お嬢様は公爵に謁見しました
適当に食事を口に放り込み宿を飛び出し馬車に乗り込む。行き先はジェネシス公爵邸。
ジェネシス公爵家…アムスティア国王の遠戚に当たる家で四代前の国王の王弟が興した家だ。
王国東部を統括する四公の一つで現在軍務尚書(日本で言う大臣)を担う。
現当主はその武勲と堂々とした立ち姿は戦場の英雄として名高くまた公爵家という最高位の爵位に見合う文官としての一面も持ちその才能を遺憾なく発揮している傑物だ。
そんな人物とこれから会うのだ、緊張しない方がおかしい。
先んじて動きジョセフに事情を説明してくれたジェシカに感謝してジョセフを先触れとして公爵家に向かって貰った。
これは時間との勝負でもある。
領民の命が掛かってるのだ、初手の早さですべては決まる。
先日までオリヴィエちゃんに会えないかなとやきもきしていた自分には悪いが交渉をさせて貰おう。
あわよくば一目でもオリヴィエちゃんに会えたら良いなぁ
…っと、相手は王族の次に偉い公爵家当主だ。
気合い入れて頑張ろう…!
馬車が停まったのは王城の真横に建てられた赤煉瓦の家。
広大な敷地の中に立派な屋敷があった。
門番と思われる男二人とジョセフが私の到着を待っていたのか、きびきびした動きで一人は屋敷に向かい、もう一人はジョセフとこちらに向かってきた。
「ジョセフ、この子があんたの主で間違いないか?」
「あぁ、間違いねえ。お嬢様、こいつは俺の従兄弟のホセだ。公爵家に仕えてる。」
ジョセフの従兄弟か…確かに顔立ちは似ている。
髭があるか、ないかの違いくらいしか見当たらない。
同じ格好をしていれば見分けがつかないだろう。
ちなみに髭がないのがホセ、あるのがジョセフだ。
「初めましてホセ。私はリリアナ・リモーネ・アルデン、父トニオの名代として本日は参りました。ここに居るジョセフには剣技を習っているの。よろしくね?」
ホセに挨拶しながら手を差し伸べる。
驚いた表情をしていたが、理解したのか、私の手を握り返すホセ。
「こいつぁ驚いた!伯爵令嬢様が平民に握手を求めるなんてな…!ジョセフから聞いてたがこいつが気に入る理由も分かったぜ。よろしくなリリアナ様」
ホセも敬語が出来るのだろうが子供を相手にする口調だ。
まぁ、実際そうだし気にしない。そういえばジョセフは休みの度に出掛けてたな。
もしかしたらホセと会って私のことを酒の肴に飲んでいたのかもしれない。
その時、中に入っていった門番がこちらに駆けてきた。
後ろにはザ・執事といった様相のナイスミドルも居る。
あだ名はセバスチャンだなと勝手に名付け老紳士に対面する。
「お待たせ致しました、リリアナ・リモーネ・アルデン様。当主の準備が出来ましたのでどうぞ中へお入り下さい。」
「ありがとう、これは少しばかりの心付けよ。受け取ってちょうだい」
この世界にはチップ制度がある。
特に貴族に蔓延しているこの制度は平民や他家の家臣に施しを与えるという理念だ。
私からしたら廃止しても良い文化である。しかし郷に入っては郷に従えだ。甘んじて私は受け入れた。
今私がしたのは最高級のもてなしをしなくていいから大事な話があるから人払いも頼む、といった意味合いだ。
渡す金額も決まっており金貨一枚が今私が出した額である。
もちろん後からホセにもジョセフを通して渡してある。
「お心遣い痛み入ります。応接間にて御待ちくださいませ。おっと、申し遅れました。わたくしセバスティンと申します。」
おっと…惜しい…!
その顔でセバスチャンじゃないとは反則だろ…私は一人で勝手に賭け負けてしまった。
そんなことは置いといて応接間に通された私はソファに腰掛け足をブラつかせる。
来る前とは違い、何故か緊張はあまりしてない。
じいちゃんに会った後だからだろうか?私の心は晴れやかでずっと背負ってきた重荷がなくなった影響かもしれない。
出された紅茶を飲んで待っていると部屋にノックが響く。
返事をするとそのまま部屋に三人の人物が入ってきた。
一人は先ほどのセバスティン、もう一人はがっしりとした大きな身体に威厳を表すかの様な強面の男の人。この人が当主さんかな?
最後の一人は私と同年代の小さな女の子。まさか…!!??
「初めまして、私はリリアナ・リモーネ・アルデンと申します。本日は私などのために貴重なお時間を裂いて頂きありがとうございます。」
「当主のラッセンだ。宜しく頼む。貴公の噂は予々聞いておる。我が娘オリヴィエと変わらぬ歳で様々な功績を残しているのは儂の耳にも届いておるよ。おっと、すまんな。うちの娘のオリヴィエだ、同席させても構わんか?」
「オリヴィエ。よろしく…」
「オリヴィエさま初めまして。私のことはリリアナとお呼び下さい」
ちょこんと癖のない翡翠色の長髪を揺らしながらぺこりと頭を下げる少女。恥ずかしいのか公爵の足元から離れようとしない。
うん、やっぱりオリヴィエたんだ!可愛い…可愛すぎる…!こんな天使みたいな子が将来あんなキャラになるなんて誰も思わないだろう。
おっと…感動するのも良いけど、今はお願いしに来てる立場だ。
内心では今すぐ裸で歓喜の舞を披露したいところだが私は落ち着いて余裕ある笑みを浮かべた。
公爵直々に言われたら断れないので私はただ頷くことしか出来なかった。
もちろんこちらとしても仲良くなりたいし同席に関して否やはない。
許可を貰い椅子に掛けるとセバスティンが新しい紅茶を入れてくれた。
それを飲みながら私の仕事の話や世間話を挟みつつちょうど良い間が出来たので本題を伝える事にした。
「改めまして本日お願いしたい事がありまして、閣下のご許可を頂きたく…もちろん、後に陛下へ上申しますがまずは閣下のご許可を」
「申してみよ」
「それでは…現在南のガルム帝国が兵を起こし攻め寄せようとしている話はご存じでしょうか?」
「うむ、儂の耳にも届いておる。そういえばアルデン領は南の中心辺りだったな」
やっぱり公爵ともなればそのくらい知ってるよな。軍務尚書だし報告くらいは来てるか。
「仰る通りです。既に残された期日も一週間を過ぎました。しいては戦時中だけでも閣下の領地…センティスに我が領民を避難させたいのです。」
センティスと聞き公爵の片眉が吊り上がる。おぉ…おっかないなぁ…
「むぅ…センティスをか?」
「もちろんただでとは言いません。購入させていただきたいと思います」
私は緊張する鼓動を確かめながらゆっくりとしかし堂々と公爵に意見を伝えた。




