第四王子の決意
とある少女のお話しです。
私の名前は吉川美樹、都内の大学に通う18才です。
引っ込み思案で根暗な私は中々友達が出来ず、いつも一人でした。
そんな私に声を掛けてくれたのは後に親友となる志波梨乃でした。
食堂でいつもの様に寂しく食事をしていると突然横から声を掛けられました。
「隣、空いてる?吉川さんだよね?同じ講義を受けてる志波って言うんだけど。」
「う…え?あ…はい。どぞ」
人と話すのは何年振りでしょうか?自分でも出したことのない呻き声を上げてしまいました。
「前から気になってたんだ。それ、『アム学』のマシューだよね?私もそれやるんだ!弟が好きでさ。吉川さん、私とお友達になってよ!」
梨乃は明るく優しい性格でした。誰とでもすぐに仲良くなれて私とは大違い。
鞄に付けていたゲームのキャラクターキーホルダーに目を付けた梨乃が私に友達になりたいと言ってくれました。
でもそんな梨乃でも私との共通点が幾つかありました。
私は所謂世間で言うゲーマーで梨乃も弟君と良くゲームをやっていたと言います。
『聖アムスティア女学園』…所謂ギャルゲーという分野ですが女性からの人気も高く私はこのゲームが好きでした。
このゲームをお互いにプレイしたことがあって何度もその話で盛り上がりました。
梨乃はヒロインのオリヴィエがお気に入りで私は主人公のマシュー君がお気に入りでした。
梨乃は話が上手で人を惹き付ける才能がありました。
けど恋愛には臆病で初恋もしたことがないと言います。
そんな梨乃に私は抱いてはいけない感情を持ってしまうのは自然な流れだったのかもしれません。
男性とは話した事がなく、中高は女子校だったのですから。
密かな恋心を抱きつつも梨乃と過ごす時間は私にとって幸せでした。
あの日までは…
夏休みを目前にしたある日、梨乃は意中の先輩にデートに誘われたと大喜びで授業後に出掛けて行きました。
その先輩というのがテニスサークルに所属しており、女性を取っ替え引っ替えしているという噂があります。
複雑な感情ながらも、もしフラれたら慰めてあげよう。
あわよくば告白なんかしたりして…
と、そんな妄想をしながら、私は心配でメールを送ります。
『上手くいってる?』
『ううん、まだ会えてないよ。』と梨乃から返事が来ます。
『先輩には黒い噂があるから気を付けて!』
と注意を促すと梨乃から
『大丈夫だよ。』と返事が来ました。
私は焦燥感に駆られ梨乃が先輩と待ち合わせするという場所付近まで向かおうとしましたが、途中で教授に捕まります。
「吉川、お前だけ論文出してないぞ?期限は明日までだからな?単位やらないぞ?」
「す、すいません。少しゴタついてて…明日の昼には出すのでもう少しお待ちください」
というような会話をしたのを覚えている。
私が待ち合わせ場所に辿り着いたのは一時間後でした。
既に梨乃は居らず、私は電話を掛けます。
出ない、何か有ったのかな?
そんな事を考えてると周囲の声が私の耳に届きます。
「おい、何か向こうで事故があったらしいぞ?」
「女の子が信号無視で道路に飛び出したとか聞いたぞ!」
「え、マジ?ヤバくね?」
信号無視…女の子…私はその単語が何故か梨乃と結びつけてその話をしていた人たちに声を掛けます。
「すみません、その事故があった場所は何処ですか?」
「え?あぁ、ここから百メートルくらい先の大通りだよ。結構酷かったらしいから君みたいな子にはーーって、おい?話聞いてる?」
私は無我夢中で駆け出しました。
嫌な想像ばかりが膨らむばかりで私はその事故現場に向かいます。
そしてその予想は的中しました。
「嘘…嘘だよね…?梨乃…」
近くに散乱しているのは私とお揃いのキーホルダーが付いた鞄に、一緒に買い物した時に買った見覚えのあるピンの折れたハイヒール。
顔には布が掛けられ血塗れの姿の梨乃が今まさに救急車へと運ばれて居ました。
「梨乃…梨乃ー!」
私は叫びました。
救急車に乗せられる梨乃に手を伸ばし、警察の人に止められながら声が枯れるまでひたすらに…。
しかし私の声は二度と梨乃に届く事はありませんでした……
それから数日間は頭にモヤが掛かった様に記憶がありません。
私は実家暮らしで部屋に引きこもり大学も中退しました。
梨乃の葬式には出れず、後悔の念を持ちながらも、20才になった私はふと私と梨乃の好きだったゲームを思い出しました。
『聖アムスティア女学園』…私と梨乃を繋いでくれたこのゲームを私はいつの間にかプレイしていました。
何日プレイしていたのか…それは分かりません。
梨乃と語らった思い出が頭に過ります。
自然と涙が溢れ、感情が脆くなり啜り泣きをする日々が続きました。
ふと、気付いたら見慣れた自室の天井ではなく見知らぬベッドの上でした。
『○★▽▼◎▼Ж〓◎?』
『Δ¶‰Å∃∠∧∇ΨΘ!』
見知らぬ大きな外国人の女性に囲まれ知らない言葉で話し合っています。
「あうー!うあうあー!」
声を出しても言葉になりません。私病院に運ばれたのかな?
それともこれは夢?
ゲームに夢中になりすぎて倒れてしまったのかもしれません。
でも妙に体が重く思ったように動かせません。
大丈夫、これはきっと夢。
私はそう自分に言い聞かせました。
しかしそれは夢ではなく現実でした。
数年が立ち、色々と発覚しました。
ここは地球とは違う世界であること。
何より【魔法】という特別な力があることがその証左でした。
更に私はレオンハルトと呼ばれ性別も男性になっており、私は王族になって居ました。
レオンハルトの名前にアムスティアの家名、四男の金髪、それに王族と言えば、まさかアム学の世界?
と思いましたが、まだ決定付けるのは早いと思うも、その可能性もなくはないと思い留めました。
それが決定的になったのは私が四才の時の冬、年の暮れです。
妹が生まれました。
名前はナナリアと名付けられました。
レオンハルト・アムスティアとナナリア・アムスティア、間違いない。アム学の世界だ。
でもなんで私はレオンハルトに転生したのだろう?疑問は尽きぬばかりです。
どうせなら義姉のリリアナが良かったなぁ…。
私は覚えたての言葉で侍女に訪ねました。
「ねぇ、アルデン伯爵家って何処にあるの?」
それは私の好きなマシューが養子となる貴族家の名前です。
「アルデン伯爵家ですか?もしかして殿下もアルデン家の宝石姫のお噂をお聞きになられたのですね?アルデン領はここ王都から南に一日の距離にありますよ!」
宝石姫とは確か嫡子であるリリアナ嬢の事でしたね。
側付きのメイドが休憩時間に会話していたのを聞いた事があります。
「そうなんだ。あそこに養子って居たっけ?」
「いえ、そんな話は聞き及びませんが…あれ、殿下?お待ちください!」
確かリリアナ嬢は私の一つ下で、マシュー君は二つ下でしたね。
まだガーズ男爵領に居るという事でしょうか。
しばらく情報収集をすることにしましょう。
それから一年半後、アルデン家がガーズ男爵家から養子を取ったという話が王都に届きました。
アム学の世界で確定です。が、私の知っているアム学とは少し違うみたい。
宝石姫ことリリアナ嬢が商売を始めたという情報が良く集まります。
何か差異が生まれたのでしょうか?
その二年後、私が八才の年、リリアナ嬢が王都へ来たという情報が耳に入りました。
何やら婚約の話に憤慨したリリアナ嬢が祖父であるアルデン卿に抗議をしにきたという話です。
私は興味を持ち、リリアナ嬢に接触しようとしたのですが、父である王に最近戦争の気配が高まっている、自室で大人しくしていろ!と叱られ已む無く自室にて謹慎をしました。
その2日後リリアナ嬢が軍務卿のジェネシス公と接触したという情報が耳に届きます。
ジェネシス公といえばゲームヒロインであるオリヴィエの実家、私はここでリリアナ嬢が私と同じ転生者ではないかと疑問を持ち始めます。
地球のお菓子や玩具、果てには女性用の下着などを手掛けるリリアナ嬢がどうしても同胞に思えて仕方なかったのです。
私は引き続き情報を集めるように、部下へ伝えました。
それから枢機卿であるゲース卿に接触したことや、王である父に謁見の許可を取るなどというリリアナ嬢の子供らしからぬ行動で疑問は確信に変わりました。
彼女は転生者だと。
私はこっそり謁見の間に居るというリリアナ嬢を見に行きました。
するとゲーム中での幼少時の一枚絵では金髪のロングヘアだったのがショートに変わっており男性用の礼装に着替えたリリアナ嬢の姿が見えました。
覗いていると父に睨まれたので已む無く退散しましたが、リリアナ嬢が原作とは違うという事は確認出来ました。
ここで私は一つの疑問が浮かびました。
何故私がレオンハルトに転生したのか。
それが居るか分からない神のいたずらなのだとすればリリアナ嬢も前世があるはずだ。
もしかしたらリリアナ嬢=梨乃なのでは?
それは考えすぎか…私は紅茶を飲むとそのまま眠りに付いた。
それから季節が変わりリリアナ嬢は何と自ら戦場に赴き、ジェネシス公の軍師に任命され敵将を討ち取ったという報告を受けた。
聞けば聞くほど不思議だが、もしリリアナ嬢が梨乃ならばそんな野蛮な事はしないよね?
うん、やっぱり梨乃説は取り下げよう。
リリアナ嬢は王都に帰還し、父から子爵位を賜ると騎馬民族の往来する地センティスを治めることになった。
これは前以て決まっていた話だと私の手の諜報員は言うが、タイミングが良かったのか父はこの時まで伏せていた。
それから数日後、リリアナ嬢がゲームのヒロインを呼んで茶会を開いたという。
妹のナナリアは母方の実家で従姉のカサンドラ嬢と共に北にある大陸へ出掛けていたので招待状すら届かなかった。
これで転生者なのは確実だ。
私は諜報員をセンティス領に送った。
マシュー君はお父さんの治めていたガーズ男爵領に帰ったというが、一目でも会いたかったなぁ。
それから一年、リリアナ嬢が騎馬民族を冬に従えたり、ゲース卿がセンティス領を訪れたりと沢山の報告が諜報員から届けられた。
そして八月、鉱山を境に領を接していたアブロー男爵を捕縛し、王都を訪ねるという報告を受けた私は父にリリアナ嬢に会いたいと伝えた。
「お前もそういう年頃か。分かった、少し時間を作ってやろう」
父は私にそう言うとニヤニヤしながら部屋を出ていく。
リリアナ嬢が伯爵位を賜り謁見の間を出た頃、私は妹のナナリアと共にリリアナ嬢を待っていた。
「レオ兄様、リリお姉ちゃんはねー、凄く優しいんだよ!私リリお姉ちゃんだーいすき!」
「そうかそうか。その話は何度も聞いてるよ。私も会えるのが楽しみだ。」
そんな会話をしていると扉の向こうからノックが聞こえる。
「リリお姉ちゃんだ!やっと来てくれた!」
ナナリアは早速とばかりにリリアナ嬢へと駆け寄る。
「レオ兄様、この人がリリお姉ちゃんだよ!」
私は緊張しながらもそれを出さぬよう気を付け自己紹介をする。
「初めまして、センティス卿。それともアルデンの宝石姫とお呼びした方がよろしいでしょうか?…失礼、私はレオンハルト・アムスティアと申します。以後お見知りおきを」
上手く話せたかな?
こう言うときに歯を見せながら不敵に笑う、レオンハルトはそんな男だったよね?
「これはこれはレオンハルト殿下。初めまして、リリアナ・アルデン・センティスです。既に実家からは出ているのでその様な大層な呼び名は私には不釣り合いに御座います。気軽にリリアナと呼び付け下さい。」
あぁ、少し幼いながらも原作と同じ声だ。
少し感動してしまった。
「なるほど、噂の通り聡明なお方だ。今日は父に無理を言って貴方とお会いする機会を設けさせて戴きました。商人だけでなく武人としても有名な貴方のファンでして。何も説明せず御呼び立てしたこと、謝罪させて戴きます。」
きちんと謝る、大事だよね。
「お詫びなど良いのです。こうしてナーナ…ナナリア殿下やレオンハルト殿下にお会い出来ましたから。それでお話とは?」
うーん、正直に答えてもいいけど不自然だよね?
マシュー君の事も気になるし…よし、その線で行ってみよう。
「えぇ、実は貴殿の弟君、マシュー殿とお会い出来ないかと。」
もう、転生者なのは確実だし、聞いてみようかな。
あー、久々に日本語を使うと緊張するな。
私はリリアナ嬢の耳元で日本語で尋ねる。
『貴方は日本人ですか?』
一瞬怪訝そうな顔をしながらもリリアナ嬢は古代語ですか?と尋ねてきた。
え?どうして日本語が伝わらないの?
私は軽くパニックになりながらも嘘を並び立てた。
「いえ、最近習ったのですよ。古代語に興味を持ってまして博識と名高いリリアナさんならば話せるのではないかと思いましてね。失礼しました。」
「いえいえ、私の事を高く買って戴けるのは望外な喜びではございますが殿下の様に達者ではございませんよ。」
むぅ~…どういうことだろう?
外国人だったのかな?
でも海外版なんて発売してたっけ?
そんな事を考えていると我慢出来なかったのかナナリアがリリアナ嬢を連れ自室へと向かってしまった。
私は考えを纏めるため一人テーブルに手を付きメイドの入れた紅茶を含み気を紛らわした。
「入るぞ、レオンハルト。なんだ、一人か?」
「父上、いえ。リリアナ嬢をナナリアに取られてしまいました。もう少し話したかったのですが…妹には敵いませんよ」
「はっはっは、お前があやつに御執心しておるから是非婚約者に、と推してみたが軽くあしらわれたよ。」
リリアナ嬢は少し警戒している様子だった。父上が原因か。私は合点がいった。
「そう…なのですか?父上、そのような手間はお止めください。私は自分の婚約者は自分で決めるつもりです。まだ挨拶を交わした程度の仲。これから仲良くなるつもりですよ」
そう、こんな所で諦めるつもりはない。
私はリリアナ嬢の正体が知りたい。
その時まで決して諦めるものか!
美樹さんことレオンハルトも物語に深く関わる重要人物です。
出来れば覚えてあげてください。
18時にもう一話あげます。




