レオンハルトの目的
学長との会談を終え一週間が経った。
既に四会とは別の委員会を私が立ち上げることは衆目の事実となり噂は学内を波及していった。
興味を持った上級生が連日私の元へ訪れては話を聞いて帰るので宣伝に大きく関わっているというのも一因だろう。
ジョセフは既に王都に王都に来ておりあちこちの貴族から日々夜会に誘われては武勇伝を話しご機嫌な様だ。
『正直、あっしなんか大勢に剣を教えるなんてタマじゃあねぇんですけどね…本家を差し置いて分家の下っ端の下っ端であるあっしがしゃしゃりでる様な真似はしたくねぇんですが、まぁお嬢がやろうとしていることには共感しやすし、あっしも力になりてぇですから。その分報酬も弾んで下さいよ?』
と、ニヤニヤ顔で冗談混じりに話していた。
ジョセフと直々の弟子として息子のジョーズ、モガの兄であるポロ(本名はアポロン)がジョセフと共に王都へとやって来ている。
なんでもジョセフが謎のこだわりを持って二人を一人前の戦士にするということで連行されたらしい。
今は私の屋敷でマシューの訓練相手兼友人として寝食を共にしている。
さて、現在本日の学業を終えて教室で友人達と語らっている私だが、今日は訪問者が来なかった。
学長に提出する詳細な内容などのレポートの期限。
レポート自体は仕上がっているのだが、肝心なものが決まってないのだ。
「うーん…委員会の名前…どうしよ?」
「リリアナ委員会とかどう?」
「タニアちゃん、名案です!」
「それにするべき!」
「でもそれだと同志が卒業した後に困るのでは?ここはやはり魔導研究委員会にすべきよ!」
「両方却下!」
「「「「えー?!」」」」
そう、団体名がまだ決まっていないのだ。
冒険委員会や戦闘委員会など候補は幾つか上がったのだが、少し物騒だの、可愛さが足りないだのと我が友人達は文句を垂れ、気づけば期限当日となっていた。
「もういいや、直接学長に相談してみるよ。私たちだけで考えても進まないし。」
「分かりました、それでは私達はいつもの様にスイートキッスで待機してますね?」
レインが微笑みながら代表して答える。
スイートキッスとは私達の溜まり場と化している私経営のお菓子屋の名前だ。
直訳で甘い口付けという意味だが我ながらネーミングセンスの欠片もないと頭を悩ませる。
私は立ち上がり一度レイン達と別れると学長室へと足を運んだ。
その途中、学長室から出てきたのだろうレオンハルトとすれ違う。
新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下で滅多に人は通らない。
「やぁ、リリアナさん。これから姉上と面会ですか?例の第五の委員会の発足も近いみたいですね。」
「えぇ、お陰さまで。レオンハルト殿は生徒会で早くも活躍された様ですね、教室では近寄りづらいので改めてお祝い申し上げます!」
「あはは、ありがとう。彼女達も悪気がある訳ではなく善意でしてくれてるからね。僕の方から少し注意しておくよ!」
違う、あれは善意ではなく故意だ。
レオンハルトの周りには親衛隊を名乗る女生徒が常に張り付いており、偶々側を通ろうものなら非難の嵐だ。
ちょっとした学内の話の種になっており、現役国王がアムスティア学園に通っているのは前例がないため対処に困っている様だ。
生徒会、風紀委員が主に対処に追われあちこち駆け回っている様だ。
今こうして二人きりで話しているのを見られては次の標的にされてしまうだろう。
しかし現役伯爵家当主にして前陛下の懐刀で、現聖女の私に喧嘩を売るようなバカが居るわけ…
「貴様!レオンハルト様から直ぐに離れろ!学年と名前を速やかに告げ生徒手帳を提示せよ!」
居た様だ…
声に振り返ると三年を示す緑のスカーフに、特徴的な青紫の髪をした女生徒が今にも此方へ駆け寄り掴み掛かろうとしていた。
私は彼女を知っている。だが互いの面識は一切ない。一方的に知っているだけだ。
何故なら彼女は…
「貴様、二度は言わぬぞ!さっさと生徒手帳を出せ!この近衛騎士隊長にしてブルーム男爵家長子エレノアを侮辱するつもりかッ!」
自己紹介どうも。
そう、私に怒鳴り声を上げているのは原作ではサブヒロインの一人で貴族委員会、会長をしていたエレノア本人だった。
【剣聖】の家系、メルトリア伯爵家の長女サレナちゃんの従姉妹である。
現役で貴族会に入会しているのか腕章を左手に巻いている。
「私はーー」
「エレノア先輩、彼女は個人的な友人です。交友関係まで言われる筋合いはありません。お気持ちは有難いですが、今すぐ立ち去って戴けませんか?」
「ですが!レオンハルト様!!」
「ですがも何もありません!リリアナさんに謝罪して直ぐに此処から立ち去りなさい!」
おおっ!期待してなかったのに、会話を遮りレオンハルトが仲裁に入ってくれた!
良いぞ、もっと言ってやれ!
「レオンハルト様の友人でリリアナというのは…まさか、あのセンティス伯か?!」
「えぇ、そうです。改めてリリアナ・アルデン・センティスと申します。ブルーム先輩、以後お見知りおきを」
「貴様がッ!サレナとは仲良くやっている様だが私は甘くないぞ!」
「エレノア・ブルーム、いい加減にしろ!私を困らせたいのか?!私の友人に無礼を働いているのは貴様だと何故分からぬ!今すぐに私の目の前から消えよ!!」
「ヒッ…申し訳ございません!!」
うーん、学内における中ボスみたいな役割のエレノアを一喝して追い返すレオンハルト…少し怖いです。
エレノアはレオンハルトの怒りの形相に血相を変え踵を返し一目散に逃げ出した。
声を荒げたレオンハルトの姿は初めて見る。
それだけ頭に来たのだろう。私のため?なんだよな…
嬉しいやら怖いやら色々な感情がない交ぜになり言葉を詰まらせてしまう。
前世でもこんなに怒りを表した美樹を私は見たことがない。
「その…すみません。つい頭に来てしまって…」
「いえ。私のために怒ってくれたんですよね?有り難う御座います…!レオンハルトさん、いや美樹さんと呼ぶべきでしょうか。一つだけ聞かせて下さい。貴方の目的は何ですか?」
私は素直に頭を下げる。
美樹…レオンハルトに正体を明かした訳ではないが、前世を含め彼女と親友になれて良かったと思っている。
それだけの感情で少し目頭が熱くなる。
「リリアナさん…いえ、日村佳那さんと呼びましょうか。貴方は梨乃と面識があると言っていましたよね。私の目標は二つあります。一つは魔王を倒し、【権願の宝玉】を手に入れること。もう一つはこの世界のどこかにいる梨乃を見付ける事です。必ず…必ず見付けて、私は…もう一度梨乃に会いたい!日村さんはどんな目的を持っているのでしょうか?」
かつて騙った友人の名をレオンハルトは口にする。
そうか…美樹はまだ…!
「佳那さん…?」
「……申し訳ありません、レオンハルト殿。今はまだ話せません。ですが、いつかその時が来れば私の目標を全てお話しましょう。これから学長殿と面談が有りますのでこれで。」
「約束ですよ。姉上はああ見えて少し独占欲が強いので気を付けて。これは忠告です。」
私は全てを悟った。
今世で血の繋がった実の兄を手にかけたのも、原作の事実を改変し王位に即位してまで学園へタイミングをずらして入学したのも私の為だということを…!
そっか…レオンハルトは変えるつもりだ…己自身も。世界の理さえも。
今回出た権願の宝玉というのは後々語られるかと思います




