閑話 姉の居ない日々1
年の瀬の喧騒慌ただしい最中、ユグドラさんを救出して二ヶ月が経った。
もうすぐ新年を迎えようとしている今日この頃、僕は姉さんの居ない執務机に腰を下ろし執務作業をしていた。
もう二週間もすれば王城にて新年を迎えるパーティーが開かれる。
作戦は成功。バルッセ公国は王国の一領土となり、今はバルムンク卿が残党狩りをしたり、戦後の復興を担当している。
助けられたユグドラさんは王家お抱えの医師の賢明な処置によって意識を取り戻し、今は王都最大の医療施設にてリハビリを受けている。
だけど…失ったものは大きい。
行軍した一割が戦死、更に二割弱が重軽傷を負った。
そして、最大の喪失は戦女神と名高いリリアナ・アルデン・センティス…姉さんの失踪。
あの日以来マリアンヌさんは僕と口を聞こうとしてくれない。
僕のせいか…?違う、あれはマリアンヌさんが何か魔法を使った可能性が高い。
少しだけ仲良くなれて居たのだけど、どうやら一方的に嫌われてしまった訳だ。まぁ、それは関係ないか。
この二ヶ月色々とあった。
まず一番辛かったのが、レインさんとの関係の悪化。
元々敵対視されていたけど、マリアンヌさんを抱えノコノコと帰ってきた僕を見てレインさんは僕の頬を叩き、それ以来顔を合わせようとしなかった。
「私が残って居れば…」
その時のレインさんの呟きが今でも僕の脳裏を駆け巡る。
戦争から帰ってきた僕は軍を代表して陛下に挨拶をして事の次第を話した。
僕がみた全てを話し、姉さんが突然魔人と共に消えたことも話したのだ。
陛下は終始、俯いたまま一言「そうか…」とだけ残して謁見は終わった。
無事奪還し、帰還した僕達を王都の民は祝福した。
センティス家当主代理となった僕に近付こうと様々な貴族が年の近い娘を連れ僕の元を訪れたが、センティス領から来ていたセバスさんにあしらわれ不満そうに帰っていった。
更にユグドラさんの所以外の三公爵家が僕の後ろ楯になってくれて騒動も一息吐き僕は平凡な生活を送っていた。
まぁ、その代わり四公家のご令嬢達とは未だに文を交わしている訳だが…。
執務の傍らそんな物足りない日常を思い出しながらも僕は筆を取ってサインをする作業を続けていた。
「ふぅ…」
「坊っちゃま。あまり根を詰めすぎては却って効率が悪くなりますよ?お茶に致しては如何でしょうか?」
「ありがとう、パルメラ。でも大丈夫だよ。…それと僕はセンティス伯当主代理だ。いつまでも子供扱いは止めてくれないかな?」
「これは失礼しました。当主代理様。それとお手紙を預かっております。宛名はエンディミオン家からですね。エンディミオン家家令の手によって届けられました。」
「またか…分かった。そっちから読もう。」
僕はパルメラから受け取った手紙の封を開ける。
拝啓マシュー・ガーズ・アルデン・センティス殿。
寒空の元鳴き出す冬蝉の音が増え出す最中ご献奏でしょうか?私は日々、魔術の研究に明け暮れております。
さて、こうして筆を取ったのは先日申し出た見合いの件でございます。
ご検討なさって下さったでしょうか?
リリアナ様という希望を失ってしまったマシュー殿の心中をお察ししますが、いつまでも躓いていては貴方の為にはなりません。
私の心は固まっております。
お慕い申しております。
貴方様の意思一つで直ぐにでも嫁入り道具を持って馳せ参じましょう。
二週間後、王城にてこの手を取りダンスのお相手をして戴けるかお待ちしております。
クトゥリカ・ホワイトベリー・エンディミオン
やっぱりクトゥリカさんか…。
クトゥリカさんとは何度かお会いした事がある。
姉さんがクトゥリカさんの足を治療するためにセンティス領を度々訪れており、姉さんが忙しい執務の時間帯は話し相手として接待したことがある。
「坊っちゃま、モテモテですねぇ?お受けになるので?」
「茶化さないで。少し一人になりたい。出ていってくれないか?」
僕はパルメラを追い出し、一人思案した。
ある日姉さんが忙しくて僕がクトゥリカさんと話していた時の事。
あの日、屋敷の外で訓練していた兵士が慌ただしかったので僕は窓から身を乗り出した。
「どうしたの?」
僕が慌てて走っている兵士の一人を呼び止めると、兵士は困った顔をしながら話してくれた。
領都近くでオーガの大群が発生したという話で、僕は何を思ったのかクトゥリカさんを連れファルシオンに跨がり、オーガ討伐へと向かったのだ。
初めて空を飛ぶクトゥリカさんは、それはもう大はしゃぎで僕はクトゥリカさんが落ちないかヒヤヒヤしていたのを覚えている。
オーガの群れに接近するとファルシオンが風魔法でオーガを四、五体纏めて倒すと僕はファルシオンから飛び降りてオーガ目掛けて剣を振るった。
クトゥリカさんは初めは大人しくしていたが、僕がオーガを次々倒すのを見て興奮したのか、ファルシオンから落馬した。
僕はファルシオンの嘶きで、クトゥリカさんに気付き、慌てて抱き止めた。
その時のクトゥリカさんの恥ずかしそうな顔を僕は忘れないだろう。
その後姉さんが、軍を引き連れてオーガを蹴散らした後、僕はこってり絞られた。
あの日からだ、クトゥリカさんが僕への行為を隠さずにこうして文に乗せ愛を囁いてくれるようになったのは。
戦後には一番最初に僕の所へ面会を希望したくらいだ。
正直クトゥリカさんの気持ちは素直に嬉しい。
僕だって男の子だ。
綺麗で優しいお姉さんから行為を向けられたら嬉しくない訳ない。
だけど、男爵家の生まれで借金の形として伯爵家の人質となった僕とは不釣り合いだと思う。
正にドラゴンとゴブリンだろう。
クトゥリカさんは綺麗で優しいお姉さんだし、四月からは同級生だ。
足が不自由だったクトゥリカさんは遅れながらも学園に通うつもりらしい。
仲良くしたいが、身分の差が邪魔をする。
だから僕は程々の距離を置くつもりだ。
それに最近サレナさんが度々、執務中に僕の元にノックせず現れ、
「ハッハー!マシュー殿、そんなに執務ばかりしては体が鈍るだろう!どれ、一つ稽古を付けてやろう!」
と、突然現れては僕に一本も取れずに逃げ帰ったりしている。
まぁ、一緒に戦った仲だ。
知らない訳じゃない。
だけど、あの日僕は自分の無力さを知った。
今では週に四回、ジョセフだけじゃなくバルムンク卿にも稽古を付けて貰っているのだ。
魔法の講師にはクトゥリカさんの妹、ルルイアさんを据え着実に力を付けていると実感する。
でも、やっぱり物足りないや。
姉さん、今頃何処に居るの?
早く帰ってきて僕を叱って。
褒めて。
あぁ、もうこんな時間か。
僕は湯浴みを終えて就寝した。
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