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破談ですかね

「こ、こんにちは……」


 戸惑いながら清太郎がとりあえずふたりに挨拶すると、万喜と美鶴はハッとして清太郎に会釈した。


「こんにちは……」

「お邪魔しております」

「琴子の兄の清太郎です。えーと……琴子はどうしてこうなっているんですかね」

「さ、さぁ……」


 それは万喜にも美鶴にも分からないことだった。なにしろいきなり部屋に戻ってきて座布団の上に突っ伏して琴子は一人でわめきだしたのだから。


「琴子、こーとーこー」

「むぐぐぐぐ……」

「琴子、座布団を放しなさいっ!」


 清太郎は仕方なく無理矢理に琴子の顔の座布団を引きはがした。ぐちゃぐちゃに


「……なんだい、琴子……泣いているのかい」

「泣いてまぜんっ」


 髪もリボンもぐちゃぐちゃにして鼻をすすっている琴子。そんな琴子の髪を万喜は直してやり、美鶴はハンカチを取りだして目元をぬぐってやった。


「なにがあったのか……話してくださる……?」

「……はい」


 幾分落ち着きを取り戻した琴子は、ようやく重たい口を開いた。


「その……縁組みのお相手の名前がわかったんですけど」

「うんうん」

「……北原雄一さんというそうです」

「うーん?」


 万喜と美鶴は一瞬よくわからない顔をしたが、事態に気付くとサッと顔色を変えた。


「北原……あの男子学生か!」

「あーあー」


 その様子を見ていた清太郎は部屋の入り口に立ちっぱなしのまま呆然としている。


「あの……もし……琴子よ。この兄にも分かるように話してくれないかね」

「あっ、お兄様……」


 琴子はうつむいた。が、ここまできて隠し立てはできないと、昨日の銀座での出来事を清太郎に話した。清太郎はしばしの無言の後、ゆっくりと口を開いた。


「……それでは、琴子はその北原雄一くんのご学友の脛を思いっきり蹴り上げたと……」

「……はい」

「はーっ」


 清太郎は盛大にため息をついた。そして脇で聞いていた万喜と美鶴は琴子の背に手をやって励ました。


「で、でも先にからんできたのはそのご学友の方で……」

「彼は我々を庇ってくれたんだよね、ね。琴子」

「ですけど……嫌だと思うわ……こんな足癖の悪い女……」


 しょんぼりと肩を落とす琴子。反省はしているらしいと思った清太郎は仕方が無いかと首を振った。


「まあ……琴子も縁談なんてまだ嫌だと言っていたのでこれでいいのか……」

「えっ……、あ……そうですね」

「なんだいその顔。自分で言ったんじゃないか」

「ですよね……」


 どうやらこの縁談はお流れになりそうだ、と清太郎は諦めた。週末の父の反応が恐ろしいが起こったことはしかたがない。


「琴子のお友達、せっかくきてくれたのにバタバタしてすまないね」

「あ、いえ……私達そろそろ失礼します。ね、美鶴」

「ああ……じゃあ琴子。また明日」

「……うん」


 琴子はその場にへたり込んだまま頷いた。どういう訳だか琴子はやたらとショックを受けているので清太郎が代わりに二人を見送ることにした。


「そこまで送ります」

「あ……すみません」

「二人が、琴子の学校での親友なのかな」


 清太郎がそう聞くと、万喜は頷いた。


「そうですね。私は東雲万喜……で、こっちが……」

「西条美鶴です」

「へえ……、こんなにズボンの似合う女性がいるとは」

「え……?」


 同級生には好評でもその父兄となると大変に評判の悪い美鶴は最初から身構えていたのだが、清太郎にそう言われて思わず聞き返した。


「足が長いのだねぇ……羨ましいね。あ、そこに人力が」


 清太郎は美鶴を褒めるだけ褒めて流しの人力車をとめに走って行ってしまった。


「……ねぇ」

「ん?」

「琴子さんのお兄様ってなんかちょっと変わっているわね」

「うん……」


 美鶴は万喜の呟きに頷いた。頭ごなしにこの格好を揶揄されないなんて滅多にない。確かに変わっている。最初はただ人のいいだけの男性に見えていたのだが、それだけではないようだ。


「じゃあ気を付けて!」


 そんな美鶴の思いなど知らない清太郎の声に、万喜と美鶴は手を振り替えしつつ自宅へと帰った。


***


「お嬢様、おむすびとお汁こさえたので、ここにおきますね」

「ん……たま……ありがとう」

「冷めねぇうちに召し上がってくださいまし」


 ふすまの向こうから、たまが離れて行く気配がした。琴子は畳みの上に寝そべって座布団を丸めて抱きしめたまま夕飯もとらずにずっと考え込んでいた。


「私は縁談は嫌……だから『北原雄一』さんに嫌われるのは……いっそ好都合……なのよね?」


 琴子は口に出してみたがなぜだか釈然としない。それどころかなんだか悲しい気持ちになってします。


「なんで……」


 琴子の脳裏に雄一のあのきりりと清廉な表情が蘇る。大人げない同級を一喝したあの声、そして琴子らに真摯に謝罪してくれたあの態度。


「そっか……私は縁談は嫌だけど、『北原雄一』さんに嫌われるのは嫌なんだわ」


 琴子は恋のときめきなんぞまだ知らない。けど、雄一に嫌われたと考えるととても嫌だった。


「あ……これ……」


 琴子の文机のそばに落っこちていたのは美鶴が書いていた作戦とA氏すなわち雄一の採点表だった。


「ばかねー。向こうが私を嫌だ、赤点だ、って言う可能性もあるのに」


 琴子はその紙をくしゃくしゃと丸めてくずかごに放り込んだ。


「はぁ、私の……ばか!ばかばか!」


 むしゃくしゃした琴子は猛然と立ち上がるとふすまを開けて盆の上のおむすびをがつがつ食べ始めた。


「たま! おかわり!!」


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