最愛の……
リリアナ視点です
私は空中を駆ける。
結界で作った足場だ。
ジョセフ、ホセ、パルメラ、ジェニーの四人と共に。
マシュー、絶対に見つけ出してみせるからね…!
例え帝国と戦争になったとしても、私は構わない。
不法入国?
そんなの、領空権という概念のないこの世界にはあって無いようなものだ。
どうせ空中を往くのだ、帝国には何も迷惑は掛けない。
マシューの安全が第一、拐ったというワイバーンは生きて返さないだろう。
マシューに万が一何か有れば私は怒り狂ってしまうだろう。
そんなことを考えたくはないが、さっきから何度もその事が頭を過っていた。
「お嬢、熱くなりすぎですぜ?さっきから魔力が駄々漏れだ。もう少しクールに行きやしょう。坊も…それなりの戦闘訓練を積んでるんだ、きっと大丈夫でしょうぜ!」
「そうですよ、リリアナ様。少し休息を入れましょう。パルメラとジェニーが追い付けていない。このままじゃいざというとき全力で戦うことは出来ません!」
ジョセフとホセが私の暴走を咎める。
はっとして後ろを振り向くとパルメラとジェニーが二十メートルほど遅れていた。
「分かった、ごめん皆。ここで一度休憩を取るよ。十分後に再出発、速度はもう少し落とすから。」
「そうして下さると助かります。本音を言うと俺も限界でした…はぁ…」
「ごめんね、ホセ。もう少し冷静に判断するから」
頭を冷やすため水を飲む。
ダメだな私は…こういう突然の出来事にはどうも弱い…もう少し冷静な判断を下せる様にならなくては。
二時間かけてガルガントへ到着する。
普通に馬車で移動すれば二日はかかるのだが、私の結界魔法の足場+身体強化+追い風で最短距離を駆け抜けた。
治癒魔法を常に掛ける事で疲れ知らずの最高速度を保ったまま移動できるので重宝している。
たどり着いた私は真っ先にガルガント領主館へと飛び込む。
「ロイ!ロイは居る!?」
「おう、リリアナの嬢ちゃん。ロイは今しがた寝たばかりだ。話は聞いてるから儂から説明しよう。」
玄関を開けると執事やメイドではなく、レオパルドが胡座をかき座っていた。
多分私が来ることを事前に察知していたのだろう。
今すぐマシューを追い掛けたいが逸ることはない、まずはレオパルドから事情を聞いてからでも遅くはないか。
「分かった、話して?」
食事を終えいつものように日課の鍛練をしていたマシュー。
そこにロイが現れ、マシューと稽古をしていた途中に女性の悲鳴が聞こえマシューとロイは悲鳴の聞こえる方へ駆け付ける。
そこには血塗れになった女性を足で押さえ付ける飛行型の魔物の姿があったという。
ロイの証言からワイバーンだとマシューが呟いていたらしい。
ワイバーン…?
あぁ、確かにマシューには色々な魔物の特徴を文章で説明する手紙を送っていたが初見でわかるものだろうか。
まぁその辺は無事救出することが出来てから追々聞くことにしよう。
ロイが囮役となって女性からワイバーンを引き離し、マシューを逃がしたが、敢えなくロイはワイバーンにやられ気絶し、目が覚めたのはマシューが魔物に捕まり南の方へ飛んでいった所だというのがロイからレオパルド伝てに聞かされた話。
むぅ…やはりマシューを切り離して代官にするのは失敗だったかな?
レオンハルトや他のヒロインを誘惑させないために此方へ置いたという理由もあるが、元々領民からの受けも良く色々と経験を積ませたかったという姉心もある…
だがそれが裏目に出てしまったのではないかと後悔もしている私が居た。
何が正しかったかなんてわからない。
でも今はマシューの救出が最優先だ。
話を聞き終えると私は玄関を出ようと立ち上がり、応接室の扉に手を掛ける。
だがその腕をレオパルドとジョセフに同時に掴まれた。
「リリアナの嬢ちゃん。何も焦る事はねぇ。マシューの坊主も男だ、きっと帰ってくる。それにここから南は帝国領だ、勝手に向かったりすればそれこそ色んなとこに迷惑が掛かるぜ?マシューの坊主はお前さんのそんな姿見たかぁねえんじゃねえか?最悪…戦争になるぞ?」
「俺も同じ意見だ。お嬢、何とか考え直してはくれないか?」
二人の言葉は優しく語り掛けていたがその目には涙が溜まり悔しそうにしている。
私だけじゃない、皆マシューを心配しているんだ。
「うん…わかっ、た。でもせめて国境付近でマシューの帰りを待たせて。1日だけ、二人の言葉を守るけど私はそれ以上は待てない…いい、よね?!」
「はぁ…分かったよ…お嬢、本来こんなことは言いたくねえが、俺だって今すぐ坊を助けに行きてえ…!だがコトは外交問題にも抵触するんだ。慎重に動かざるを得ない。でもお嬢の覚悟は、俺もしかと受け取ってるぜ?」
「ジョセフ…!」
「あぁ、騎士団長さんの言う通りだ。巳むを得ん、とりあえず儂と団長さん、リリアナの嬢ちゃんで国境へ向かうぞ」
「分かった、じゃあホセ達は領軍をまとめて国境二キロ手前で待機してて」
「承知した!」
ホセに留守番を頼むと夜営道具を整えジョセフ、レオパルドと屋敷を出て国境まで向かった。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
私達は二十キロほど南に足を進める。
来たときと同じ様に魔法で強化したため30分程で辿り着く。
土魔法を発動し雨風を避けられる様にコの字型の簡易的な小屋を建てる。
結界で作っても良かったのだが、まぁこっちの方が魔力消費は低いので良いだろう。
デカイおっさん二人が一緒のため二×五の広さだが、少々手狭ではあるが一晩くらいなら問題はない。
小屋の脇に土魔法で物見櫓を建て何時でも監視出来る様にする。
高さは約十メートル。
このくらいあれば割りと遠くまで見渡せる。
懐中時計を確認する。
もうすぐ二時か…少しお腹が空いたなぁ。
「ジョセフ、そろそろ昼食にする?」
「ええ、俺も腹が空いてきた頃合いでさぁ」
「レオパルドは食べる?」
「儂ゃさっき屋敷で食べてきた。構わんから食べて貰って良いぞ?」
禿げ始めた頭を撫でそう答えるレオパルド。
なら好きにさせて貰おう。
「ジョセフ、任せても良い?私は櫓で監視しておくから」
「あいよ!たまにゃお嬢の作った料理を食いてえが、貴族様の手料理なんて贅沢は出来ねえしな!そんじゃちょっと向こうの森にでも入ってきまさぁ!」
何を言ってるんだ、ジョセフは。自分も騎士という身分じゃん。
まぁ、いいか。ジョセフの料理美味しいし!
ジョセフの兄ジョルジュを思い出す。
彼は宿屋の主人であり、あの宿屋はジョセフの実家だ。
剣の才能があり次男だった若かりしジョセフは屋敷を飛び出し父…アルデン家の門を叩いた。
それまでは宿屋の仕事をこなしていた訳で中々スペックの高いオッサンである。
櫓から南の方を頬杖して眺める。
目の前に広がるのは平原ばかり。
木が数本点々と生えているくらいか。
視界の端には黒く聳え立つ巨大な城。
五年後には魔王へ挑む旅路に着く。
勇者の血を覚醒させたマシューならレベル七十付近まで成長すれば何とか勝てるといったところか。
マシュー大丈夫だろうか…
お腹空かせてないかな?
思考がぐるぐると行き来する。
過去にプレイしていた時の事をふと思い出した。
魔王城から二百キロ離れた場所にある迷宮【泉精の湖窟】でマシューは迷宮主の魔剣を返すために立ち寄るんだっけ。
その手前にある町で樽に粗雑に入れられた安売りの錆びた魔剣を見付けて購入し、頭に響く声に導かれて迷宮に入るっていうイベントだ。
泉精に届けると、錆びた魔剣と呪いを解かれ勇者へと覚醒すると言った内容だ。
作品の中盤で起こる印象深いイベントなのを覚えてる。
マシュー大好きな美樹…今はレオンハルトか…が、動画を一日中見ていたからセリフの一言一句を覚えている。
美樹…あなたは何処へ向かおうとしているの?
原作の流れを壊してまであなたの手にしたい目標は何なの?
そう問い質したいが、私はそれを恐れ身分を偽った。
出来ることならあの下らなくも幸せな日々に戻りたい。
だけど、今私が生きているのはこの【アム学】の世界。
大切な友達、仲間、部下、そして弟が居る。
もしもどちらかを選ぶなら私はこの世界を選ぶだろう。
この剣と魔法の世界が好きなんだ。
前世の家族には悪いとは思うが弟や妹も元気しているだろうか…
あぁ、ダメだ。
少し弱気になりすぎているせいか思考が変な方向へ進み始めてる。
私は今この世界の住人なんだ、せめて前世では出来なかった弟の成人を見送るまでは強く生きよう。
「お嬢~!飯出来たぞー!」
櫓の下でジョセフが呼んでる声が聞こえ私は思考を止める。
気付けば日も暮れ始め、少し肌寒くなった気がする。
懐中時計は午後四時を差していた。
「今行くー!」
ジョセフに返事し、梯子を降りようと振り返った時、背後から何かが聞こえた気配がした。
「ーーさーん!ねーーん!姉さーん!」
「マシュー?!」
振り返るとそこには一角天馬に跨がり此方へ手を振る黒髪の少年が遠くにぽつんと見えた。
「姉さーん!ただいまー!」
忘れもしない、マシューの声だ!
私は櫓の手摺を乗り越え結界魔法を発動し、マシューの方向へ向かい走り出す。
「あっ!ちょ、お嬢!」
ジョセフの制止する声が耳を通過するがそんな事知らない。
私は夢中で駆け出した。
「マシュー!マシュー!無事なの?怪我はない?」
「うん、大丈夫だよ!ねぇ!聞いてよ!僕ねーー」
マシューは一角天馬から確認もせず飛び降りると私に向けて駆け出す。
慌てて結界をマシューの足元から私の足元まで繋げるとマシューは私の胸に飛び込み子供の純真な瞳で嬉々と自らの冒険譚を語り出す。
その背には薄く青い微光を放つ剣を背負っていて…嘘!これって魔剣アロンダイトじゃ?
泉精イベントをこなすと貰えるやつだ、その特徴的な柄には見覚えがある。
ということはマシューは覚醒済み?
私は驚きを隠しつつも平静な言葉を紡いだ。
「マシュー、話はゆっくり聞くから先ずは屋敷に戻ろう?あそこでジョセフが料理を用意してるから食べて行くわよ?」
「うん!僕、お腹ペコペコだよ~…」
お腹を抑えて答えるマシューを愛おしく感じ、強く抱き締める。
「え?姉さーー」
「バカ!すっごい心配したんだからね!どうして無茶したの!大体ね、あんたは力も無いくせに人を助けようとするのは止めなさいって何度もーー」
「それでも…僕は戻ってきたよ。姉さんにもう一度会いたかったから…!」
真っ直ぐ見つめる黒い瞳に私の姿が映りこむ。
あぁ、もう!マシューの癖に!
「うっさいバカ!とにかく行くわよ?…と、その馬は?」
照れ臭くなりマシューの頭を小突く。
それなりに力を加えたせいか頭を抑えマシューは蹲る。
話を反らす様にマシューの横に立つ一角天馬に視線を映した。
「痛ぅッ…酷いよ姉さん…こいつはファルシオン!僕の仲間だよ!」
「そいつメスよ?」
「へ?」
それから私はマシューの手を引きジョセフの元へ歩きだす。
何気ない会話をしながら。
やっぱり私はこの世界が好きだ。
弱虫で無謀で短絡的な行動に出やすくて、弱い癖に誰かを守る為なら自分の事など二の次に考え、英雄に憧れるちょっぴり可愛い弟がいるこの世界が。
私がしっかり鍛えて強い男に育ててみせるから。
私の中で渦巻く感情が一つ解れた気がした。
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