表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/232

【月夜に潜みし暗影】

その日の夜、私は宿の一室で一本の巻物を机に置いたまま相対し一人腕を組み悩んでいた。


「うーむ…どうしたものか…?忍者ジョブ取る…?いや、取れるのかな?」


日中に手に入れた忍びの《極意•入門編》と巻物。

死天王であるシノビマスター•テンカとの接触が出来る唯一無二のアイテムだ。原作ではテンカと初戦闘を終えた後、素早さと運のパラメータが基準値を超えていると低確率で現れる忍者ゴブリンを倒した際、更に低確率で落ちるレアアイテムで有る。前世ではこうたと『落ちない…落ちない…』と言い合いながら連日徹夜しても手に入れられなかった代物だ。それが今世で手に入るとは数奇な運命も有った物だ。


「心は最初から決めてるんだよなぁ…だけど呼び出したとして素直に教えてくれるのだろうか…」


もしも封を解いてテンカが現れたとして。

素直に教えを解いてくれるだろうか?前世では生憎テンカフラグを立てる事すら出来なかった為、うろ覚えの攻略情報しか知らない。


分かっているのは【新月の晩】、【誰も居ない真っ暗な部屋】で【巻物を開封】する事だけ。

それ以外の情報は知らないし、入手する術が無い。

ここは私が一人で借りている宿の一室で都合良く今夜は新月。後は巻物を開封すればテンカが現れるだろう。


「まぁ…悩んでも仕方ないか…!女は度胸!って死んだばっちゃんが言ってた!よしーー」


死んだばっちゃんとは勿論今世では無く前世の話だ。それは置いといて…

巻物を掴み魔力を充填する。と、暗い部屋に窓も開けてないのに一陣の風が吹く。


(わたしをしょーかん) (したのはあなた?)


耳元で囁かれたその声は女性にしては低音で、しかし落ち着き払った声音に、少しだけ私は安堵した。


「ええ。久しぶりだね、死天王テンカ…いえ【月夜に潜みし暗影】シノビマスター•テンカ殿。私に忍びの極意をご教授願いたい。」



(その覚悟、) (しかとこのテンカ、) (受け取った。) (しゅぎょー、する。) (秘術•奇々転々)


テンカが印を結び言葉を紡ぐと、私の視界は暗転し次の瞬間には別の空間に立っていた。

其処は日本人ならば映画やドラマで一度は見たことが有るだろう巨大な敷地に覆われた武家屋敷だった。周囲は明るくまだ日が上っているためか周囲を観察するには充分だった。

私が立っているのは玉砂利が敷かれた立派な庭で、視界の端には獅子威ししおどしと池、よく手入れされた盆栽が見えた。


いきなり転移させられるとは…ここは、テンカの邸宅だろうか?縁側に腰掛けたテンカはお茶を啜りながら私に脇に置いてある葛籠つづらを指し、口を開く。


(これ、着替える)


距離が離れていたためか、相変わらず聞き取れないがあの葛籠を開ければ良いのだろうと察する。中には忍び装束と苦無、手裏剣、それから短刀や煙玉らしき物が入っていた。成る程初心者パックみたいなものか。私はテンカの近くに寄り肌着の上から袖を通し、装備を整えるとテンカの方へ振り向く。


(名前、教える。)


「私の名前?リリアナだよ?」


(此処ではその) (名前、捨てる。) (あ、瑠璃千代揚羽…) (リリチヨが良い、) (そう名乗る。)


テンカが視線を彷徨わせ庭に咲く花に停まるアゲハ蝶を見て、リリチヨと私に言った。


リリチヨねぇ…


(それと此処では) (自分を拙者、) (わたしを頭目と呼ぶ。) (コレが此処での) (最低限の条件。)


「分かった…じゃなくて、承知したでござる!それと、コレは拙者から頭領への手土産にござる!声を相手に伝え易くする魔道具にございまする。魔力は既に充填済み、首に掛けて話すだけの簡単な代物にござる!」


やるならとことん、が私の信条だ。私のロールプレイスキル見してやんよ!


「あーあー、ヒィッ…!」


突然大きくなった自分の声に驚くテンカ。口元は布で隠され分かりにくいが、少し引き攣っている様だ。例の巻物を見つけた所で買った拡声の魔道具。テンカフラグが立ったと思って買っておいて良かったぁー。


「頭目、大丈夫でござるか?」


「だい…じょーぶ。声大きかったからびっくりしただけ。これ、凄い。リリチヨ、ありがと。」


「お気に召して頂き良かったでござる。では改めて…忍術指南、お願い仕りまする…!」


「うん。最初は滝行。」


「またベタな…」


三十分程、岩の上で座禅を組んで座ると頭がスッキリしたのと身体が芯の底から冷え始めた。


「ざ、ざむいぃー」


「つぎ、お風呂」


私が入れるのかと思いきやテンカが入り私が火加減を担当した。だが身体は遠火ながらも暖まり忍び装束も乾いてきた。


「つぎ、水走り。」


それから幾つかテンカの出すお題を苦戦しつつも挑戦して何とか条件を満たす。

壁走りと言われた時は、物理的に無理だわッ!と突っ込んだが、勢いって凄いね、出来ちゃったもん。



「最後はご飯。あれ、倒す。」


ぎゅるる…という音を鳴らしたテンカが指差す方向を見ると巨大な猪が。

山の上に居るのにかなり大きく見えるっいう事はつまり、それなりに大きいという事で…いや!デカ過ぎ?!最低でも三メートルは越す巨躯である。太く鋭い牙に貫かれたら一溜りも無いだろう。魔法無しであれを倒すのかぁ…大丈夫だろうか?


「裏山の主の…鍋…そう、ボタン。生半可な攻撃は硬い毛皮に弾かれる。危ないと思ったら躊躇わず逃げる。大怪我じゃ済まない。」


鍋が食べたいからって適当に決めたよね、頭目…?


「承知っ!」


よっし、頑張るぞぉ!




••

•••



むーりー!何度目かの挑戦を経て私は大猪から逃げてきた。何あの化け物?!さっきの決意をあっさりと覆す程に困難を極めていた。短刀は折れ、苦無や手裏剣は何処かへ消えてしまった。

単純に、速い、硬い、強い…まるで自走する山を相手してるみたい…魔法無しじゃどうにもならないや… ん?私って普段から魔法頼りなんだな…

猪のくせに鋭角なカーブに対応してくるし、手持ちの道具じゃどうにもならないな、これ。まぁ武器全滅したんだけど。テンカは長刀の手入れをしながら四苦八苦する私を見てクツクツと笑っていた。

あれ?何か引っかかるよーな…何だろ?


「頭目、もしかして刀を借りられたり出来る?というかそれが正解じゃ?」


「正解。最後だから教えてあげた。これを使えば今まで学んできた基礎を含めて勝手に体が学習する。そうだね…おいで空骨丸からぼねまる。」


そう言ってテンカが刀の名を呼ぶと独りでに数多の刀剣の中から浮かびあがったのは一本の長刀。

忍者刀、銘を空骨丸と打たれた長い刀。艶消しされた黒い刀身で一メートルは裕に超えてるだろう。

本物の日本刀。日本人なら誰もが憧れるだろうそれを手に握り私は恐る恐る刃を鞘から抜いた。

瞬間、強風が私を襲う。と、同時に身体の動かし方、呼吸の仕方、知らない知識が私の脳内を駆け巡る。そして私は理解した。現状に於ける最善の大猪の倒し方を。それからの行動は早かった。


「忍法…分身の術!おぉ、出たよ!」


忍術。魔法とはまた毛色の違うこの世界での独特の技術だ。印を刻む事をトリガーとして、内側に眠る魔力とは違う生命力を削った代償として様々な現象を起こすことが出来る。身に付けたばかりの知識を用いて人差し指と中指を垂直に立て印を結ぶとボンッという音と共に私と同じ姿形をした分身が現れた。


不思議な感覚だけど、簡単に説明すればHPとMPのステータスバーがあるとする。魔法はMPを、忍法はHPを削る感覚だろうか。でも単純な基礎の基礎とは言え数分で消える、若しくは一撃でも受ければ消える分身でも頭数は二倍だ。それだけでも十分に脅威となりえる。


「よっし!こんにゃろうー!!」


凡骨丸を抜き猪の正面と背面に対峙する。後は分身体だ。当たらなければどうという事はないのだ、ふぅーはははッ!!


避けて避けて、斬り掛かって、弾かれて、また斬り掛かる。分身体が後方からじわじわと後足に傷を付け出血を伴わさせる。並列思考というよりもう一つ頭の中に分身を動かす為の窓口が出来た感じである。


「フッ…甘い!今までの拙者と見くびるで無いぞ!」


力任せの突進に併せて忍法•空蝉の術ぅー!接触する瞬間に私の身体は大猪の背に移動し、忍び装束を着た丸太が牙に突き刺さった。私の居た場所には大岩が背に有ったので見事正面衝突。背に乗った肌着の私は衝撃を受けながらも首筋に空骨丸を突き立てた。


「これでッ…終わりだァー!!」


分身と交差して首を断ち切り、血飛沫が舞う中崩れ落ちる大猪を背後に私は拳を天に構え吼えた。


「いよっしゃ!」


「リリチヨ、よくやった。空骨丸もリリチヨを主と認めた、それは貴方の物。これからは中忍を名乗ると良い。」


頭目の手には鉢金が握られており、私は恭しくそれを受け取った。


「頭目…有難うございます!」


「ん。ご飯、しよ?」


頭目は数百キロを超える大猪を軽々しく持ち上げると武家屋敷の方へ歩き始める。


え?そのまま運んじゃうの?忘れていたがテンカは魔族だ。頭巾の下に出来た膨らみは魔族の象徴たる二本の角。設定や背景は生憎忘れてしまったが、何か引っかかる。


テンカと食事を取り終えるとテンカが私が居た宿へと送ってくれる。新しい忍び装束を受け取り着替え終えた私は真っ暗な部屋に立っていた。

時間の流れが違うのか、まだまだ日が昇る様な時間では無い様だ。


「次会うまでにこれ、覚える。」


テンカに渡されたのは巻物の山。色々な忍術が書き記されているであろうそれらがベッドを埋め尽くす程に広げられていた。


「分かりました、頭目。」


「期待してる。けど今度会ったら敵同士。マオのお気に入りでも容赦しない。」


え?私の事覚えてたの!?テンカはイタズラが成功したかの様に覆面の下で小さく笑った。


「頭目…いえ、【月夜に潜みし暗影】、テンカ•シンゲツ。私も更に強くなって見せる。その時は貴方に一矢報いて見せよう!」


「楽しみ…これ、ありがとう。バイバイ。」


テンカはそう言い残すと一陣の風を残しその場から消えた。


ベッド片付けないと…

テンカ•シンゲツ 19歳 シンゲツ流忍術伝承者

魔族の生まれだが幼い頃両親と東の島国ヤマトを旅行中、山中で逸れてしまい忍びの両親に拾われ育てられる。魔法が使えないが補い余りある忍術の天才でメキメキと成長する。

寡黙で落ち着いた性格だが、実は人見知りである程度友好度を稼ぐと普通に話しかけてくる。(尚囁き声)

意外と面倒見の良い性格で、ゴブリンなどを集め忍術を教えたり、共に食事をしたりとその見た目にそぐわない行動ばかりする。忍び人口の過疎化を真剣に悩んでおり弟子は随時募集中。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ