風雲急を告げる
遅くなりました、申し訳ございません。
特訓十日目、皆順調に成長しており何よりだ。
特にレインとアンちゃんの成長が顕著に表れ始めている。
原作では二人とも早熟タイプだったので、今世にも反映されている可能性がある。
二人の指導をしているパルメラが大喜びである。
パルメラは細剣使いだが、光魔法と水魔法が扱えるためレインに細剣を教える片手間にアンちゃんへ魔法を教えていたのだが、実が結んだ形となっている。
この数日間、私は王国の諜報を任されているナランシア伯爵家令嬢でクラスメイトのキャサリーヌを使いユグドラたんの実家パーシアス家について調べさせた。
更に私とユグドラたんがレオンハルトの婚約者候補だという噂を揉み消させる工作も平行してもらっている。
キャサリーヌもレオンハルトが絡んでいるからか、協力的で情報収集に積極的だ。
私とキャサリーヌは利害の一致によって協力関係である。
レオンハルトとくっつきたいというキャサリーヌの気持ちを私は情報を集めさせるという事で協力関係にある。
私はレオンハルトを監視はするが距離を取りたくて、キャサリーヌは近付きたいのだ、利害は一致している。
キャサリーヌは裏表が百八十度違う面白い性格をしているので私は個人的に気に入っているが、向こうはどうやら私が嫌いな様子だ。
少し残念だが、氷解を待つとしよう。
依頼して四日目、特訓十二日目の夜。明日は休日で皆と迷宮へ下見に行く予定だ。
初めての実践のため皆思い思いの顔をしていたが、斥候役のユグドラたんが居ないのは少し辛い。
だけどまぁ、私とジョセフが引率するのでそこまで危険はないと考えている。
王都周辺に最近出来た三つの迷宮のうち比較的難易度の低い場所だ。
冒険者ギルドの付けた名は【獣魔の牙窟】。
名前通り獣型の魔物が出やすく、原作では序盤のレベリングに多用される場所だ。
今回は三階まで降り往復して戻ってくる計画である。
原作では大体30分の道のりだが、徒歩での移動を考えると行き帰りで六時間くらいだろうか。
なので明日の朝一番に向かうという結論に至り本日は我が家に委員会メンバーが泊まる事になっている。
「同志、これを見てほしいんだけど。」
移動時間さえも惜しみ、一分一秒も無駄にしたくないという理由で我が家に居候している紫色の髪を揺らしたルルが一枚の紙を私に見せてくる。
彼女に貸し与えている部屋には脱ぎ散らかした服、丸めて投げ捨てられた紙や筆記具があちこちに散乱している。
「うん。あ、明日の編成の件か!」
「そう、もっとも効率よく運用するには前衛と後衛を分け行動するのが良いと思うの。」
達筆な文字で書かれたルルが手渡してきた紙には班と陣形やそれぞれの課題などが書かれていた。
こう見えて意外と周囲に目端を利かせているルルは公爵令嬢としてきちんと教育を受けているのが分かる。
しかし私生活はダメダメな訳だが、割ってプラマイゼロかな。
班分けは前衛班が
私、レイン、タニアちゃん、サレナちゃん、モガ。
後衛班が
ジョセフ、ルル、アンちゃん、イシスちゃん、だ。
前衛班は私が魔法で弱らせてから止めを射してもらいレベルを稼ぐ方法で、後衛班はジョセフが四肢の腱などを切り、動きを止めて動く的に当てる練習だ。
個人課題でルルは召喚魔法を会得することを目標にしている。
無理のない企画書だし、もしかしたらルルは地球に生まれていたらバリバリのキャリアウーマンになっていたかも知れないと一人どうでも良いことを想像していた。
「うん、これで行こう。流石ルルだね、完璧だよ!」
「あまり褒められても後が怖いわ。…でも、同志に褒められてあまり嫌な気にはならないわね。」
お?デレか少し私に辛辣な言葉が多いルルではあるが、心は開いてくれているらしい。
それが嬉しくて私はルルに抱き付いたのだが、二つのクッションにぶつかり冷静になる。
やはり巨乳は敵だ…!
それから全員が集まりワイワイと迷宮挑戦前とは思えないほどのリラックスした状態だ。
何故かマリアンヌも泊まりに来ているのだが、仕方ない…
追い出すのも可哀想だし今夜くらいは泊めてやろう。
何やら本人が話していたが、良く出掛ける様になったマリアンヌのことを見てゲース卿は喜んでいる様子らしい。
教会に引きこもってばかりだったマリアンヌを心配していたらしく私に恩義を感じているとのこと。
仮にも聖女として名を貸している私には毎月金貨五十枚ほど支払われているのだが、今月は更に教会名義で多額の増金があったのには流石に驚いた。
所謂賄賂とかいう奴なのだが貰えるものは貰う精神だし、この世界ではそれが当たり前だ。
私も大分染まってきたなぁ…と、一人思った。
「リリアナ様、聞いてますぅ?」
「あぁ、ごめんごめん!なんだっけ?」
「んもう…あまり無視されると、ドキドキしちゃうじゃないですか!ふぅ…リリアナ様に空気扱いされるわたくし…」
マリアンヌはもう末期かもしれない。
六割くらいは私が原因なのかもしれないが、元々そういう性質があったのかも知れないから私が何か言うことはない。
さて、マリアンヌが明日の迷宮挑戦の話を聞き付け、行きたいと言い出すので困った。
仕方なくジョセフの方に割り振ろうと思ったのだが、珍しく我が儘を言い出し私と一緒が良いと駄々を捏ね始めた。
出来ればジョセフの班に付いて治癒を担当して貰いたかったのだがどうしようもないので私が監視をすることにした。
諸々の話し合いを終えてその日は眠った。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
翌日、早朝のランニングを終えて屋敷に戻ると一台の馬車が泊まっていた。
掲げられた家紋はナランシア伯爵家のものだ。
タオルで汗を拭いながら近付くと御者が私に気付いたのか小窓へ向けて声を掛けている。
中から白いドレスを身に纏ったキャサリーヌが降りてきた。
「早朝に失礼するわ。依頼されていた件について調べが着いたから報告に来てあげたわよ?感謝なさい、フンッ!」
腕を組み不機嫌そうな顔をして随分と高圧的な態度のキャサリーヌだが、流石は王家の諜報を代々担当しているナランシア伯爵家である。仕事が早い。
嫌われてるんだなぁーと改めて意識した。
一先ず屋敷に通して私は清潔魔法を掛けて服を着替えた。
動きやすさ重視の軽装で貴族に有りがちな過度な装飾のない地味な服装だ。
一時間後には迷宮に向かうので余計な手間を省く格好を謝罪してから私は席に着いた。
「早速話に入るわよ?まず噂を流していた大元を辿っていくととある人物に行き着いたわ。」
「それは?」
キャサリーヌから貴族の名前が書かれていた名簿を受け取る。ちらちらと知った名前を見付けたが、その最後尾に私のよく知る人物の名があった。
アンディ・アルデン。私の祖父の名だった。
「魔法省のトップ…と言えば分かるかしら?他にも数名の大臣が絡んでいる様だけれど、捕まえた男は、城仕えの男に命じられた。鳥の形をした印章を左胸に着けていた、と話していたそうよ。」
鳥のバッヂ…確かに魔法省のモチーフとされている。
そして推測するに上級貴族がバックに付いているとは予想していたが、祖父だったとは…どうも野心が強すぎるらしい。あの種馬にはそんな物ちっとも見えないのに。
身内の仕業ならば私が決着を付けるべきだろう。
「続けて。」
「ええ。更にパーシアス家を調べていると魔法省の人間が出入りしているのを見掛けたわ。この二つの件、繋がっているわよ?しかも貴方のお祖父様の屋敷前には北大陸のバルッセ人も居たわ。きっと公国も絡んでる。面倒な事になってるわ。」
「公国が?」
何故ここで海の向こうにある大陸の国の名を聞くのか…私は思わず聞き返してしまう。
ユグドラちゃんのお母さんは公国の現大公の妹と聞いているが関係があるのかな?
「公国が北の共和国を呑み込んだのはご存じかしら?」
「…う、うん!」
全然知らなかった。大陸の向こう側は完全に守備範囲外である。
国内の事で精一杯なのだ。
海の向こうの大陸の情報なんて集めるほど私の切れる手札はない。
「去年代替わりした今の大公様は野心の塊みたいな人ですべての国を統一するとか公言しているらしいわよ?そんな人と血の繋がりがあるパーシアス家は利用しやすいのでしょうね。貴方の実家の近くでうろうろしていた者を捕まえて吐かせたのは大公様万歳と叫びながら奥歯に仕込んだ毒を飲んで自決したらしいわ。口封じもさせられているのでしょう。」
ふむ…面倒な事になった。
既に公国は動き出していてこちらは後手に回っている状態だ。
このままでは色々と面倒な事が連続して起きてしまう可能性がある。
最悪大陸間での戦争になってしまう。
レオンハルトは既に帝国へ兵を向けて送っている最中でまともに動けるのは北と弱兵と呼ばれている東、それと私の領内に残った二千のみで精々かき集めてもまともに戦えるのは七千といったところか…対して造船技術が高く超大型の船で海を渡り攻めてくるであろうバルッセ軍は総数二万。
……どうしようか。勝てる気がしない。
「もう一つ…悪い知らせがあるわ。ユグドラ嬢がバルッセに渡航している記録も見つけた。多分今頃は海の上でしょうね。止められるのは陛下か誰かさん、ね。貴方はどうする?」
クスクスとこちらをバカにする視線で笑いながら私を挑発するキャサリーヌ。
私は髪を掻き乱し声を上げる。
「あぁー、もう!仕方ない、モガ居る?」
「はい、お姉様。」
「直ぐに王城へ連絡を取って陛下との謁見を取り付けて。センティス伯が大至急伝えたい事があると門兵に告げれば直ぐに用意してくれるはず。ジョセフを叩き起こして走らせて!それと皆を屋敷から出さないように!貴族街で戦闘になるかもしれないから。」
「貴方って取り乱してもこういう非常事態に冷静な判断を行えるのね。それも冷酷な手段をいとも容易く取ろうとしている。やっぱり私、貴方の事嫌いよ。」
先ずは国内のゴタゴタの処理、それから最悪を想定して兵を集める準備だ。
実家をこの手で攻めるのかも知れない状況に少し頭を悩ませる。
最悪の事態の想定はしておくべきだ…随分酷な運命だなぁ、私は。
親不孝ものと罵られても文句言えないかな…
「分かりました、直ぐに手配します。」
私は立ち上がり謁見用の礼服へ着替えようと移動しかけるが、まだ落ち着いて紅茶を飲んで座っている暢気なキャサリーヌを見て睨み付ける。
「あら?そんな怖い顔しないで?折角休日もレオンハルト様に会えるんですもの。私も着いていくに決まってるじゃない。貴方は早く着替えて来たら?」
ぐっ…こんなときでもキャサリーヌはレオンハルト優先か。ならば、利用されてあげよう。私も彼女を酷使したのだ、少しくらい褒美を与えても良いだろう。
「はいはい、じゃあ少し待ってて。直ぐに戻るから。」
私は自室へ駆け出した。




