連携の特訓
聖歴951年5月24日ーー
順調な行軍によって私たちは王都とパーシアス領との中間へと足を進めていた。
うーん、何て言うか…歯応えが無い!
というのも主だった貴族や実力者は既に王都で対峙しており、出てくるのは若年の嫡男やその家臣達が指揮する烏合の衆。いや、それ以下の存在だ。片手間で蹴散らしてしまうのである。
というかマシューとロイが気合いを入れすぎてしまい速攻で片付いてしまう。
それに当てられ主に騎士団の若い連中が戦功を求め奮闘し他の人達の出番がないのだ。
精鋭ばかりを育ててしまった我がセンティス騎士団featuring'KONOE騎士団&Doreiには全く相手にならない。
被害も奴隷が数人軽傷を追っただけだ。
今は都市に陣取り軽い観光気分でレインと町を回っている最中だ。
というのも現在居る都市ゴディラムで各家の私兵、聖教騎士団と十日後に合流する手筈なのだ。
一刻も早くユグドラたんを追いたいがレオンハルト直令なので無視する訳にはいかない。五日ほど休暇にする予定だ。
各人員を吸収し、総勢一万ほどになる予定である。
「リリー、見てください!大きな噴水ですね!」
「うん、そだねー!人は全く居ないけどね。」
そう、戦時下であり、警戒心の強い街民たちは固く戸を閉ざし一向に家から出てくる気配はない。
町並みは荒れ放題である。
今見ている大きな噴水も暴動があったのか、一部崩れている。
これは少し、手を考える必要がありそうだ。
領主は既に王都で捕縛され(私が捕まえた)死刑が決定しており、現在は王直属の天領となっているが、ここまで栄えていたであろう大都市をこのまま寂れされる訳にはいかない。
「よし…レイン手伝ってー」
「リリー、何をするつもりですか?」
私は行動に移った。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
私は一度門から外へ出ると条件の整った場所を選ぶ。
整地を使い周辺二百メートルほどを均すと土魔法で大鍋を作り出す。
なんて事無い、今から私がしようとしていることは炊き出しである。
中隊規模の人員を東にある山狩りに行かせた。
マシューやロイ、若年組も混ざっていたが、多くて困ることはない。
種の保存さえ理解していてくれればどれだけ狩ってこようと困るものではないのだ。
街の中は麦粒一つすらない状態で民達は空腹に喘いでいる筈だ。
順次獲物を狩って帰ってきた騎士達に水の入ったコップを魔力で生成したものを手渡して労う。
その横では解体に慣れた者達が交代でどんどん獲物を解体していく。
半分はステーキに、半分は汁物に使う。
私は食料番から小麦粉の袋を五つほど受け取るとそれに水を加えすいとんを作る。
味付けは塩のみだが、狩猟班が片手間で取ってきた山菜と一緒に煮込んだためか、まぁまぁの出来だった。
騎士達を駆り出し街民を並ばせるとステーキと汁物を手渡していった。レインも手伝ってくれている。
歩けない高齢者などには騎士に配達させ漏れの無い様に徹底させた。
日が暮れる頃になって私は漸く一息吐いた。
だがこのままではこの都市は崩壊してしまう。
早急に物資が必要だ。
私はマシューとロイを呼び出すと私の経営する王都のリモーネ商会へと走らせる。
また北へ千人ほど先行させ港都市制圧作戦も同時進行させる。
ジョセフとアルトリオ、レオパルドが率いる部隊だ、心配は要らないだろう。
その間軍の指揮はホセに代任させられるが、彼も指揮能力は高いので問題ない。
南は整地で移動しやすくなっているので荷を乗せた馬の足で丸四日、一角天馬ならば二日で帰って来れるだろう。
北部も五日あれば帰ってこれる距離だ、なにも心配ない。
私も今後の予定を細かく思案して、遅めの夕食を取って身体を拭くと眠りに着いた。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
三日後の夕方、マシュー達が帰ってきた。
リモーネ商会の荷馬車を引き連れ、大量の物資が運び込まれる。
「姉さん、今戻ったよ。護衛として一緒に来たんだけど、姉さんの魔法で道が歩きやすかったお陰か思ったより早く着いたよ!」
「ご苦労さま、風呂入って先に休んでなさい。ロイ達もね?」
マシューの後ろに控えるロイ、ポロ、ジョーズの三人にも声を掛けると私は立っているリモーネ商会の社長、マルーカへと目を向ける。
「久しぶりね、マルーカ。これだけの物資をこの短時間で揃えるなんて流石ね。」
「ご無沙汰しております。リリアナ様に抜擢していただいてからお側で勉強させて頂きましたので。お手紙を前以て頂きましたので直ぐに社員を各方面に走らせ食料や武器、その他消耗品を積んで参りました。」
うーん、前に王都で会ったときよりも堂々とした雰囲気を醸し出している。
村娘の針子だった頃に誰が想像できただろうか。バリバリの女社長って感じだ。
「ありがとう。荷卸しは兵士達にやらせるからマルーカ達はここから西に少し行った宿で休んでて?支払いは宿の中に居るモガってメイドにお金を預けてあるからそっちでお願い。」
「畏まりました。それでは失礼します。」
キビキビとした動きで一礼するとマルーカは商会員を引き連れ教えた宿の方へ向かった。
私も少し身体を動かしてから休もうかな。
領主の館に戻ると、マシューとロイ、ポロ、ジョーズがお互い木剣を持ち自主鍛練をしていた。
その様子を遠くからサレナちゃんやイシスちゃん、アンちゃん、タニアちゃんが窺っている。
どうやら、レイン、ルル、マリアンヌは館で休んでいるのだろう。
私は動きやすい服装に着替え木剣を肩に担ぎながら集中しているマシューとロイ、ポロ、ジョーズ達に不意討ちを仕掛けた。
「入ーれーてッ!」
「イタッ!」「イテッ」「グヘッ」「フッ…!」
マシュー、ジョーズ、ポロには当たったのだが、ロイは避けて切り返してきた。
中々やるじゃないっ!
私はロイの打ち込みに合わせて同じように剣を合わせる。
最初はどうにか対処していたが、段々速度を上げていくと動きが鈍くなっていく。
1.5倍程の速度になるとロイは木剣を掴んだ腕を強かに打たれ、参りましたとペコリと頭を下げた。
「流石リリアナ殿だな。奇襲とはいえ同年代の男子をあっという間に倒してしまった。よし、次は私が相手だ!」
「まぁまぁ、サレナちゃん落ち着いて下さい。リリアナさん!実は魔法の相談が有りまして…」
「リリーちゃん、すっごーい!今のどうやってやったの?私にも教えてー!」
「リリー、プリン。食べる?」
わーわーと倒れ込む男子を無視して私に群がる美少女達。
まぁ話の内容は置いといてこれがモテ期というやつなのだろうか?
皆から引っ張りだこである。
「じゃあ皆で連携の練習をしてみよっか?そうだなー…この不甲斐ない男子達と組んで八人で掛かっておいで?私は一人で相手するよ?」
「おー!何それ?楽しそうー!やるやるー!」
「リリアナ殿、私は一対一がしたいのだが…致し方なかろう、これも剣の道を極めるための糧になる筈だ。」
「リリアナさん、私…武器は扱えないんだけど…?」
「むぅー…汗掻くのやだ…」
私が提案するとタニアちゃんが大きな目を開いて嬉しそうに手をあげ賛成すると、次にサレナちゃんが一歩前に出て眉間にシワを寄せながら口を開く。
少し迷った様だが、賛成した。
その顔は少し嬉しそうだ。
イシスちゃんは首を傾げながら疑問を述べ、アンちゃんはあまり動くのが嫌な様だ。
「もちろん魔法でも何でもありだよ?そのかわり私も魔法を使うからね?あ、威力は抑えて打つから安心してね。アンちゃん、大丈夫。皆が勝ったら一つだけ今日来た物資から好きなものを優先してあげる権利をあげる!どう?」
「姉さん、僕たちに拒否権は…?」
「ない!」
「ですよねー…」
うん、少し楽しみになってきたぞ!
私は十分ほど作戦会議の為に時間を与えると素振りを始めた。
皆がどんな手で来るのか少し楽しみだ。
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十分が経ち、私は皆の元へ戻る。どうやら作戦は決まった様で既に配置に着いている。
私の前にはサレナちゃん、右前にマシュー、左前にはロイ、サレナちゃんの後ろにポロとジョーズが重なる様に並び、アンちゃん、タニアちゃん、イシスちゃんは後ろから援護射撃で魔法を打つのだろう。
私から見ても最適な布陣だと思うし百点満点中八十点くらいって評価かな。
強いて言うならマシューを前衛と後衛の中間、中衛に配置するべきだ。
魔法も使えるし、剣の腕も最近は私の足の小指程度には追い付いてきた。
だが前面に出すのはマイナスポイントだろう。
私は一つ頷いてから五歩ほど後ろに下がり人差し指を立ててクイクイッとして挑発する。
「行くぞ、リリアナ殿」
サレナちゃんの宣言と共に前衛五人が一斉に走り出す。私は【泥男】を人数分発動し対峙させた。
全員の動きを真似て動かし一歩も近付けさせない。
後衛の三人にも泥男を発動しており魔法の打ち合いをしているようだ。
マシューが左に回り込もうとすると【泥男】も同じ方向に飛んだ。
常に相手の正面へ立たせる事を意識する。
サレナちゃんが思い切って泥男を袈裟斬りに斬りかかったが、肩口で木剣は止まり切り裂く事が出来ない。
泥男の方は鏡に映っているかの如く同じような動きをしてサレナちゃんの運動着に土で模した剣を振り下ろした。
なるべく怪我をしないように柔らかい土で攻撃したためか傷はない。
そのかわり、着ていた服に土が若干付いている。
実戦では大量失血といったところだろうか。
一歩後ろに下がって皆の邪魔にならないようにした。
「サレナちゃん、そのまま続けていーよ。まだまだ始まったばかりだし楽しもうよ?」
「むぅ…リリアナ殿に近付くことすら出来ないなんて…まだまだ練習が足りないのか…私は…」
実は泥男を対峙者の1.2倍ほどの強さにしているのだが、皆中々粘る様だ。
ここでマシューが一旦後退し、魔法の予備動作へと移る。
「皆、重力魔法を使う!少し身体が重く感じるけど気を付けてね!」
マシューが詠唱を始める。この数週間で仕込んだのだが、まだ成功には至っていないがぶっつけ本番で試す様だ。
重力魔法は味方も巻き込む諸刃の剣で完成していない現在使うというのは愚策とも言えるだろう。
私はマシューを守るように囲むロイ達に近付き木剣で武器を払い落とし、鳩尾に一撃ずつ当て気絶させる。尚、サレナちゃんは武器を落とすだけに留め四体の泥男で囲んでいる状態だ。
女の子を傷付ける趣味はないし。
マシューの眼前へと飛び込み蹴りを入れて気絶させる。
その間、僅か二秒である。
その時点で勝負は決定してしまったので泥男を解除した。
「あっちゃー…少し本気出しすぎたかも…【最上位治癒】【自動回復】【異常回復】」
四人を纏めて真ん中に集めると連続で治癒を掛けその場に寝かせる。
恥ずかしながらカッとなって力を入れすぎてしまった。
「ごめん、とりあえず解散にしよっか?またやろうね!」
「むぅ…リリアナ殿にはとても叶わんな…蹴りで子供とはいえ四人も気絶させてしまうとはな…」
サレナちゃんは一人遠い眼差しで何事かを呟くととぼとぼ館へと向かっていく。
イシスちゃん達が近付いてきて私に声を掛ける。
「リリアナさんの圧勝でしたね!私も色々な魔法を試してみたんですけど、全く崩せませんでした…けど、この練習の意味は連携を学ぶ事にあるんですよね?女子達だけで集まってやってみたいです!もちろんマシューさん達も混ざって頂けるならその方が良いのですが…」
「リリーちゃんすごかったー!ぴょーんって跳ねてびゅんって感じで男子達倒しちゃうんだもん!」
「疲れたー…プリン風呂に入りたい…」
各々感想を言っているが後二人が言ったことは私の言語把握能力では難解な様だ。
プリン風呂って何?
イシスちゃんはきちんと理解していた様で晴れやかな顔をしている。
「うん、イシスちゃんの言う通りかもね。皆でもっと連携の練習を取り入れた方が良いかもしれない。早速明日からやってみようか。」
こうして翌日からの特訓に連携が取り入れられた。
もちろん男女混合である。
それは援軍が来る六日後まで続いた。
ある程度のかたちにはなったが実戦で通用するかは分からない。
私は到着した者達を迎えるため門へと向かった。




