少女子爵、義弟と語らう
その夜、私はマシューを部屋に呼んだ。
しばらく離れて暮らしていたとはいえ弟の門出だ、話したいことは沢山ある。
「姉さん、マシューだけど」
「とりあえず適当に座って?」
「うん、分かった。」
マシューは大人しくベッドの端にちょこんと座ると膝に手を置きじっとしている。
「明日から忙しくなるだろうから伝えておきたい事と渡したいものがあるの。」
「渡したいものって?あ、お菓子かな?」
私は二つの似た形状の短剣をクローゼットから出す。
片方には柄から紐が付いており首に掛けられる様にしてあった。
もちろんマシューに渡す方である。
「私からの餞別。残念だったわね、お菓子じゃなくて。使う機会はないだろうけど常に懐に入れて置きなさい。いつか貴方の役に経つ日が来る筈だから」
「姉さん…!ありがとう、大事にするよ!」
「ふん、大事にして貰わないと私が困るわ。」
私は顔が熱くなるのを感じそっぽを向く。べ、別にツンデレとかじゃないんだからね!
「僕からも姉さんに渡すものがあるんだ。これなんだけど…」
マシューがズボンのポッケから取り出したのは色鮮やかな糸を編んで作ったミサンガだった。
所々糸が解れており見るからに不恰好だ。
「これ、マシューが編んだの?」
「うん。冬に編み方を教えてくれたでしょ?姉さんの為に作ってみたんだけど…どうかな?や、やっぱり返して!恥ずかしいや」
「…んもー!…本当に…バカね。嬉しいに…ひっく…決まってるじゃないのぉ!マシューのくせに…マシューのくせにー!」
「姉さん…?もしかして泣いてるの?」
「う…うるさい!こっち見んなぁー!」
自分でも気付かないうちに感情が溢れだし、気付けば言葉は詰まり目からは涙が溢れていた。
マシューから強奪することはあっても直接貰うことなんてなかったからだ!
私を泣かせるとはマシューの癖に生意気だ。
この報いは近い内に返して貰おう。うん、そうしよう!
「姉さんは相変わらず意地っ張りだね。でもそんな姉さんだから僕は協力する。少しでも力になりたいから」
マシューは拳を握り力強くそう宣言する。
相変わらず生意気だ。
「生意気な奴め!うりゃ!」
「あひゃっ!ちょっ!姉さんダメ!」
「うりうりー!生意気な弟にはお仕置きよ!」
マシューに飛び付くと私は腋下を擽り出した。
必死に身を捩り抵抗するもマウントを取った私からは逃れられない。
「こ、降参!降参しますー!」
「ダメ!許さないんだから!」
私の涙を見た罰は重いのだ。
その報いも倍返しではすまない。
マシューの濡れ羽色の前髪で隠された黒い瞳が露になる。
ふと前世への憧憬の念が私の中で燃え上がるがさっと気持ちを切り替える。
今はマシューへのお仕置きの方が大事だ。
「姉さん…、そ、そろそろ止めて!苦しい!重い!」
「レディに向かって重いとは何事よ!まぁ、今日はこのくらいで勘弁してあげるわ。話も進まないし。ふう…そこに座りなさい。」
「はい…」
マシューはさっと身嗜みを整え正座をする。
私が以前仕込んだのだが、中々綺麗な正座である。
「貴方は明日からガーズ領を治める事になる。その覚悟は出来てる?」
「僕は姉さんの指示に従うよ。まだまだ勉強不足だけど、これから覚えてくから。」
まだ掛け算も怪しい少年に私は一領地を任せるのだ。だがマシューは屈託ない笑顔で私の言葉に返した。
「そうね、貴方が間違えたら私が正すから安心しなさい」
「怖いなぁ…でも聞きたいことは直ぐに手紙を出すし多分大丈夫だよ!」
「そう、それなら安心ね。これ見て」
私は一枚の紙を渡す。
マシューにやらせたい事が纏められた紙だ。
マシューに任せるガーズ領は豊富な資源がある。
山や森、湖もあるのだ。
その資源を使い、新しい産業を興すつもりである。
「こんなに…覚えきれないよ!」
「バカね。だから紙に書いたんじゃない。貴方のお父様に渡したかったんだけど渡しそびれちゃってね。」
「そっか…でもひとつでも多く僕がやり遂げてみせるよ!」
「バカ!ひとつでも多くじゃなくて全部やるの!安心しなさい、私の商会から何人か人を送るから色々相談すると良いわ」
「ありがとう姉さん。バカで頼りない僕だけど姉さんの為に頑張るね」
「なっ…!ふんっ!まぁあまり期待してないけど馬車馬の様に働きなさい!たまに視察に行ってやるから覚悟しなさいよ?」
私は更に顔が紅潮するのを感じた。が、マシューは笑顔を崩さない。
すかさず口を突いたのは付け焼き刃のツンデレによる返しだった。
こうゆうツンデレ対応はレインちゃんの役目なのに!
くっ…これがギャルゲー主人公のポテンシャルだというの?
だけど、私は絶対に屈しないんだから!
「お手柔らかに。」
マシューは涼しい顔でにこにこ微笑む。
こいつぅー!
私は無言でマシューを押し倒しマウントを取ると腋に手を入れ擽りを開始した。
「わっ!ちょっ…!姉さん止めて!」
「……」
無我夢中で擽っているとノックの音が響く。
「お嬢様、イレーネです」
私はすっと立ち上がるとマシューの腋から手を伸ばしベッドに座らせる。
それから乱れた髪や服を調え扉越しにイレーネへ返す。
しばらく会えなくなるためイレーネに夜半に部屋に来てと言伝てをしていたのを私としたことが忘れていた。
「入りなさい。マシュー、話は終わり。部屋に戻ってゆっくり休みなさい」
「姉さんは本当に色々急だよね…おやすみ、姉さん」
「ん、おやすみ」
マシューがイレーネと立ち替わりで部屋から出ていくと私はイレーネをベッドに寝かせる。
イレーネは明日から馬車で五日間の旅だ、今夜は悪戯無しで添い寝だけにしておこう。
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翌日、屋敷の前に荷物を積載した馬車が並ぶ中、私はマシュー、イレーネ、チャールズを見送る。
既に別れを済ませた父と母上と並んで立つ。
別れを済ませていないのは私だけだった。
「詳しい事はイレーネに伝えておいたからきちんと領地を守るのよ。」
「うん、頑張るよ」
「それと健康には気を付けなさい。無理はしすぎないこと。ちゃんと歯を磨いてから寝ること。そうそう、これから寒くなるから厚着して毛布も被るのよ?それからーー」
ついつい前世の弟、洸太を思いだし口煩く言ってしまうのは私の悪い癖だろうか?
洸太は手の掛かる弟でそれこそ私や母を困らせていたのだ。
「姉さん、心配してくれるのはうれしいけど大丈夫。そろそろ行かなきゃ。それじゃ行ってきます」
話途中に馬車へ乗り込んだマシューはそのまま王都南門の方へと向かってしまった。
「あ、コラ!まだ言いたいことは…行っちゃったか…」
馬車はそれなりの速度で進んでいく。
「お嬢様、マシュー坊っちゃまのことが心配なのですね。その気持ち、分かります。私も妹同然のイレーネを送り出したんですから」
気付いたら隣に立っていたジェシカが口を開いた。
手塩に掛け教育した妹分を送り出したのだ、ジェシカの気持ちは私に似たものだろう。
「イレーネとジェシカを引き離した事怒ってる?」
「滅相もございません。イレーネもあれで中々のメイド力を持っています。きっと…いえ必ず、マシュー坊っちゃまの力となってくれましょう」
目元にうっすらと涙を浮かべたジェシカがそう話す。
ジェシカが潤む姿を見たのは初めてだ。
話変わるけどメイド力ってなに?
突っ込んじゃダメかな?
「よっぽどイレーネを可愛がってたもんね、ジェシカ。」
「はい、先程も申しましたが妹同然の存在です。」
ジェシカはにこり、と微笑んだ。
センティスの方が落ち着いたら休暇と称してイレーネの元に送ってあげよう。
「これから忙しくなるよ?ジェシカにはいっぱい働いて貰うからね?」
「臨む所です。なんなりとお申し付けください!」
ジェシカは優しく微笑んだ。
本当に頼りになるメイドだ。
必ず休みをあげようと私は固く決意した。
マシュー君メインの話を書いてみました。
如何だったでしょうか?
マシュー君の言葉攻め(意味深)に赤面しっぱなしのリリアナですが、人並みにマシュー君の事を家族として大切にしているんだと思える様に描写したのですがどうでしょう?
こうゆう時、作者の筆下手を悔しく思います…
姉さん大好きっ子に成長してしまったマシューですが今後の活躍にご期待下さい!
次回はあの人が久々の登場?!
お楽しみに!
ブクマ、感想、レビュー、評価お待ちしております。




