない。日光にさえ気を付ければ、彼は被害を訴えるべきだ。

 アールは、モニカの訴えから第三の可能性を考慮していた。


 すなわち、爆風をまともに食らっても生きていた可能性だ。


「ここは……?」

 モニカは「わけがわからん」と漏らす。

 彼女が連れてこられたのは、ヴァンパイア料理店。店名は「魔界珍味」というらしい。店先の看板には、昨晩目にしたのと同じ「ワイバーンの尾の窯焼き」「牛鬼の舌肉のステーキ」などの料理名が並んでいる。付記された営業時間を見ると、あと数時間で営業を開始するらしい。ヴァンパイアが苦手とするはずの真っ昼間ではないか。

 準備中の掲示もおかまいなしに、アールは店の中に入った。モニカもアールの背中に隠れて続く。

「ああ、お客さん。申し訳ないのですが、まだ支度しているところで……」

 エプロンを着た吸血鬼が振り返る。料理の仕込み中らしく、寸胴で何かを煮込んでいる。店内には香辛料由来の甘ったるくも刺激のある香りが漂っていた。

 やんわりと退店を求められても、やはりアールは気にしない。

「済まない、昨晩ヴァンパイア料理店が爆発されたことは知っているな? あそこの店主について、同業者として知っていることはないか訊きたい」

 身分も知らせず強引に話を進めようとするアールにモニカは内心ひやひやしていたが、かえってその強引さが奏功したらしい。相手を保安隊か何かと誤解したのか、吸血鬼は火を止めて振り返った。

「ドカンとやっちまったのはマグウェイさんのところだろう? せっかく繁盛していたのにもったいないよね。事故だか事件だか知らないけれど、怖い話だよ」

「それだけか?」

 アールに威圧されて、行方知れずのマグウェイについて情報を付け足す。

「奴は魔界で商売に失敗して、いくらか悪事に手を染めたせいで人間界(こっち)に逃げてきたと聞いたよ。まあ、私と似たようなものだから、親しくはなくても同情はするね。きのうみたいな憂き目に遭ったのも、ひょっとするとその当時の怨恨に由来するのかもしれない」

 知らないふうを装ってはいるが、この場で言葉を選んででっちあげていることくらい、幼いモニカの目にも見てとれた。

 当然、アールも相手の違和感に気づいている。さっさと口を割らせることにした。

「そうか、当てが外れたか。そのマグウェイという店主が本当にヴァンパイアなのか、同じような境遇のお前に訊いてみたかっただけなのだが……」

 この言葉の効果は覿面だった。

 料理の手を止めた「魔界珍味」の店主は、ぶるぶると身体を震わせたかと思うと、その姿が変わった。身長が縮み、ずんぐりむっくりとした丸顔の小男に生まれ変わる。腕を前に伸ばしたかと思うと、手首から先は植物の枝葉のように垂れ下がった。衣装も裾の広いゆったりしたものになった。

「イヒヒ、バレてしまいましたカ」

 口調も心なしか舌足らずなものになった。

 キョンシーだ。

 目にするのは初めてだったが、モニカはすぐに納得する。「魔界珍味」に入店したときから、店主が変化魔法を使っていることには気づいていた。ヴァンパイアの姿を装い、ヴァンパイア料理店を営んでいたのだ。

「……どうして?」

 無口な少女を装いつつも、モニカは好奇心から尋ねていた。

 いったいどうして、キョンシーがヴァンパイアに化けていたのか。

「お嬢さんはキョンシーという種族ヲ、どれくらい知っていますカ? 人間界でハ、同じアンデッドでもヴァンパイアとは知名度で大きく水をあけられていまス。人間界で生きていくためにモ、ちょっとの嘘が必要なのですヨ。キョンシー料理店を開いたところデ、残念ながら人間界で食っていけませン」

 なるほど、とモニカは頷いた。アールから聞いた話だが、キョンシーは東方にわずかに分布するのみの、魔界でも珍しい種族だと知っている。生活の実感としても、小難しい魔界の研究書でも読まなければ、キョンシーの存在に触れる機会はなかった。それに比べて、ヴァンパイアの情報なら真偽はともかくありふれていた。

 モニカに良い勉強をさせて、アールは少し満足げだ。

「本気でヴァンパイアを装うつもりなら、昼間の営業はやめるべきだったな」

「イヒヒ、手厳しいですネ。ヴァンパイアに比べれば日光に耐性がある利を活かすのハ、大事な差別化だったのですヨ」

 それで、とアールは話題を本来の筋へと呼び戻す。

「マグウェイは本当にヴァンパイアだったのか?」

「いいエ」

 すでに死した身体ゆえに関節が凝り固まったキョンシーは、全身を揺すって首を振る代わりとしている。

「マグウェイさんはスケルトンでス。まァ、魔族の中でも相当頑丈な部類ですシ、どこかで無事に生きているのではないですカ? 爆破なんぞされてもバラバラになるだけでけろりとしていることでしょウ、どうせ骨だけの身体ですかラ」




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