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『獄魔』の加護人は『天使』の王子に救われる

作者: 空月
掲載日:2019/10/17

 生まれた私の髪と瞳を見て、両親は驚いたという。

 それは二人の持つ色彩と全く違う、黒髪黒目だったから――生まれながらに、『獄魔』からの加護を受けているとわかったから。


 『獄魔』というのは、この世界に影響を与えることのできる、人ならざるモノの一種だ。主なものとしては、他には『天使』や『精霊』などが知られている。天使からの加護を受ければ金色、精霊であればその精霊の属性に即した色が外見に顕れる。


 加護の効果は様々だけれど、どの種族からの加護でも変わらないのは、『死ににくくなる』ということだ。病気にかかりにくく、怪我の治りが早く、下手をすれば致命傷が致命傷にならない。食物や水を摂らなくてもある程度生きていられるし、環境に適した変化をいち早く体が行う。

 だから、両親は喜んだ。赤子が死にやすいのは常識だ。『とっても丈夫な子が生まれたみたいなもの』として喜んだけれど――一つ、問題があった。


 私の生まれた国は、『獄魔』を悪しきものとして忌避する国だったのだ。

 当然、『獄魔』から加護を受けた者もよくは思われない。加護を受ける者――『加護人かごびと』は貴重だ。殺されるようなことはないことだけは確かだったけれど、国がどういう対応をするのか、わからなかった。

 だから両親は、私を『とても部屋から出せないような虚弱体質』と偽って、外に出さないことにした。義務付けられているわけではないけれど、普通は行う『加護人』の国への申し出もしなかった。


 昼間は人目があるから外には出られない。だから、夜だけが私の自由だった。少しの間だけ、直に外の空気を感じられる時間。

 窮屈さはあったけれど、両親を恨んではいなかった。私のことを思っての判断だと、小さなころから何となく理解していた。それに、私に加護を与えた『獄魔』の影響なのか、陽の光があまり好ましく思えなかった。だから、昼に外に出られなくても平気だった。


 両親はずっと「いつか海の向こうの『古王国イデア』に行こう」と言っていた。

 この国は天使を特に崇め、獄魔を忌避する気質を加護人にも向ける国だから、私は自由に出歩けないけれど、『古王国イデア』は加護を持つ者を平等に尊ぶ国らしい。純粋な加護の強さを基準に、国からの補助もあったりするという。その代わり、なんらかの形で国の力になることをしなければならないらしいけれど、それ自体はどこの国も似たようなものだそうだ。


 とにかく、『獄魔』の加護を受けているというだけで不自由を強いられる場所から、そうでない場所へ。両親はこの国の生まれだけれど、この国にあるすべてを捨ててまで、私を『古王国イデア』に連れて行こうとしてくれていた。


 ――流行り病で、死んでしまうまでは。


 たくさんの人が死んだ、病だった。老人や子供からバタバタと死んでいき、体力のある若者はそれよりも長くもったけれど、罹患したら終わりだったという。

 『天使』や『精霊』の加護人が特効薬を作り、病を一掃する奇跡を起こすまで、その猛威は止まらなかった。……私の両親は、その奇跡に、間に合わなかった。


 両親が流行り病にかかっても、私にその魔の手は伸びてこなかった。加護があるからだ。

 看病しても、薬がなければどうしようもなくて、泣くしかできない私に、両親は言った。

 「おまえだけでも無事で本当によかった」。

 そういう、人たちだったのだ。必要以上に獄魔を忌避する国の常識に疑問を持って娘を匿ってしまうような、避けられない死を前にただひとり元気な娘を見てそう言ってしまうような、聡明で心優しい人たちだったのだ。


 両親が死んでしまう前に、外に出ようとしたことがあった。

 少しでも症状を楽にする薬を探したかったのだ。けれど、両親はそれを止めた。強く。

 きっと「この病はおまえのせいだ」と、悪意をぶつける人間が現れるから、と。


 ……その言葉は正しかった。

 両親を喪って、埋葬のために外に出た私を見た街の人々の目には、驚愕と、恐怖と、嫌悪と――「こいつのせいなんじゃないか」という疑心が溢れていた。

 加護人の管理をする『教会』に保護されるまで、私はたくさんの悪意にさらされた。石を投げられた。唾を吐きかけられた。暴力を振るわれた。ありとあらゆる人の死を私のせいにされた。

 悪意には反応するだけ煽ることになるとわかっていたけれど、両親までもを侮辱するような言葉を吐かれた時だけ、否定してしまった。あの、優しい人たちを蔑まれるのは許せなかったのだ。


 『教会』は私を保護したけれど、扱いはいいとは言えなかった。たぶん、街の人たちと同じ疑心が、そこにもあったのだろう。

 加護の影響で早くに治るからかもしれないけれど治療はされず、まず言われたのが「貴女はこれから、国に一生尽くし、魂の禊を行うことになります」だった。

 意味が分からなくて問い返すと、そんなこともわからないのかという不機嫌そうな表情で「貴女の魂は『獄魔』の加護により穢れているので、それを浄化するために国に尽くすのです」と返された。

 ますます意味がわからなかった。そもそも『獄魔』の加護を持っていれば魂が汚れているという理論が通用すると思っていることが信じられなかった。そして仮に穢れているとして、国に尽くすことで浄化されるというのもよくわからなかった。わからなかったけれど、これがこの国の『常識』なのだということだけは痛いほど理解した。

 もう、私を守ってくれる両親はいないのだ。



 私の立場は、要は『教会』の下働き――否、それ以下のようなものだった。加護をアテにろくに食事も与えられず、人の嫌がる仕事をさせられたり、他の『加護人』の体のいい玩具にされたりした。

 死んでしまいたい、と思ったことがなかったわけじゃない。だけど、両親が大切に育ててくれた自分を、悪意に負けて捨ててしまうことはできなかった。

 いつか、いつか。両親が連れて行こうとしてくれていた『古王国イデア』に行く。それだけを胸に生きていた。

 心のどこかではわかっていた。『一生を国に尽くす』ことを義務付けられた私に、他国に行くことなどできるはずがないと。それでも、夢を見ていた。




 そんなある日、いつもと違うことが起きた。「今日は仕事はしなくていい。部屋から出るな」と言われたのだ。部屋から出られないということは食事もできないということだけど、それはいつものことだった。けれど、仕事をしなくていいと言われたことは、それまで一度もなかった。疑問に思ったけれど、この『教会』の人々は、獄魔の加護を受けた私を下に見ている。疑問を投げかけて答えてもらえる可能性は低かったし、通達に来た人も用が終わったとばかりにすぐに去ってしまったので、疑問は疑問のまま、私は部屋に閉じこもることになった。


 とはいえ、私の部屋は何もない。ベッドすらなく床で眠っている有様だ。時間を潰す娯楽的なものなんてもちろんあるはずがない。

 こういう時は、何も考えずに寝ているに限る。眠れなくても、目を瞑って横になって、いつかの思い出に浸っていればいつの間にか時間は過ぎるものだ。上掛けに丸まって、私は目を閉じた。


 そうしてどれだけの時間が経っただろう。この部屋には窓がないので時間を推し量るには決まった時間に鳴る鐘の音しかない。時の精霊の加護を受けた加護人が作る『時計』があれば、いつでも時間を知ることができると聞いたことがあるけれど、もちろん私の手元にそれはなかった。

 『教会』に来てからいつでも空腹なので、空腹の度合いで時間を計ることもできない。けれど、目を閉じていたとはいえ鐘の音を聞き逃すことはないので、まだお昼にはなっていないだろう。


 そんなことをぼんやり考えていたら、扉の向こうから何やら慌ただしい気配が近づいてくるのに気づいた。


 「貴方のような方がこのような場所に」「こちらは下層区域です。お近づきになっては」「貴方様の求めるようなものはこちらにはありません」――漏れ聞こえる声はそんなようなものだった。誰かがここに近づいてきているらしい。しかも、ここに寄りつくはずのないような身分のある人間が。


 声と足音はどんどん近づいてくる。この区域には幾人か住んでいるけれど、この方向にあるのは私の部屋だけだ。ということは、止められながらも止まらずに近づいてきている人物は、私か、この部屋に用があるということになる。部屋に特に何もない以上、私に用があると考えるのが妥当だろうけれど、あいにくとここに来るのを止められる立場でここに来ようとする人物に心当たりはない。あるとすれば他の『加護人』だけれど、私の知っている『加護人』は自分からここに寄りつこうとはしないので、その線はないだろう。


 その予想は、半分当たっていて、半分間違っていた。


 扉が開く。そこに現れたのは、天使だった。


 ――否、天使の加護を体現した人物だった。


 光を集めたような金の髪。白磁のごとき輝くような肌。

 金色のまつげにふちどられた目が、私を認め、見開かれる。


「なんという、……」


 その人は言葉を失って、ふらふらと私の方へ歩み寄った。たくさんの人が後ろからそれを止めようとしていたけれど、それすら聞こえていないような様子で。


 そうして私の目の前で立ち止まり、跪き、視線を合わせた。


「ああ、……『獄魔』の愛し子なのですね、貴女は。だから……」


 状況についていけない私をよそに、その人は先ほどまでのふらふらした足取りなど感じさせない機敏さで立ち上がり、振り返った。


「僕が、『天使』の愛し子たるこのレイヤード・ル=シェル・イデアが! 彼女の存在を感じ取れないと――隠しきれると思ったのですか!!」


 烈火のごとく、とはこういうことだろう、という気迫だった。彼の背後の人たちが気まずそうに顔をそらす。その中にはこの『教会』でも地位の高い『加護人』の姿もあった。


 彼らを一喝した、レイヤードという名らしいその人は、誰も何も答える様子がないのに苛立たし気に足を踏み鳴らし、けれどこちらを振り向いた顔にはその苛立ちを微塵も感じさせない笑みを浮かべていた。


「長い間……つらい思いをさせてしまい申し訳ありません。もう、大丈夫です」


 なぜこの人が謝るのか、なぜもう大丈夫だと言うのか、何もわからない。わからなかったけれど、差し出された手が救いの糸に見えて、私は気付けばその手をとっていた。

 その直後、綺麗な手が汚れてしまう、と思ったけれど、この人はそういうことをきっと気にしないとなぜか思えて、口にはしなかった。


 自分のことはレイと呼んでほしい、とその人は言った。

 レイはまず、私を彼が滞在しているという部屋に連れて行き、そこに控えていた侍従らしき人に、私の身を整えるように言いつけた。

 レイどころか侍従の人にも触れるのが憚られるような有様だった私は、少し恥ずかしく思ったけれど、その厚意に甘えることにした。こんな機会がまたあるとは思えない。身綺麗にすることすらままならない生活を長く続けていたけれど、それが苦痛でなかったわけではないのだ。


 侍従の人は水の精霊の加護を受けた『加護人』だったらしく、瞬きで私の体の汚れは消え去った。それからまた別の侍従の人が綺麗な服を持ってきて、それに着替えるようにと言われ、着替える。

 人生で一度も――両親と暮らしていた時でも来たことがないような、上質な生地の服だった。それでもレイの着ている服に比べれば見劣りがする。レイはどれだけ身分の高い人なのだろう、と思ったときに、ふと思い出した。


『私が、『天使』の愛し子たるこのレイヤード・ル=シェル・イデア・・・が! 彼女の存在を感じ取れないと――隠しきれると思ったのですか!!』


 レイが口にした、名前を。

 姓に『イデア』を持てるのは、『古王国イデア』の王族のみのはずだ。ということは、レイは――。


「レイは、『古王国イデア』の王族なの、……ですか」


 すっかり身綺麗にしてもらって、その間に用意されていたお茶をレイと向かい合っていただきながら、私は訊いた。

 レイはぱちりと瞬き、それから小さく頷く。


「いかにも、僕は『古王国イデア』の王族です。一応、王子という身分になりますが、僕の上にはたくさんの王子がいますので、王になることはないでしょう。そもそも、王との血縁関係もありません」

「……?」


 普通、王子というのは王の子どものことではないのだろうか。疑問が顔に出ていたのだろう、レイは続けて説明してくれた。


「イデアでは、王は実子の他に、優秀な『加護人』を養子にとります。養子になった『加護人』には王位継承権が与えられますが、逆に、『加護人』でない王の実子には王位継承権がありません。イデアは、それらの王位継承権を持つ者の中からより優秀なもの、適正のあるものが王になる、という形で続いている国なのです。ですから、『加護人』として優秀であるとされる私は養子にされ王子になりましたが、王たる適正はないので、王になることはないのです」


 『古王国イデア』の王族制度についてはまったく知らなかったので、純粋に驚いた。自分の持つ常識をひっくり返された気分だ。


「僕は貴女をイデアで保護するつもりでいます。そうすれば、あなたも王の養子となり、王位継承権を持つことになるでしょう」


 一瞬、理解できなかった。

 それから、言われたことをもう一度脳内で繰り返して、やっと意味を理解した。けれど、今の私には大きすぎる出来事が二つも詰まっているので、処理が追い付かず言葉が出ない。


「もちろん、貴女が国を離れたくないというのなら、強制はしませんが、……ここでの扱いを見る限り、貴女を置いては行けません。保護を受け入れてもらえませんか?」


 話が急展開過ぎる。だって私は今朝まで、きっと『古王国イデア』に行くことはできないだろうと思いながらも夢見ていただけだったのに。こんなふうにぽんと、『古王国イデア』に行く道が示されるなんて。


 ――でも、これは好機だ。

 レイがそこまでしてくれる理由はわからない。でも、このままこの国に居たって、きっと私は使いつぶされていくだけだろう。両親の墓から離れるのは心残りだけど、きっと二人は喜んで私を見送ってくれる。


 王位継承権を与えられる、というのは、まだ実感が湧かないけれど、レイの話によればたくさんの王子――王位継承権を持った『加護人』がいるらしいから、その末端になるだけと考えればいい。何か義務があるとしても、この国で生きるよりは絶対にマシだ。


「……保護して、いただけるのですか?」

「もちろんです。『獄魔』の加護を受けているからと、あのような扱いをする国には置いておけません」


 やはり、あの扱いは異常だったのだ。きっと、私の両親のような考えが『古王国イデア』では普通なのだろう。痛ましそうにこちらを見遣るレイにそう思う。


「貴女が保護を受け入れてくださるのなら、話は早い。すぐに国を移る手続きをしましょう」

「でも、……どうしてここまでしてくださるのですか?」


 私が『獄魔』の加護とはいえ、加護を受けているから? レイの言葉からして、『優秀』と括られるような『加護人』だから? それとも、あのような目に遭っている『加護人』は他にはいないからだろうか。


 私の問いに、レイは逡巡するような素振りを見せた。それから、私の目をまっすぐに見つめて、口を開く。


「――……ずっと、誰かが助けを求めている気がしていました。それが誰かわからないまま、ずっと焦燥感だけがあった。七年前から」


 七年前。私が両親を亡くした、流行り病のあった年だ。


「助けないとと思った。助ける方法がわからなかった。けれど、――この国に足を踏み入れた瞬間、誰を助ければいいのか、顔も名前もわからないけれど、わかったんです。助けるべき人がここにいると。――それが貴女だったというだけです」


 それに、とレイは目を伏せた。


「貴女は、僕だったかもしれないから」

「…………え?」


 どういう意味かわからず、首を傾げる。レイは小さく笑って、続けた。


「僕の生まれた地域は、この国とは逆に、『天使』をあまりよく思わない土地でした。幸い、イデアのすぐそばだったので、移民としてイデアに移ることができましたが――そうでなかったら、僕は、貴女だったかもしれない」


 それが、もしかしたらここまでする一番の理由かもしれない、とレイは言った。

 私はその言葉を、深く胸に刻み込んだ。


「ありがとう、ございます」

「お礼を言われることは、何も……」

「いいえ。あなたが私だったかもしれないなら、なおさら。ありがとうございます。救ってくれて。すくいあげてくれて」


 それがどれだけ嬉しいことか、有難いことか、あなたは私じゃなかったから、すべては伝わらないとしても。


「ありがとうございます」

「――どう、いたしまして」


 レイは滲むように苦笑して、そう、返してくれた。


 それが、私の転機。

 人間としての尊厳さえ奪われていた私が、人間として生き直す、その始まりだった。


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