開戦
遅くなりました。もしかしたら来週から水曜日土曜日の更新になるかもしれません。
その場合は事前にTwitterにてご連絡させていただきます。
軍議の翌日、私率いる北方遠征軍は一路街道へと馬首を向けていた。
決戦の場になると想定されているカルディナント平原へ向かう。
ジョセフ麾下の選りすぐり一千が先行し、斥候の任務を兼任することになっている。
私は総大将として行軍の最前列を愛馬スタローンと共に駆けていた。
隣を見るとルルやマリアンヌ、タニアちゃんなど体力に自信がない後衛組を乗せた馬車が並走している。
リモーネ商会開発のサスペンション付きの馬車である。
これにより揺れがある程度軽減され居心地が良くなっている馬車内で各々戦争前だと言うのに好きな事をして過ごしている。
逆側を見ると最近乗馬を覚えたレインがサレナちゃんにフォローされながら恐る恐る馬綱を操っていた。
「良いぞ、その調子だ!レイン嬢!呑み込みが早いと教える甲斐もあると言ったものだ。」
「きゃ、きゃぁ~!ちょっと、暴れ、ないで下さいましー!」
レインがしどろもどろしている様子を眺めながら私は後ろへと視線を向ける。
「何か?」
セリーヌ・ジュスカ、ボローニャ・ジュスカ姉妹がマリアンヌの乗る馬車を警護する様に整列し護衛している。
「ううん、今回の戦いでは前に出せないけど…そのうち前線に出すからさ、少しだけ我慢してね?」
「…」
「…分かりました。」
聖教騎士達は重装騎士であり、鎧を纏った馬に跨がり突進による連携攻撃が得意と共に治癒や火玉などの魔法にも精通しているエリート軍団である。
そして自尊心の塊みたいな連中が集まるので色々な戦場に駆り出されては疎ましく思われている。
そりゃ、そうだろう。
命令を拒否し独断専行をして勝手に自滅するのだから。
決闘にて散るが騎士の花、とばかりに猪突猛進を繰り返す自殺志願者の集まりだ。
だが一部の者は実力もあり、全員が治癒術を使えるので死傷者は少ないのがまた厄介である。
一度、センティス領都マルセムにてジョセフ達と模擬戦の稽古をしたが、ボロクソに大敗し少し揉めた事もあった。
その時は聖女の猫を被った私がゲース卿に一言文句を言って怒り何とか収まったが、うちの騎士団からはあまり良い顔をされなかった。
終いには「負けたのではない、負けてやったのだ!精々誇ると良い」などと大言壮語する始末…
これには私も流石にキレて当時の騎士団長をボコボコにしてやった。
どっかの貴族のボンボンでロクな教育をされてこなかったのだろう、勿論歯を全て砕き二度と舐めた口を聞けなくしてやったら大人しくなった。
そういえばセリーヌはいつの間に交代したのだろうか?
少し気になるが戦争前なので脳内の片隅へ置き去る事にする。
「姉さん、カルディナント平原が見えたよ!」
「アホマシュー、今は閣下と呼びなさい!平原に到着次第、各々天幕を張り夕食を取って早めに休息する様に!良いか?」
『オー!!』
士気は上々、意気軒昂、悪くはない状況だ。
今夜は少しだけ酒を解禁しよう、皆喜ぶ筈だ。
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その晩、私は少し風に当たりたくなりレインを起こさない様に毛布から出て天幕を後にした。
南にある王都より冷え込み冷たい風が私の頬を撫でる。
「クシュンッ…寒…毛布被ってくればよかったかも…」
少し歩き小高い丘へ、丘から見える月はまん丸で怪しく輝き私を照らしている。
「お嬢、こんな夜中にどうしたんですかい?」
「ん、ちょっと風に当たりに。ジョセフは?」
「ホセ、アルトリオ、バルムンクと酒を飲んでて、少し酔い醒ましに出て参りやした。」
「そう、あまり飲みすぎちゃだめだよ?…それでパーシアス家の手勢…ううん、バルッセ公国の動きはどう?」
「数は約二万、騎兵五千歩兵一万五千と見やした。…こちらの一・五倍といったところでさぁ。」
「一・五倍かぁ…まぁ、勝てない事もないよね。総大将は?」
「バルッセ人の貴族さんらしいですぜ。過去に一度剣を交えた事が有りやすが、個人の武勇も強かった。遠目から顔を見やしたが、奴は良将と言って差し支えねぇでしょう…」
ふむ…バルッセ公国についてもっと情報を仕入れておくべきだったな。
相手の動きや意図が読めない。
明確なのは侵略という事のみで彼らがどんな価値観、生活、宗教観、歴史を辿って来たのか私には全く情報がない。
こんな事なら公国に縁あるレオンハルトやナーナ、ユグドラちゃん達に前以て聞いておけば良かったなぁ。
少しでも情報が欲しいな、ジョセフから聞けるかな?
「ジョセフが知っているバルッセ人の情報を教えて。できる限り詳しく!」
「唐突に何ですかい?まあ、良いですぜ。ですが明日は戦、早めに休んだ方が良いんじゃ‥?」
「良いから早く。」
私は一歩前に詰め圧力を掛ける。
私は知ってるのだ、こうやって問い掛ければジョセフは協力してくれる。
「ったく…お嬢には敵わねえ…!ええい、こうなったらアルトリオとバルムンクにも協力させやしょう。特にバルムンクは何度も北へ遠征してる筈で詳しい筈でさぁ」
「早く天幕へ。」
私はジョセフを伴いおっさん達が酒盛りしている酒臭い天幕へ向かった。
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翌朝、自分の天幕に戻った私はパルメラに指示して大きめの桶を持ってきて貰い湯を貯めて朝風呂に入る。
早起きのレインは私が戻るより早く起きており、酒臭いと叱られてしまったのだ。
私は決して一滴も飲んでないのだが、匂いに敏感な子供の鼻からすれば飲んで居ても居なくても同じだろう。
ということで早速湯の張った桶に浸かり私は徹夜浸けの体を癒した。
芯から温まっていくのを感じつつ何故かレインが寝着を脱ごうとしているのが視界に入る。
「何してるの?」
「えっと、その…いつもリリーが一緒にベッドに居てくれたので平気だったんですけど、今朝は身体が冷えてしまいまして…」
まぁ、昨夜はかなり寒かった。
私を湯たんぽ代わりに使うレインには耐えられなかったのだろう。
「じゃあ私、上がるよ?」
「いえ、そんな…!うぅ…ご一緒しては…ダメですか…?」
上目遣いのレインに懇願されては仕方ない。
私はレインの寝着の肩紐に手を掛け下ろした。
「少しだけ、ね?この後士気上げるのに他の天幕を回らなくちゃ行けないから。」
「嬉しいです…!」
裸になったレインは私に抱き着き、嬉しそうに笑った。
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少しだけの予定が一時間ほど長風呂してしまい、パルメラにせっつかれ慌てて着替えた私は本陣から右翼軍、左翼軍へ顔を見せ演説を行った。
大した内容ではないので割愛するが、皆、開戦を今か今かと待ち望んでいる。
間もなく正午、空より偵察していたマシューが私の前に降り立つ。
「姉さん、来たよ!あと三十分もしない内に丘の向こうからバルッセ軍が!」
何度同じ事を忠告しても学習しない。
全く…この弟は…!
けど今はマシューに構っては居られない。
結界術を使い全軍の姿が見える場所へ移動する。
後ろにジョセフ、右にアルトリオ、左にバルムンク卿が立ち私は声を拡声し口を開く。
『皆の者、聞けェッ!我が祖国の地を欲さんと欲にまみれ、汚れた北の悪魔が我が国へ攻め入った!諸君はそれで良いのか?否!許すな、戦うのだッ!我々は愛する家族のため、無辜の民のため、そして何より親愛なる陛下のために決して負けてはならない!剣を掲げよ!槍を持て!隣の戦友を決して失うな!戦い続けよ、我は戦女神なり!集いし英雄達よ、我がいる限り敗北は決してないッ!思う存分暴れまくれッ!!!』
あー…恥ずかしい…
実は昨夜ジョセフ達が作った演説文なのだが、盛られまくりの煽りまくりである…
しかし、兵達は士気を上げ歓呼の声で猛り吠える。
自分で戦女神と言う日が来るとは…
はぁ…と、ため息を吐くとバルムンク卿がよくやったと口ずさみ、ニヤニヤ面を向けてくる。
ジョセフも同様の表情でアルトリオは申し訳なさそうに苦笑していた。
演説が終わると共に双方はぶつかり合った。
開戦の幕が切って落とされる。
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