リリアナ•イン•ドリームワールド9 -Redemption’s door-
よしーー決めた。
「それじゃあ、贖罪の扉で。」
「ほう、贖罪を選ぶか。ヨル、少し説明してやれ。」
「分かったわ、主様。贖罪の扉の主人公は…そうね、リリーちゃんに分かりやすく言えばとある聖女のお話よ。それも大陸暗黒時代の、って注釈が付くけど。その辺は…行って見れば分かる筈よ、まぁ生活水準が低すぎて最悪な部類だけど貴方ならその辺の耐性はあるでしょ?」
うへぇ…大陸暗黒時代って建国以降最大の乱世じゃん…アムスティア王国も王都周辺以外の辺境が謀反を起こして世は正に乱世乱世って感じのひどい時代だ。
「まぁ…あるっちゃあるけど好き好んで見たいとは思わないよね…しゃあない、行くって決めたからにはさっさと行っちゃおう!またね、ゲームマスター、ヨルちゃん達!」
「うむ、良い夢路を。」
私の目の前に赤黒い扉が現れる。うえぇ…なんかドアノブがベタベタする…と思い一歩踏み出した瞬間には私の意識は暗転した。
ーーー
ーー
ー
アンジェリーナの時の様に私は一人の少女の身体を間借りしている。ぼんやりと暗い部屋の中、ぼーっと天井を見上げる。誤魔化し程度の襤褸切れに包まれた藁の上で仰向けになり、何を考えるでも無く、上の空だった。
少女の記憶が私の中に流れ込んでくる。名前はマリーザ。第十四代聖女の位を賜った初代先祖の傍流の傍流に当たる家柄。要するに長い年月を掛けて、血が薄まっていきマリーザは分家の分家で本当に聖女の血を受け継いでいるのかも怪しいほどだ。だがマリーザには確固たる証拠となる強大な魔力と治癒力を持っていた。約二百年間で十四人もの少女が代替わりしている。
十四代と言えば任期を平均五十年と考えるとかなりの年月を感じるだろう。とは言っても結婚して引退したり謀殺されたり政治に利用されたり…と色々な理由もあってリカーナの時代から二百年も経っていないのだが。
マリーザについてもう少し説明すると、年齢は十四才で本来であれば、艶やかな黒髪と青い瞳を持った美少女だ。だがその瞳は濁り、美しかったであろう髪はボサボサで肌は垢まみれだ。
マリーザはとある貴族家当主の姪として生まれ、聖女であると分かると子供が居なかった叔父夫婦に引き取られた。
最初は良かった。
叔父は優しくマリーザが不自由ない様にと何でも買い与えてくれた。しかしマリーザが十二歳になった年、流行り病に罹患した叔父はぽっくりと逝ってしまった。
それから叔母の態度が急変する…マリーザを納屋に監禁し、酷い時には三日に一度しか食事を与えられず、服は襤褸切れを押し付けられ、身体は拭うことさえ叶わない。
叔母の機嫌が悪くなれば、マリーザの元を訪れ殴る蹴るの暴行はまだ優しいものだった。聖女として優れた治癒能力を扱えば身体の外傷などはものの数分で回復出来る。
そんな生活を送ること二年。狭く傷みきった木の隙間から漏れる日差しで朝だと認識したマリーザは濁りきった瞳をゆっくりと開く。ぼーっとしながら過ごしているとぐぅ…と腹の虫が空腹を主張してくる。しかしいつもの事だ。三日前に与えられた黴の生えた固い黒パンの食べ残しをむしり口の中に放り込んだ。
何時ものように無益に一日が過ぎていく。マリーザはそう思っていた。
しかし、その日は違った。
ガチャガチャと金属が犇めく音が聞こえる。
他には怒号を上げる男の声。そして誰かの断末魔。
なんだろう、とマリーザは不思議に思ったが自分には関係のない事だとすぐに考えを改めて思考を停止した。
「マリーザ様を!聖女様を探せ!この近くに監禁されている筈だッ!」
「「「オウッ!!」」」
ガタリ、と納屋の錆びきった蝶番が悲鳴を上げ納屋の中に光が差し込む。思わず目を隠し眩しさに怯んでいると、女性の声がした。
「マリーザ様で御座いますね?御迎えに上がりました。わたくし聖光教会騎士団所属、ミザリアと申します。悪魔憑きのブランダの手より御身をお救いに来ました。」
ブランダは叔母の名だ。悪魔憑きとは、何かの切っ掛けにより精神が磨耗し、豹変した人の事を指す。本物の悪魔は居ない。が、聖光教会はそれを悪魔と定義していた。
「……ぁ…」
声を出したのはいつぶりだろうか。
納屋に監禁され連日連夜泣き叫び戸を叩いた記憶を思い越す。
からからに乾いた喉は発音するのを嫌がるかの様に虫の鳴く様な小さな音しか出なかった。
意味を成さない声に騎士ミザリアはマリーザを抱き抱え納屋を後にする。
やがて久方振りに見る外の景色はマリーザを震撼させた。屋敷は焼け爛れ、周囲の風景はマリーザの記憶とは何もかもが一致しなかった。唯一変わらないのは青々と晴れ渡った空くらいだろう。
ミザリアはそんなマリーザの心情を察したのか、声を掛けてきた。
「助けが遅れてしまい申し訳ございませんでした。現在屋敷を制圧した騎士二十名と従士百名がこれより集合します。マリーザ様は此方にておやすみ下さい。」
と言い残して、何処からか運ばれてきた椅子と机に戸惑いながらもミザリアの言葉に従い椅子に腰掛ける。温めの水に柔らかな菓子を従士らしき者から受け取るとその人はマリーザに一礼するとミザリアを追いかけた。
「ぁ……と…」
ありがとう。という言葉さえ喉から出ずいつかは言おうとマリーザは決めると、水の入った器を手に取り口を付けた。
喉を潤し生の実感を感じた。
続いて女中のような女性が目の前に数人現れマリーザの手を引いていく。衝立が置かれた場所に辿り着くと襤褸切れをナイフで切られ脱がされる。
蒸した布で身体を拭かれ、清潔になると香油で髪を整えられ服を着せられた。
二年前まで当たり前だったことが出来ない不甲斐なさ、やっと解放されたという安堵にマリーザは涙を一筋流した。
「マリーザ様!涙が…」
用事が終わったのか駆け付けたミザリアがマリーザの変化に気付き動揺するもマリーザは首を降る。
「だ……ぅぶ」
「承知しました。お綺麗になられましたね。此方へどうぞ
、派遣された者達を集めております。失礼します。」
すっかり筋肉が萎縮し、骨と皮だけになってしまってはいるが、溢れ出る程の膨大な魔力によってどうにか生かされている状態のマリーザの目に一筋の涙が溢れた。
救われたんだ。そう自覚するのに時間は然程掛からなかった。思えば叔父が亡くなってから…いや、聖女の力を持って生まれたこの不運を自分は受け入れて生きていくしかない。この力は呪われた力。だけど、誰かを癒す事が出来る力でもある。受け入れていくしかない。十四才の少女は覚悟を決めた。
やがて何事かを喚き立てる叔母が中庭に連行され、首を跳ねられる姿を目撃したが何も心が動かなかった。
書きかけを投稿していたみたいです…申し訳ない。
23.10/20編集し直しました。




