進攻前夜
日が暮れ始めた町並みを私は一人駆けていた。
今回の内乱に加担した貴族以外にも商人や傭兵、裏組織の人間などを多く取り逃がしている。
全ての者を捕まえることは私が持つ情報量や権限では行使することが難しいのだ。
精々が街の人達に危害が加わらない様に衛兵にレオンハルトから発破を掛けてもらうのを頼むくらいだろう。
レオンハルトと今後の事を語り合わなければならないため私は王城へと走っていた。
現在王国軍は帝国へと南下しており、主戦力を欠いた状態で私の領軍、南軍、西軍全て集めても一万に届かないほどだ。
南軍は近年の戦争の激化によりベテランから若者尽くが減っており、慢性的な男手不足だ。
そして驚異となり得る外敵が居ない西軍は平和ボケしていると言われ弱兵ばかりだと揶揄されるまでに至っており、大した戦力にはならないと言われている。
更に東には軍務大臣で総大将であるジェネシス公が派遣されており、王国東に位置する貴族及び領軍は全て出向いている。
北は今回謀反したパーシアス家の傘下であって充てには出来ない。
敵軍の総力は此方の十倍と見積もって良いだろう。
「センティス伯、御待ちしておりました!」
城門に差し掛かり私の元へ駆けてきたのは近衛騎士団長アルトリオが並走し声を掛ける。
「出迎えてくれてありがとう。陛下はどちらに?」
「はっ、只今執務室に籠られ今後の展望を思案中にございます。センティス伯がお越しなられた場合は速やかに通すよう言付かっております。」
アルトリオはそう告げて微笑んだ。中年だが、顔は整っており優しげな微笑みはその筋の方が見ればコロッと落ちるんだろうなぁ。
私にオジサン属性はないので特に気にならないかな。
今は可愛い女の子にしか興味ないし!
対極に存在するオジサンになど興味を持つはずがなかろう。まぁ…本音を言えば少しだけ剣の手合わせくらいはしてみたいけど。
…と余計な事を考えながら、アルトリオの後に着いていくとレオンハルトの書斎らしき場所に辿り着く。
「陛下、センティス伯爵をお連れしました。」
「…入ってくれ」
筆を置く音とともにレオンハルトの呟きが聞き取れる。
もう日が完全に暮れ始めているというのにずっと筆を取っていたのだろうか?
一領主の私でさえ半日も座っている事は出来ないのに、やはり国王となるとその裁量する案件は軒並外れたものとなるのだろうか?
「リリアナさん、そこに座って貰えますか?誰か茶を淹れてくれ。」
少し疲れが残る表情をしながらも私に向かって微笑むレオンハルト。
私を【リリアナさん】と呼んだのは個人的な話がある場合…という考えで良いのだろうか?
それならばいつもナーナを交えて三人で話す口調で受け答えてもいいだろう。
「レオンハルトさん、お気遣い無く。」
小さく頷いていたのでこの口調で正しい様だ。
レオンハルトと二人きりになることは滅多になくメイドと近衛騎士が数名ずつ扉付近に控えているので案外珍しい状況だ。
アルトリオは扉の裏で用向きのメイドも現在はお茶を淹れに退室中、本当に二人きりだ。
「まずはこの度のお手並みお見事でした。」
「いえ、私は王国貴族として自らの職務を全うしただけのことです。」
「謙遜しないで下さい。リリアナさんがその様に過小評価してしまえば私など何一つ功績を残す事は出来ないでしょう。」
「レオンハルトさんは立派にやられておりますよ。私は執務よりも体を動かしていた方が好きですので。それに祖父の件もありましたから、身内の不手際を未然に防げなかった此方側の失態です。」
「リリアナさんにはご負担を御掛けします…本当に不甲斐ない王で申し訳ない…」
頭を下げる姿は一国の王には見えない。
元日本人で謙虚で真面目な性格だった彼だからこその行動だろう。
初めて会った時から比べると少し窶れただろうか、毎日顔を教室で合わせているが変化に気付かなかった。
学務と政務の両立は難しい、常に頭を回転させていないとそんなことは出来ないだろう。
私がレオンハルトなら多分、引きこもり一直線でどちらも投げ出してしまう。
それから話し合いを進めていき私を大将としたセンティス騎士団五千名と近衛騎士の一部と王家が所有する犯罪奴隷を借りた計六千人で北上することになった。
何より近衛騎士団長アルトリオが着いてきてくれるのが幸いだ。
北部の内乱鎮圧と北大陸からの進攻を凌ぐこと。
それが今回の任務内容だ、レオンハルト陛下直々の命令で拒否権はない。
だが投げ出そうとは思わなかった。
ユグドラちゃんの奪還が私の目的だからだ。
話しが纏まったのは深夜になっていた。
私はレオンハルトに断りを入れて帰宅する。
そのままベッドに直行すると灯りが付いていた。
「リリー、お帰りなさい。」
「レイン、起きてたんだ。」
寝着姿のレインが優しい笑みで私を出迎えてくれた。
巻き髪は解かれ黄金色の一本一本の毛が光を反射して綺麗だった。
その髪を優しく撫で私は頬に軽く口付けする。
「キャッ!!んもう、リリーてば不意討ちはいけませんって何度もーー!」
私はレインの口に人差し指を当てる。
「次は口を塞いじゃうよ?ふふ…」
「リリーは意地悪です…お湯を沸かして貰っているので入ってきてはどうでしょうか?」
「分かった、何ならレインも一緒に入る?」
「///…もぉ~!早く行ってきて下さい!」
真っ赤になったレインを抱き締め私はお風呂へ向かった。
途中でモガと話をしていたルルと出会う。
「あら、同志。帰ってたのね?それで陛下との話し合いはどうなったの?」
「ん、こっちの想定内で落ち着いた。アルトリオと近衛騎士の一部、それと犯罪奴隷千人くらい。私が総大将で全権を任された。ルルはどうする?沢山人を殺すことになるかもしれない…もしも着いてくるならばなるべく配慮はするけどさ。」
レインやルルには一緒に行くかは本人達の思いに任せていた。
危険な事をしてほしくはないが、彼女達は王国最強の騎士団に育てられた子達だ。
十分に戦力となる。
「勿論行くわよ?今モガとその事で話し合っていたの。少しでも同志に恩を返したいし、私だってユグドラと知らない仲じゃないもの。」
紫紺の長髪を揺らして真面目な表情で呆気なくそう告げるルル。
どうやら肉体的な成長だけでなく精神面も成長している様だ。
以前の彼女なら研究を優先していただろう。
だが今の彼女はとても頼もしい表情を浮かべている。
「ありがとう、ルルの気持ちは受け取ったよ。絶対、ユグドラちゃんを助けようね?」
「ええ、勿論よ。」
私とルルは拳を軽く合わせ微笑み合う。
話している途中で居なくなっていたモガが戻ってきてタオルや私の寝着、自分の寝着も取ってきていた。
その横にはレインも立っておりタオルと私の替えの寝着を持っている。
「遅い遅いと思っていたらまだこんなところで油を売っていたんですね?リリーは本当に気ままな風みたいな人ですね?」
「あーえっと…ごめん!」
「あら、お風呂に入る予定だったのね?私も折角だから同席しようかしら。先に行ってて?着替えを取ったら直ぐに向かうわ。」
ルルが身を翻し部屋の方へと向かった。
結局四人で入ることになった。
「リリー様ぁー!お父様から許可が出たので私も連れて行って下さーい!リリー様の居るところならばこのマリアンヌ、何処にだって着いていきますわ!」
と脱衣所の方から声が聞こえる。
見張りの兵士が通したのだろう、大荷物を抱えたマリアンヌがルルと一緒に風呂場へやって来る。
そして私の姿を見つけるや否や荷物を下ろしパパっと服を脱ぎ始めた。
こいつ…手慣れてやがる…!
そのまま飛び込んで来るかと思いきや、私が教えた手順通りに体を洗い終えると私の左腕に抱き着いてきた。
「あら、ダメだったかしら?偶々廊下で会ったから連れてきたのだけど。」
「んー…ゲース卿が許可を出したのならまぁ、いっか。応援要請で聖教騎士も引っ張り出せるかも。」
「それは良い案ね。怪我人の治療をしてもらって直ぐに復帰できるでしょうね。同志の理想とする【犠牲なき戦場】とやらも果たせるかもしれないわね。」
うーむ、ルルと過去に何度か話し合っていたのを覚えていたのか彼女はフフッと笑い私の右腕にしなだれ掛かってくる。
柔らかい二つのものが私の腕で形を変えていく。
クソゥ…もうこんなに成長を遂げていたとは。
「リリーの腹筋はいつ見ても飽きませんね。この見事なシックスパックです。フフッ」
あふんっ!
レインが私の腹筋を恍惚そうな顔で撫でるのがくすぐったくて思わず声を漏らしてしまう。
レインってSっ気あるのかも知れない。
寂しかったのかモガは無言で私の背中にぴとっとくっついてる。
両手に花どころじゃない!
けど、幸せだなぁ…さっさと戦争を終わらせて、こんな日々を過ごしたい。
もちろんユグドラちゃんや他の子も含めて、ね!
最近殺伐としていたので少しお色気描写を入れてみました。次回から第二部三章に移ります。
そして本日はリリちか一周年となります。
いやぁ、まさかここまで続くとは思ってませんでした…作者は基本飽き性なものでリリちかも直ぐに終わるだろうと予想していましたが覆した結果となりました。
それも皆様のお陰です、感謝感謝!
これからも語彙力のなさを披露しつつコツコツ邁進したいと思います。
ブクマ感想評価レビュー、お待ちしております。




