訪問客
奴が来るぞぉ…!
どんよりとした寒空がセンティス領を包み込む。
12月下旬センティス領に迷宮が突如出現した。
冒険者ギルドに依頼を出したが年末ということもあり受ける者が見付からず領軍を送ることとなった。
まだ発足して日が短いため人が集まりきらないのだ。
年内はしっかり休養を取るように言い聞かせジョセフに任せ王都の屋敷に向かう。
同行するのはモガ、パルメラ、マシュー、領軍五十である。
マシューはあの日…行方不明になってから再会した日から私の監視下に置くことにした。
予定より三年ほど覚醒イベントが前倒しになったので原作終盤の五年後にはどれだけの化物になっているのか、考えるだけでも恐ろしい…!
でも怖いもの見たさもあって内心ウキウキしている。
ガルガントの代官にはジェネシス公の親戚筋に当たる男爵家の三男を起用。
野心もなく気弱そうで真面目な人柄だったので使い潰さない程度に扱き下ろす予定だ。
パルメラは初めて王都の屋敷へ連れていくが落ち着きなくそわそわとしている。
「リリアナ様…そ、その!私なんかが上がっても良いのでしょうか?」
訓練場ではあれだけけたたましく誰よりも声を上げて鬼教官と新兵に恐れられるパルメラだが、生まれのためか貴族の屋敷に入ることを恐れているようだ。
なんか可愛いな。
「別にパルメラは綺麗なんだから気にすることないよ!ほら、一緒に紅茶でも飲もう!」
「は、はい…!」
おずおずと私に手を引かれ屋敷に入る姿が何処か小鹿のようで可愛い。
パルメラの姿を見てマシューもモガも苦笑いを浮かべていた。
「マシュー、あんたは一時間休んだら私と稽古ね。人の事を笑う暇があったら少しは私に勝つ算段を整えておきなさい。モガはお茶の準備を。」
「そんなぁ…」
「畏まりました」
席に着き会話すること十分ほど。
屋敷で雇っているメイドがノックをし、声を掛けてくる。
「伯爵様、ご来客でございます。ゲース家マリアンヌ嬢、メルトリア家サレナ嬢が共に訪ねてきました。如何致しますか?」
ふぇ?
これはまた珍しい組み合わせだ。まぁ、マリアンヌはゴキ…ゲフンゲフン並に何処でも現れるから良いとしてサレナちゃんが突然訪ねてくるとはなぁ。
会っても良いだろう。ストーカ…じゃなくてマリアンヌはどうでも良いんだけど。
「ここに通しなさい。それとモガは追加の紅茶を。貴方は焼き菓子をお願い出来る?」
「「畏まりました」」
「リリアナ様、私はそろそろ兵士の修練に戻ります。折角ご指名下さったのに申し訳ありません。」
モガとメイドが頭を下げその場から離れる。
便乗するように自らの使用したカップとソーサーを手にパルメラは退席した。
三分ほどでまたノックが響き、マリアンヌとサレナ嬢が姿を現す。
マリアンヌはだらしなく涎を垂らしご馳走を見る目で私を見ており、サレナちゃんはそんなマリアンヌにドン引きしていた。
うん、マリアンヌ気持ち悪い…
「リリーさまぁぁん…!」
私を視界に移すや否や、獣の如く飛びかかってきたのでヒラリとそれをかわす。
ゴンッという音が聞こえたが無視し、私はサレナちゃんに視線を向け微笑む。
「いらっしゃい、サレナちゃん!丁度紅茶を飲んでたんだけど、良ければ一緒にどう?」
「あ、あぁ…そのゲース嬢は大丈夫なのだろうか?」
「気にしない気にしない。ささっ!こっちに座って!」
「う、うむ…」
サレナちゃんを席に座らせモガが横からスッと紅茶を差し出す。
うん、今日の紅茶はアールグレイか。
香りが良い。
「リリー様!お会いしたかったですわ!最後に会ったのが三十八日と六時間二十四分十九秒前でした!その間、わたくしは寂しくて寂しくて…はぁはぁ」
おっ!今日のお茶菓子はマドレーヌか。
私好きなんだよねぇ。
このしっとり感が何とも言えなくて、うん美味しい!
「その…リリアナ殿?ゲース嬢の様子がおかしいんだが?額から血を流しているぞ?」
「はいはい、ヒールヒール。コレは基本無視で大丈夫。それでサレナちゃん!今日は突然どうしたの?」
「そんな雑にあつかわなくても…あ、あぁ、前から言っていた剣の試合を申し込みにな。丁度父の部下がセンティス伯爵家の馬車を見かけたのでそれを聞き足早にここへ来たと言う訳だ。私が来た時には既に門の前でゲース嬢が立っていてな。『リリー様の匂いがする…!』とか呟いていたので連れてきた。」
なるほど、それでやって来たのか。
「リリー様!リリー様!いつものアレ…お願いしても良いですか?」
マリアンヌが私の袖を引き、いつものやつをおねだりしてきたのでさせてやる。
マリアンヌはテーブルの前に四つん這いになる。
私はその背にどかりと座る。
それだけでマリアンヌは恍惚の表情を浮かべ歓喜の声を上げた。
「なっ?!!」
「あー、サレナちゃん気にしないで。マリアンヌの筋トレに付き合ってあげてるだけだから。」
「そ、そうなのか…」
「そうだ。サレナちゃんは弟に会ったことないよね?紹介するよ!モガ、マシューを呼んできて」
「畏まりました」
夏にセンティスの屋敷にやって来たマリアンヌと水遊びをした日の翌日マリアンヌが頼んできたのだ。
『どうか、わたくしの上に座してはいただけませんか?リリー様のお尻の柔らかさを堪能…じゃなくて、筋肉を付けたいのです!』
と……
魂胆は丸見えだったが、一度座ってみると中々座り心地が良く、マリアンヌから言ってくるので私はそれを叶えてやっているだけである。
ギブアンドテイクの関係ってやつだ。
「姉さん。何か用…って、何してるの…?」
マシューがノックして入ってくる。
扉を開くと姉が見知らぬ少女の上に座っているので驚いた。
「マシュー、自己紹介を。こちらメルトリア家令嬢サレナちゃん。あんたの二つ年上で剣と鍛練が好きなの。」
「えと…マシュー・アルデンです。」
「サレナ・メルトリアだ。お邪魔している。」
「よし!じゃあまずはサレナちゃんとマシューで戦ってみてほしいな!私よりマシューは弱いから多分サレナちゃんと同じくらいだと思う。」
「ほう?リリアナ殿と戦いたいならばまずは弟君を倒せと仰せか?良かろう!」
「ちょ!姉さん、急すぎない?サレナさんも適応力凄くない?!」
マシューが突然の申し出にオタオタし始める。それが面白くて私は笑ってしまう。
サレナちゃんも同様で仄かに口角を上げていた。
「リリー様、宜しければわたくしの臀部をーー」
「うるさい。あー大丈夫大丈夫。何なら鑑定するよ。マシュー、こっちに」
「うぇ?鑑定?何それ」
マシューの手を掴み鑑定魔法の呪文を紡ぐ。
光属性、闇属性持ちの人間が居ないため今のところ私だけの専売特許だ。
そのうちジェシカやルル、イシスちゃん、マシューあたりに教えてもいいかな。
ジェシカは冒険者ギルドのグランドマスターとして、ルル、イシスちゃんは魔法部門の次代の担い手になるであろうことから推挙した。
マシューは…うん、覚醒済みだし、全属性血反吐を吐くくらい鍛えれば覚えるはず。
そこからどんどん広めていけば三十年後くらいには大陸に浸透していくだろう。
ルルだけで弟子というか、梟の塔研究員が二百名近く在籍しているのだ。
ルルの姉クトゥリカさんは闇属性に親和性が強く光属性の素養もあった。
きっと数年後には覚えてる筈である。
あ、マシューのステータス忘れてた。
以下の通りとなる。
マシュー・ガーズ・アルデン
9歳
レベル 15
体力 280
魔力 300
物攻 300
物防 300
敏捷 300
魔攻 300
魔防 300
運 300
器用 300
魅力 300
称号 救世者 勇者の卵 対魔王殲滅兵器 時代に求められし者
加護 魔剣アロンダイトの加護(経験値、能力補正上昇)
所持技能
剣技 槍技 斧技 棍技 魔法熟達 武術熟達 魔物調教 【精霊魔法】 【魅了】 【重力魔法】
使い魔 ファルシオン《一角天馬》
うん、見事にオール300で見映えのしない能力である。
原作ではゲーム開始時点で20だったが、そこから魔剣イベントで一度リセットされ1から育てる事になるのだが、今世でも少しタイミングはずれたが、無事に魔剣を手に入れ原作通りにリセットされたんだろうな。
センティス領内でジョセフに地獄の三丁目コースを施して貰ったのでそれなりに上がっていると推測する。
というか久々に見たなぁ重力魔法。
【】の場合はまだ覚えていないが、既に取得条件は満たしているみたいで何かきっかけがあれば直ぐに使いこなす事が出来るのだろう。
その辺もマシューを鍛えて強化しよう。
私はマシューのステータスを紙に書き写していく。
勇者関連のものは全て除外して、誰が見ても大丈夫な状態にした。
そのうち自分で使える様になれば、気付くだろうが私は見てないふりを続けよう、それが良い。
「へぇー!これが僕のステータス?ってやつかー!姉さんのも見せてよー!」
私の袖を引っ張り私が書いたばかりの自分のステータスに目を通し甘えてくる。
もしこのまま甘えん坊のまま成長したら私まで魔王城に連行されるのだろうか。
『姉さーん!ちょっと魔王滅ぼしに行くから手伝ってー』
嫌だ、私は可愛い女の子を沢山囲んでスローライフを送る予定なのである。
その為に色々前倒しで冒険者ギルドや魔法研究施設などを作ったのだ。
はっきり言って魔王など眼中にはない。
マシューに求められるまま自分のステータスが書かれた紙をマシューに渡すとサレナちゃんも興味をそそられたのかマシューのと見比べている。
「これは…リリアナ殿、おかしいという範疇を越えているんじゃないか?魔力が弟君の二十倍あるではないか!」
うん、そうだよね…私の魔力、桁が一つ間違ってるんだよなぁ…
「ジョセフとかのもあるの?見せてよ、姉さん!」
そう言うと思っていたのでモガの持っていた鞄から使用人、兵士(隊長含め)二百名分の一覧表を手渡す。
能力値が高い順なので一番上にはジョセフの名前が書かれていた。
多分アムスティアで一番強いんじゃないかなあの人。
現剣聖であるサレナちゃんのお父さんの能力は知らないけど、不思議とジョセフが負ける気がしない。
もう一枚別の用紙を渡す。
レベル毎の平均表みたいなものを私が作ったものでそのレベルに達するには何を何体倒せば良いのかなどが書いてある。
「リリアナ殿、早速私も鑑定して頂きたい!お願い出来るだろうか?」
「もちろん、手借りるよ?」
サレナちゃんの手を掴み鑑定をする。
レベルはマシューの倍以上で33。だが能力値は物攻の値だけぶっちぎっていて700、それ以外はほぼほぼマシューと一緒だった。
サレナちゃんは原作でも最大火力を持ったキャラだったからなぁ…!
加入するのは中半以降でレベルも高かったし。
「なるほどな!よし、マシュー君!お姉さんと試合をしよう!もちろんハンデを付けよう、私は右利きだから左手で相手をする。マシュー君は本気で来ると良い!なんなら魔法を使っても良いぞ?」
「うぇぇ?!ね、姉さん!」
マシューへの態度が軟化し、急にマシュー君呼びになるサレナちゃん。
私以外の同年代と殆ど対面したことのないマシューにはハードルが高かったのか困惑しているようだ。
顔を真っ赤に染めあたふたしている。
多分試合がしたいだけなんだろうけど、マシューの魅了まだ覚醒してなかったよね?
多分私が故意にヒロイン達と会わせない様にしてたのも原因なのかも。
原作では初期から持っていた技能だし。
「良いんじゃない、マシュー。色々な人と剣を交えるのも糧になる。マシューの為だよ?」
「うぅ…分かったよぉ…サレナさん、お手柔らかに…。」
「良いぞ、沢山剣を交えようじゃないか。リリアナ殿、良い教えだな!早速やろう!」
「ねえさーん…!」
マシューの助けを求める声は空しくも腕を引くサレナちゃんによって遠退いていく。
強く生きろ、未来の勇者よ…!
私はすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干し試合を見に席を立った。
「あ、リリーさまぁん…!わ、わたくしはどうすれば…?!」
マリアンヌは放置されていますが、それすらもゾクゾクと快感を覚えてしまうまで成長しました。
もうリリアナ抜きでは生きていけない身体になってます笑
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