お嬢様はガチギレしました
メイドさんに運ばれてきた果実水を飲みながら前世の物思いに耽っていると30代前半くらいの紳士とその横を歩く私と同じくらいの子供がやってくる。
子供の方は大きな箱を抱えている。
またか…ちょっとは休ませて欲しい…
さっきから引っ切り無しに人が押し寄せてくるので少し辟易している。
「リリアナ嬢初めまして。私はバール伯爵家のトールと言う。七歳のお誕生日おめでとう。実は君のお祖父さんからプレゼントを託されているんだ。あぁ、この子は私の息子のアイズだ。アイズ、挨拶を」
「初めまして。バール伯爵家トールの息子アイズです。此方がヘンディ様からのお手紙と贈り物です」
にこにことしているアイズ少年に渡された箱は小刻みに震えている。あとカシカシと硬いもので箱を引っ掻くような音も。
なんだろ、生き物かな?
「態々お届け下さり有難う御座います。ここでお開けしても?」
「あぁ、もちろんだとも。早く出してあげると良い。」
トールがゆったりと頷くのを確認してから箱を開ける。
後ろからレインちゃん達が覗き込んでいるのが気配で分かった。
「わー、可愛い!」
箱の中には一匹の犬。
ヨークシャーテリアだろうか。
小型犬が入っていた。
「その子の名前はシャーリーだ。こっちが血統書でこれがヘンディ殿からの手紙だ。」
きちんと躾られているのか全く吠えない。
指を近付けても噛まない様だ。
私はシャーリーをタニアちゃんに預けバール父子と相対する。
祖父の手紙にはお祝いの言葉と会いたいという話。
そしてアイズと婚約しろとの一文が有った。
ふざけるな!
私は手紙をクシャクシャに丸めた。
「どうやらお気に召さなかったみたいだね。アイズとの婚約話は。」
あー…やっちゃった…
目の前でクシャクシャに手紙を丸めてしまったので言い訳など出来ない。
やられた!!
どうしよ…
でも本当に頭に来たのだ。
「すみません…祖父からの贈り物は確かに受け取りました。しかし、婚約話は学園の卒業まで待ってもらう様に祖父に言ってあるのです。それを一方的に決めた祖父の手紙に少し感情的になってしまいました…申し訳ございません」
こうゆう時はとりあえず平謝り作戦だ。
勿論私が悪いのは認めよう。
しかし、一方的に婚約話を進めるのは約束の反故である。
もちろん目の前のアイズ少年には非はない。
それは肯定しよう。
だけどあんまりだ!
これは祖父に会い直談判する必要がある。
近々王都へ向かうとしよう。
アイズ少年はそんな私をにこにこしながらずっと見ていた。少しイラッとする。
「実は私は魔法省の人間でね。ヘンディ卿の孫娘としてではなく君自身にとても興味があるんだ。あの魔導伯の才能を受け継いだ君自身にね。もしもアイズに嫁いでくれるなら私が出来る事を一つ叶えてあげよう」
真剣な眼差しで私を見つめるトール卿。
そのブルーの瞳に吸い込まれそうになるが私はオジ専(オジさん専門)ではない。
視線を逸らした。
「とても光栄なことですがお断りさせていただきます。今は勉強と剣の鍛練に集中したいんです。祖父には私から伝えておきますのでこの話は無かったことに出来ませんでしょうか?」
それは心からの懇願だった。
祖父の暴走で勝手に婚約話を進められた貴族令嬢の私には決定権はない。
家同士の結び付きが目的だからだ。
「分かったよ、ここは身を引こう。またアイズを連れて遊びに来ても良いかね?」
「ええ、歓迎しますわ」
心にない言葉が咄嗟に出た。
今は直ぐにでもこの対面した状況を終わらせたいのだ。
「また会えるのを楽しみにしてるよ、じゃあねリリアナさん」
アイズ少年がイライラする様な笑みで手を振ってくる。
さっさと行け!
私は貴族の風習に抗いたい。
自由な恋愛が出来ない世界なんてつまらないじゃない。
男は苦手…こうやって対面して話すのも吐き気がする。
少しずつ慣れてきた男の接触も多分当分は出来なくなるだろうな…
私はトール卿とアイズ少年が離れていくのを睨みながら見送った。
さっきまでの幸せな時間が嘘のように霞んだ。
私は今世初、ガチギレしてしまった。




