お嬢様は王宮へ赴きました
一日に三度の交渉をして二日が過ぎた。
王都は忍び寄る戦争の気配に日々慌ただしくなっている。
私の方も大忙しだ、翌日の朝早くに手紙を持たせた若い騎士レントンをアルデン領まで遣わせ今日の夜か明日の昼頃には到着するはずだ。
私は朝の用事を済ませて早速準備に取り掛かる。
一つは私兵や雑務を任せる若い男女を百人ほど集めるのだ。
ほぼ私の秘書と化したジェシカに手配させ、集まり次第アルデン領とセンティスの中間にある領境の村へ送らせる。
ジェシカ任せだが、彼女なら何とかしてくれるだろう。
二つ目は王都の貴族街と平民街の中間辺りに私の屋敷を購入した。いつまでも宿暮らしでは些か不便なのだ。ここを王都での活動拠点にするつもりだ。
父や母、マシューや家臣は実家(じいちゃん家)に向かうので正真正銘私の持ち家となる。
三つ目に食料と布製品の買い占めだ。これはジョセフ達騎士に任せている。なんせ嵩張るからね。
私は非力な七歳の少女だからそんなこと出来ないもん!
…うぅっ、自分で言って吐き気がした。
四つ目、これが一番大変だ…これから王宮に向かい、陛下やジェネシス公、教皇と話し合いをするのだ。今から気が重い…
「お嬢様、とてもお似合いですよ!王子さまみたいです!」
「あはは…ありがと」
鏡の前に立った私を見てイレーネはそう喜色を示した。
今私は正装をしている、それは良いのだが男子用の正装なのである。
これは仕立て屋のミスなのであるが剣を振るうため髪を肩から上で切っている私にも落ち度がある。
七歳やそこらでは男女の性差などほとんどないだろうから構わないだろう。別に陛下に会うのに失礼ってわけでもないし。
だが、問題はあまりにも似合い過ぎてることだろうか。
この生まれ変わったリリアナの顔は、前世に比べ、とても整っていて見る人からすればさる貴族の嫡男だろうと思う人も居るのではないだろうか。
私自身、貴族の子息用の男物のシャツとズボンを好んで着る。着れなくなったものはマシューのお下がりになるのだ。
閑話休題
私は喜ぶイレーネをせっつき、さっさと王宮に向かうことにした。王家の家紋が入った馬車に乗り込むと中にはジェネシス公とじいちゃんが居た。
え?なんでじいちゃんが?
「おはようございます。ジェネシス閣下。とお祖父様?なぜお祖父様がいらっしゃるのですか?」
「こっちが聞きたい。リリアナよ、何故一言も相談せず独断したんだ。閣下からの遣いの者が来た時は困惑したんだぞ?」
「あ…ごめんなさい…」
怒り始めたじいちゃんに頭を下げる。私は悪くない、戦争の被害を減らそうと努力しただけだ。大人は身分が高ければその分腰も重くなる。それでは開戦までに間に合わないだろう。
「儂も来るよう陛下に言われておる。その前にお前の考えを改めて聞こう。」
「ふはは、自分のしでかした事の大きさを自覚しておらんようだな、リリアナ嬢よ。何故怒られてるのか理解してない顔だ。これはまた…フフッ…アルデン卿、あまりお怒りなさるな。さぁ、そこに座るといい」
「はい、恐れ入ります」
馬車がゆっくり動き出す。それから私はじいちゃんに自分の考えを伝える。時折ジェネシス公の解説を挟みながら王宮に着くまで考えの擦り合わせを行った。
王宮に着くと更に速度を落とした馬車で宮内の舗装されたスロープを登っていく。
侯爵以上の貴族用に設けられたもので普段は王の許可がなければ使用することなどない。
戦時や緊急を要する時のみ一般兵や貴族にも許可は下りるが滅多にないとのこと。
スロープを登り終えたのは体感15分ほどだろうか、馬車を降り一つの部屋に通される。
中には法衣に身を包んだ者とその傍仕えであろう若い男性が居た。教皇か…
「これはこれは、ジェネシス侯爵様、アルデン伯爵様、おひさしぶりにございます。おや、そちらのご令嬢?は初めましてかな?」
丸々太ったおじさんが汗を拭きつつそう言ってきた。コロンと汗の匂いが混じって少し気分が悪くなる。令嬢かどうかで疑問譜を浮かべたのは私の格好のせいだろうか。
「アルデン伯爵家嫡子リリアナ・リモーネ・アルデンです。教皇兒下、以後お見知り置きを」
「これはこれはご丁寧に、キース・ブランテッドです。私のところまで貴方の名は届いていますよ。かの宝石姫に会えるとは何たる光栄でしょうか」
「噂など所詮は噂でしかありません。伝える者が面白おかしく背鰭尾鰭を交えて伝えるものです。私は平凡な七歳児ですよ」
ふふふと笑い場を和ませる。公爵家から領土を買った私が平凡な七歳児な訳あるかとじいちゃんとジェネシス公が訴えてくるが知らんぷりだ。
それから一言二言交えていると使用人がノックし報告をした。
「間もなく陛下が参られます。ご準備の方をお願いします」
「もう時間か。続きは後にしよう」
「ええ、そうしましょうか」
じいちゃんと教皇が話を切り上げ私以外の三人が一口紅茶を飲む。
すると目の色が変わった。
臨戦体制に入ったという合図だろうか。私も慌てて紅茶を飲むと喉を湿らせた。
その後すぐ立ち上がる間もなく応接室に赤髪を肩まで下ろした一人の男がノックもせず入ってきた。
「皆のもの、集まってもらい悪いな」
「ご冗談を、我らは陛下の臣下でありお呼びとあらば駆けつけるのが臣下の役目であります。」
「ふむ、そう言ってくれるか。そこの者がリリアナか…ふむ、余がアムスティア王国国王ブルート・カシム・フォルツ・ジアンビ・カッセロ・ペンディオン・アムスティアである。まぁ、まだ子供だ。長いので全部覚えなくていいがな、はっはっは!」
うん、長いよ…けど…前もって陛下の名前は勉強済みだ。先代から先々代の名前も予習済み。名前を間違えて無礼打ちなんて過去にも何度かあったらしいし、その辺は気を遣う。
「初めましてブルート・カシム・フォルツ・ジアンビ・カッセロ・ペンディオン・アムスティア陛下。既知だとは思いますが自己紹介させていただきます。トニオ・メロース・アルデンが嫡子、リリアナ・リモーネ・アルデンと申します。以後お見知り置きを」
「なんとっ!ふふふ…あっははっはっは!これは驚いた、貴公の英才ぶりは聞き及んでいたがここまでとは知らなかったぞ。ふむ、軽いじゃれ合いはここまでとして本題としようか。ジェネシス公、始めてくれ」
「はっ!では此度のジェネシス領センティスのアルデン領への譲渡でございますが、先んじて伝わっている通りガルム帝国が大規模な侵略を開始したことに端を発しますーー」
ジェネシス公がはきはきと現状を話し始める。その言葉を聞く限り私を少々持ち上げ気味だが今はそれがありがたい。さすがオリヴィエたんのパパだな、完全に私の言い分を尊重してくれる。ここまで持ち上げられると顔を隠したくなるほどだが、今は陛下の御前。そのような無礼はできない。
「以上がリリアナ嬢との間に取り決めた条約となります。ここまでで何かご意見はあるでしょうか」
「うむ…些かリリアナ有利な条件ではないか?余はもう少し公平を期しても良いとは思うがな」
陛下が長い沈黙の後にそう呟いた。が、すかさずジェネシス公が口を開く。
「そこは私も承知の上です。身内の事ではございますが、妻が亡くなってから娘のオリヴィエは私以外に専属のメイドくらいにしか懐きませんでした。しかし、ここ数日リリアナ嬢の事を次はいつ訪ねてくるのかと私に数時間置きに尋ねてくるのです。人の悪意に敏感な娘がそこまで言うのです。リリアナ嬢が二日前訪ねてきて会合した後、娘はこう言いました、『あの子は信用して大丈夫』と。そう、私に言ってきたのですよ。私は彼女を信頼していますよ」
「ふむ…双方合意の上でなら余が口を挟むまでもないな…ムッ?リリアナ嬢、どうかしたか?」
ここで予想外の情報が…!オ、オ、オリヴィエたんの好感度が最大値まで極振りだとぉぉ?!
これは…!これは…!
あはは、もうこの会合がどうでも良くなってきたよ!
いますぐ会いに行こう、そして結婚しよ!
新居もあるしね!あ、少し狭すぎないかな…?
でも狭い方が二人で長く居られるもんね。
でも待てよ、子供が出来たらどうしよ…??
うーん…あ、女同士だから出来ないか。
あははは!
「おいリリアナ、顔が緩んでるぞ?陛下の御前だ、しっかりしろ」
はっ!じいちゃんに注意され私は妄想の中から引き戻される。やばいやばい、一度トリップすると誰かに声を掛けられるまでそのままだからな私。
「も、申し訳ございません、ジェネシス閣下のお言葉があまりにも嬉しかったもので」
「全く…普段はくすりとも笑わぬ癖に陛下の御前でその様な態度ではいかんぞ?陛下、閣下、孫が失礼しました」
じいちゃんにお小言を言われ反省する。
「良い。リリアナもまだ幼子よ、集中力を欠くのも必然。なぁ、ジェネシス公よ」
「はっ、陛下の御心のままに。リリアナ嬢、またオリヴィエに会いに来てくれるか?」
「もちろんでございます。今度は土産に焼き菓子をもってお邪魔させて戴きます」
今は公爵に任せて陛下のご採下を待とう。
「ふむ、話を纏めようか。良いだろう。余が認める。リリアナ・リモーネ・アルデン!貴殿を準名誉子爵に任命する。センティスの地を運営し、民の繁栄に専念せよ!これよりセンティスの家名を名乗れ。ジェネシス公とアルデン伯を後見人とする。その手腕に期待しているぞ!ブランテッド、教会も十分な支援をしてやってくれ」
「ははっ、領地まででなく爵位まで戴けるとは光栄の極み!これまで以上に邁進する所存であります!」
「畏まりました」
こうして私は準名誉子爵の位を手に入れ正式にセンティスの地を譲渡されたのである。




