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恋文こっこっこ

 教室に可憐な歌声の賛美歌が響く。院長先生の説教はいまいち理解できないものの、琴子はようやくこのキリスト教の礼拝というものに慣れてきた。


「では、本日も神の御名の元、正しい行いを。アーメン」

「アーメン」


 礼拝が終わり、礼拝堂から教室に移動する途中にパタパタと靴を鳴らして万喜が琴子を追いかけてきた。


「ね、忘れていないわよね」

「ええ、万喜さん。昨日の今日よ」

「私と美鶴と琴子さんで、日曜は銀座ですからね」

「はいはい」


 日曜日の予定はこの間の洋装で、銀座でお出かけを楽しむことになっているのだ。


「それよりだよ……それよりだよ……」


 その横で心底憂鬱そうにしているのが美鶴である。


「美鶴さん、何がそんなに心配なの?」

「……これから家政科の授業じゃないか。今日は浴衣を縫うとか」

「そうね、そうだったわね」

「縫い物なんてミシンにやらせればいいのに」

「普通のご家庭にあるものではないでしょう。それに浴衣よ。簡単よ」


 琴子がそう言うと、美鶴はキッと琴子を見た。切れ長のその目に射貫かれて琴子はひゃあと首をすくめた。


「それが出来ないから憂鬱なのさ。教師どもがそれみたことかと得意気に……」

「じゃあ、私。こっそり美鶴さんの分も縫うわ。私の運針とっても早いのよ」

「……うーん」


 美鶴は琴子の提案にぐらぐらと心が動いた。が、ぐっと理性が買った。


「……やっぱり自分でやるよ」

「そうですか……」

「美鶴は少し怒られた方がいいわ」


 美鶴は首をふって教師に怒られる決意をし、万喜はその横でくっくっくと笑っていた。そして教室に着いて、机から教科書を取り、家政科の教室に移動しようとした時である。


「……おや」

「どうしたんです?」

「琴子、万喜。私はどうせちくちく教師にしかられるくらいなら、景気よく雷をくらうことにするよ」

「ん?」


 琴子が訳がわからないと首を傾げると、美鶴は机の中から出てきた封筒をひらひらをさせた。


「恋文だ」

「こっ……こっ……こっ……」

「あら琴子さん、鶏みたい」

「恋文ぃ!? 女学校ですよ? むぐう」


 琴子がすっとんきょうな大声を出すので万喜はその口を塞いだ。


「しかたないさ……美しすぎる私が罪なのさ。真摯な思いには真摯に答えなければ。では!」

「ええっ」


 美鶴は窓からひらりと恋文だけ持って教室を脱出していった。


「逃げた……」

「そうね、逃げたわね」


 残された琴子は呆然とその開けっ放しの窓を見つめている。万喜がしょうがないな、とでもいうようにため息を漏らした。


「美鶴さんはどう思いに答えるつもりなのかしら」

「ちゃんと断るってことでしょ。別に男装してるから女が好きな訳じゃないもの」


 万喜は琴子の疑問に淡々と答えた。


「そうなんです?」

「そうよ。まあ、周りは勝手にお熱をあげるみたいだけど。……ねぇ、そろそろ私達も移動しないと遅刻じゃない?」

「あっ」


 それから、慌てて家政科室に駆け込んで授業を受けていた琴子は美鶴の「真摯な答え」がなんなのか気になって三度も指を針でついたのだった。


「美鶴さん……」

「やあ」


 そして授業を受け終わり教室に戻ると、美鶴は涼しい顔で席で本を読んでいた。


「あの、その……真摯にお答えしたんですか」

「ああ。気持ちは嬉しいけど答えられない。けど、いい思い出として胸にしまっておくってね」

「そうですか……」

「ふふふ、でも私より万喜に思いを寄せた方が深刻だよ……」

「万喜さんに……!」


 大人っぽく、女らしい万喜に憧れる生徒も確かにいる、と琴子は思った。通学の際にわっとやってくる下級生はそういうことなのか、と。


「万喜は自分の信望者には優しいけれど……ちやほやしてくれる人間が多いのが好きみたいな感じだからね」

「ほう……」


 言われればその通りである


「琴子は上級生に好かれそうだけど……万喜ががっちり囲い込んでいるからなぁ」

「私、です?」


 琴子が首を傾げたその時だった。遅れて教室に戻ってきた万喜がやってきた。


「あら、私は琴子さんを守っているのよ」

「へいへい」

「で、美鶴。放課後、職員室に来なさいだそうよ」

「へーい」


 美鶴は生返事をして、興味のなさそうにあくびをした。


***


 そんな授業も終わり、翌日。日曜日である。琴子は朝食を終えると部屋で着替えた。


「むん! ……これでいいのかしら」


 雑誌を参考に見よう見まねで作ったズロースをはく。なんとなくごわごわした感触が落ち着かない。まあ外から見えるものでもないので琴子は良しとした。そして万喜から譲ってもらった三着のうち、万喜が着ていたのに少し似たグリーンの服を選んだ。しかし髪が決まらない。万喜のような髪型にはできないし、自分には似合わない気がする。


「あとは髪……ううん、三つ編みじゃ……子供っぽい……たま! たまー!」

「なんですか、お嬢様」

「髪が決まらないの。ほら、この少女雑誌で私に似合いそうなのやって」

「うーん。これでいいんでねぇですかね。お下げで」

「子供みたいでしょ!」

「したら、この三つ編みを外巻きにしますよ」


 朝からドタバタと仕度をして、ようやく琴子は身支度を終えた。


「それじゃいってきまーす!」

「やれやれ……騒がしいことだ」


 琴子が意気揚々と出かけていったあと、清太郎はうんと伸びをした。


「坊ちゃまはお出かけにならないので」

「僕は読みたい本があるから」

「……そうですか」


 呑気な顔をしている清太郎と、元気に出かけて行った琴子を見比べて、たまは心の中でため息をそっとついた。たまもまた、清太郎の見張りをしろと、主人から言われていたのである。


「どちらかというと見張りが必要なのは琴子お嬢様のほうだべ……」


 そんなたまの嘆きは誰にも聞かれずに、消えて行った。


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