マシューとワイバーン
遅くなりました!
九月半ばーー
魔王が復活し、大陸中央部に突如天から現れた浮遊大陸が舞い降りた。
いやーーその表現は少し柔らか過ぎるだろうか。
範囲数十キロに及ぶ激震、建物の倒壊、川の反乱、被害を上げればキリがないだろう。
その余波はここアムスティア王国の南東に位置するセンティス領にも被害をもたらした。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
「魔物出現により東村、及び南村が甚大な被害を受けました。上がってきた報告によると南東の町セネガルに村民を一時受け入れ人的被害は無しとのことです。」
「ふぅ…とりあえずは良かった‥いや、全然良くないけど人的被害がないなら一先ずは安心だね。ありがと、ジェシカ。それじゃフェイズ2に移行しようか」
私は紅茶を口に含んで一息着く。とりあえず建物だけなら何とかなりそうだ。
「畏まりました。書類の方は以前作成したものを王都へ届けるということで宜しいですね?」
「うん。レオンハルト…じゃなくて陛下には前以て伝達してあるから後はゴーサインを待つだけだよ。もうすぐ冒険者ギルドの発足だね…!なんかこう言うのもあれだけど、ワクワクしてくるな…」
フェイズ2…ジェシカをギルドマスターとした冒険者ギルドの設立である。
腕に覚えのある領民、一部の兵士が最初の冒険者となる。
もちろん資金は私が出し、私の経営するリモーネ商会が全面的にバックアップする。
「お嬢様、本当に私なんかで良いのでしょうか?ギルドマスターという大役、私には少々荷が重すぎるかと…」
「ジェシカじゃないとダメなの…!能力もあって、判断力や応用力、端まで目が届くジェシカじゃないといけない。ううん、これは多分私のわがままなんだけど今まで私に付き従ってくれたジェシカへの恩返し。だから…お願い!」
「お嬢様…!ーー分かりました。ギルドマスター抜擢の大任、しかと勤めさせていただきます!」
ジェシカの目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。私は立ち上がりジェシカの目元を拭うと強く抱き締める。
「うん、お願いね!ジェシカならきっと大丈夫!私が保証するよ!」
そのあとジェシカと語り合いながらその日の仕事は中止して、夜は更けていった。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
「てりゃー!」
「甘いわッ!ーーシッ!」
「うわぁー!」
僕はレオパルドに木剣で斬りかかる。
しかしその刃は届く前に腹に蹴りを受けて届くことはなかった。
「ほら、坊主立てるか?」
「う、うん…ありがとう、レオパルド!」
「まぁ、二年前よりは少し成長したか。やれやれ、呆れてものも言えないぜ…儂が鍛えてやってると言うのに…はぁ…」
「ごめん…レオパルド…」
「いーや、お前さんのせいじゃねえ。まだ九歳だろ?これからだ。おっと、ロイ!少し具合を見てやってくれ。派手に吹っ飛んだからどこか悪くしてるかもしれねえ」
ふらつく僕を受け止めたレオパルドが孫のロイを呼ぶ。
「じいちゃん、やりすぎだよ…マシュー大丈夫?」
ロイはレオパルドを責める口調をしながらも甲斐甲斐しく触診してくれた。
この二年間、一緒に鍛練を積んできて今では親友と呼べる存在になっている。
だけど、僕の才能はほんのちょっとしか上がらずその差はどんどん広がるばかり…
僕は自分が情けなくて仕方ない…
その日の夜、僕は自己鍛練を行っていた。
僕の居るこのガルガントの真南には敵国であるガルム帝国が広がっている。
「綺麗…だなぁ。あぁ、姉さんに会いたい」
ふと空を見上げるとまん丸に輝く月が綺麗で思わず声を上げる。
何故か姉さんの事を思い出し、呟いてしまった。
姉さんと言えば最近忙しそうで冒険者ギルドというものを発足させたらしい。
兵士ではなく、領民が魔物を狩るという全く新しい制度。
魔物の素材を買い取り、生活に役立てるという新しい発想。
やっぱり姉さんはすごいなぁ。
一歩でも近付きたい。それがダメなら半歩でも…!
僕は姉さんの背を追い掛けていたい…!
ーーいや、それじゃダメだ。
隣に並び立つ存在にならなくちゃ!
「マシュー、お嬢様のことを考えてたのか?」
「うぇっ?ロイ!何時からそこに!?」
聞かれてたのか…!僕ははっとして振り返る。
「あぁ、まぁな。今来たばっかだよ。どうせ一人で剣を振ってるんだろうって思って来てみたら突然月を見上げてるんだもんよ!」
「くぅ~…!あぁ、もう!ロイ、手合わせお願い!」
僕は恥ずかしさで顔を真っ赤にする。
それを隠すためわざとロイに手合わせを願った。
「良いよ。それじゃあ…始め!」
「あ、ズルい!ウオッ…!」
突然開始の合図を出したロイは上段から振り下ろしを放つ。
僕はそれを剣の両端を掴みギリギリで抑えると持ち上げ振り払った。
「中々やるじゃないか!でも…これならどう?」
ロイの速度を活かした連続攻撃。一合い一合いが重くて正確な攻撃だ。
これが僕とロイの差…いや、諦めるな!僕は大きく後ろに飛び、木剣を突きの形に構える。
僕の持てる最大で、好敵手のロイから一本取って見せる!
その時屋敷の裏庭から女性の悲鳴が聞こえた。
僕は構えを解きロイの方を見ると彼も頷いている。
言葉はいらない、僕達は木剣を手に裏庭へと駆け出していた。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
鬱蒼と茂る木々を縫って歩いていくと、血を流し倒れ込んだ女性と化物が居た。
大きな体に蜥蜴の様なギョロリとした目、全身を覆う鱗、腕は無く羽と一体化しており二本の長い爪を持った足で女性を捕まえようとしているところだ。
「ヒィッ…!」
思わず情けない声を上げてしまう。
ロイは木剣を構える。
そして真っ直ぐにその化物の所に突っ込み木剣を振り下ろしていた
「ワイバーンがどうしてこんなところに!」
「マシュー、直ぐにじいちゃん達を呼んできてくれ!俺が囮になる!早く!」
「でも…!」
「良い…から!行けぇ!」
僕は無我夢中で来た道を駆け出す。
でも直ぐにロイの呻き声が聞こえた。
バサリバサリと、ワイバーンが飛んでくる音が聞こえる。
こっちに来る?!
僕は息も絶え絶えになりながら、全力で走った。
乱立した木々が邪魔で上手く走れない。
「うわっ!」
木の根に足を取られ僕はその場で転んでしまう。
その反動で木剣を手放してしまう。
その時、ズシンと重い何かが僕の前に降り立つ。
絶望…そんな言葉が頭を過った。
グルォォォォォ
化物の口から漏れた音、口端からは涎を垂らし今にも僕に襲い掛かって来そうだ。
僕は立ち上がり右へと走るがあっさりと捕まってしまう。
二本の足に捕まり宙吊りになった僕を連れ、ワイバーンは何処かへ飛び始めた。
何処へ連れてくつもりだ?
僕は周囲に視線を走らせる。
どんどんガルガントが遠くなっていく。
南…帝国の方か?
不意に過るのは姉さんの笑顔、もう二度と見ることはないのだろうか?
そんなことを考えると急に涙が溢れる。
姉さん…!
そして僕は思い出す。
姉さんに貰った短剣を首に掛けているのを思い出し、取り出そうとするも両腕は化物の足に捕まっていて身動き出来ない。
今は待つしかない。
こいつが僕を放すまで…!
ブクマ、感想、レビュー、評価、お待ちしております!




