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田舎冒険者と白狐  作者: 倉秋
ハントシーズン編
2/53

白い狐と田舎者の最期

クラウラ大陸の中ほどに存在する、小国ボーペリア。

多種多様な国家に挟まれた小国であったが、近隣国との仲は良好である。

その為、数多くの冒険者や職にあぶれた騎士、名ばかりの勇者など

色々な人物がこの国を通り、去っていく。


だが・・・この国には、ある特徴があった。

平野が続く小国だが、何故か魔物が徒党を組んで襲い掛かる時期がある。

この時ばかりはこの小国に大量の冒険者や騎士が集まる。


人は言う・・・「ハント」シーズンと。


――――――――――――――――――――


レオハルト・ディリオン。

彼もまた、そのハントに参加するために、

ボーペリア南部の田舎町から首都カルラスへと移動していた。


田舎町の中では、剣の腕は一番、屈強な肉体を持っていたが。

いざ、自分と同じハントへ向かう戦士たちを見ると、自身が無くなり始めていた。


鎧は、故郷で作ったお手製の鉄の胸当てと、獣の毛皮でできた腰巻。

下に着ている普段着の裏地にも、厚手の布を縫い付けてあった。

・・・だが、ハントへ参加する人たちの装備は、どれも自分以上だ。


全身白い鎧を着た騎士。

剣や盾にルーン文字を装飾した剣士。

重装備でいかにも盾役の装甲騎士、など。


「はぁー・・・」


ついつい、ため息をついてしまう。

首都カルラスに着いてからというもの。

自分の装備の貧相さに泣けてきた。

剣も、使い古しの剣を研ぎなおした中古品だし、盾なんてひびが入っている。


両親を楽にさせるために、金を稼ごうとハントに参加しようと思い立った。

危険なのは重々承知だったし、両親も心配してくれていた。

だが、家の借金を考えてれば、農作業だけでは到底返しきれない。

危険だろうが・・・やるしかなかった。


馬車は大広場に止まった。

早速、宿を探すために、方々を歩き回ることにした。



「お客さん、冗談言っちゃいけないよ?」


宿屋の主人と、値段の交渉をしていた。

借金のある家から持ち出せる金額なんて、たかが知れている。

・・・つまり、ここで折れると路銀が無くなる。


「そこをなんとか・・・!」


手を合わせて、頭を下げる。


「お客さんね、今はハントシーズンなんだよ?どこも宿は一杯だ。

 うちの店はシーズンだってのに一切、値上げしてないんだよ?」


わかる?と聞かれる。

だが、広告に書いてある一泊の値段と、最初に出された値段は二倍近く違っていた。


「ですが、広告だとこの値段ですよ?」


「・・・古い広告だね、昨日のじゃないか」


昨日と今日でここまで違うのか!!

と、言い出しそうになったが、我慢した。


「それに、お客さん・・・田舎から出てきたばかりだろう?

 悪いことは言わないから、帰った方がいいよ」


主人はそう言うと、隣に待たせていた客の応対を始めた。


「・・・わかった、ありがとよ」


無駄だと分かり、宿屋を後にした。



泊まる場所は確保は出来なかったが、ハントの情報は、耳に入れておかないと。


この国は定期的に、魔物が大量に沸く。

理由は分からないが、放っておくと甚大な被害になる。

現に、何度か首都が壊滅しかけている。


そのため、方々の国に救援要請をした。

すると・・・職にあぶれたものや、一獲千金を狙う冒険者が集まるようになった。


結果的に、冒険者や騎士、果ては名のある勇者が来るようなお祭り騒ぎになった。

国もこれを売りにしだしたのが100年近く前、今では本当にお祭りだ。


だが、祭りじゃ済まない部分もある。

毎年、死傷者が出るのだ・・・それもかなりの数。

周りはお祭り騒ぎだろうが、当人たちからすれば命を懸けた金稼ぎに近い。

俺もそうだし。



カルラス冒険者ギルド本部。

俺の村にもギルドの支部はあったが・・・。

圧巻されるほどの広さを誇っていた。

支部は受付が一人だけだったが、ここは十人以上いる。

それに、待合室も人で満杯だ。


「カルラス冒険者ギルドへようこそ」


受付嬢が一礼すると、ニコリとほほ笑んだ。

綺麗な人だなと思った。

・・・照れくさくなって目線を逸らした。


「・・・田舎育ちね?」


え?

目線を戻すと、蔑んだ眼がこちらを見ていた。


「ハントの情報を知りたいんでしょ?」


「え、あ・・・は、はい・・・お願いします」


腰に下げていた冒険者の証を差し出す。


「Eランク・・・ですか」


証を見た後、書類をめくり始める。


「ここから南にある平野で、ゴブリンの討伐が行われます。参加しますよね?」


有無を言わせぬ言いよう。

・・・それ以外、仕事はないと言われているようなものだ。


「分かった・・・手配してくれ」


「了解しました」


事務的に書類を作成すると、証と一緒に書類も渡される。


「期日などは書類に書いてありますので、ご確認くださいね」


「あ、ああ・・・」


「あなたみたいに、田舎から上がってきた人が一番先に死ぬわ。

 あまり、頑張らないことね」


きつい一言を貰った。

・・・証を付けなおし、書類を懐にしまう。


「・・・何してるんですか、次の人の邪魔ですよ?」


後ろには人が並んでいた。

一礼して詫び、その場を後にした。



Eランクは最低クラスの冒険者だ。

・・・田舎じゃ、E以上にはなれないともいわれる。

自分の冒険者の証を見る。

何度見てもEランクだ、悲しくなるが。


書類を見ると、明日が討伐予定日になっている。

俺の他にも十数人が参加するみたいだ。

敵の規模は・・・不明らしいが、相手はゴブリンだ、何とかなるだろう。



再び宿探しをする。

そしてようやく見つけた。

カルラス郊外の、寂れた安宿。

今の俺には、ぴったりだな。



「一泊、銅貨二枚だよ。前払いでね」


宿の主人は、魔法を使いそうな婆さんだった、

今にでも、箒で空を飛びそうな顔だ。


「前払い!」


ぼーっとして払わないと思われたのか、机をどんと叩かれた。


「わ、悪い・・・ほら」


銅貨二枚を差し出す。

・・・これで、所持金は銀貨一枚と銅貨十枚だ。


「はい、2階の端の部屋だよ」


何処からともなくカギを取り出し、机に置いた。

それを受け取り、二階へ上がる。


部屋は・・・狭かった。

ベッドは、臭い。

・・・窓は、錆びて開かない。


「やれやれ・・・」


だが眠れる・・・それが一番だ。

ベッドに横になり、明日の事を考える。


・・・まあ、相手はゴブリンだ・・・死にはしないさ。


――――――――――――――――――――


次の日。

朝日が上がる前に目が覚めた。


「体を動かしておくか」


戦いの前の、前準備だ。

いざというときに体が動かないのでは、死にに行くようなものだ。



書類を見ながら、道を歩く。

これに書いてある通りなら、この近くで集合のはず。

周りを見渡すと、目印である王都への看板が立っていた。


その看板の前で、待つこと小一時間。

次々と、冒険者らしい格好をした奴らが集まってきた。

・・・ここで間違いはなかったらしい、良かった。



志願者が集まったのを確認した、ギルドの役員が、大声で何かを読み始める。


「これより、南カルラス平原に集まったゴブリンの討伐を行う!

 近くではミノタウロスの討伐も行われており、そちらに巻き込まれないよう

 気を付けてくれ!」


馬に乗った騎士服の男が、目の前で剣を引き抜く。


「私がこの部隊の隊長をさせていただく、ランカーだ!

 皆、ゴブリンと言って侮るな、奴らも知恵を持って戦う」


・・・この演説を真剣に聞いている者はいないようだ。

周りは私語で、隊長の言ったことさえよく聞こえない。


「ゴホン・・・!では、出発するぞ!」


気まずくなったのか、咳払いをすると話を切り上げた。



平原を真っすぐに歩いていると、やがて森の中に入った。

すると、森の茂みの向こう側に、ゴブリンの姿が複数見えた。

こちらをじっと見ている。


「む、早速か・・・さあ、名を上げる時だ!行くぞ!」


・・・え?

横にいた隊長がいの一番に突撃した。

何の指揮もなしに。


「っへ、騎士様に手柄は譲るかよ!」

「そうだそうだ、俺らだって、名を上げるために参加してるんだ!」


次々とゴブリンへ向かっていく冒険者たち。

俺も、その一団に交じって、ゴブリンへ向かっていった。


走りながら、冒険者たちは弓を番え、ゴブリンに矢を放つ。

ひゅんひゅんと音を立てながら、矢はゴブリンに向かっていく。

しかし、ゴブリンは森の中で捉えづらく、命中した矢は無い。

近くの木に当たったのが精一杯だ。

矢が飛んできたことを確認したゴブリンは、森の奥へと消えて行った。


「逃げたか・・・卑怯者め」


隊長は悔しさをにじませていたが。

・・・俺は嫌な予感がしていた。

あれだけの数で、討伐隊が組まれるはずが無い。

あいつら・・・偵察なんじゃないかと。


或いは、餌。


嫌な予感ほど当たる。

急に木々がざわめきだした。


「な、なんだ?」


隊長があたりを見る。

すると・・・赤く光る瞳が大量に、周囲に現れた。


「ゴブリンの奇襲だ!隊長!」


俺はそう叫ぶが、隊長は。


「ええい!怯むな!突撃して打ち破れ!」


馬に檄を入れ、一方向へ走り出す。


「逃げる気かよ、隊長!」

「させるか!」


他の冒険者も隊長の尻に続いていった。

・・・その瞬間、矢の雨が隊長達を襲った。


「な・・・!」


馬に命中した矢。

馬が痛みで隊長を振り落とす。


「ま、待て!」


その叫びもむなしく、馬は森の中に消えて行った。


「っは!」


自分の通ってきた道を見る。

そこには、矢の犠牲になった冒険者たちが横たわっていた。


「・・・お、俺のせいじゃ・・・俺のせいじゃないぞ!」


隊長はそう叫ぶと、腰を上げて走り去った。


残されたのは・・・俺と数人の冒険者だけ。

今も、ゴブリンに囲まれている。


「へへ・・・腕がなるね・・・なあ?」


背中に合わせになった冒険者がそう言う。


「・・・そうだな」


剣を引き抜く。

こうなったら、やれるだけやるだけだ。


――――――――――――――――――――


矢の雨がまた降ってくる。

俺たちは、その雨の中。

・・・ゴブリン達と斬りあっていた。


「この・・・!」


両手で構えた剣を、一気に振り下ろす。

ゴブリンの肩口に当たると、両断した。

しかし、構えを直す前に、違うゴブリンが斬りかかってくる。


「・・・!」


間一髪、盾で防ぎ、相手の武器を押しのけるように盾を動かす。

動きを逸らされたゴブリンの心臓目掛けて剣を突き立てた。

確かな手ごたえを感じ、引き抜く。

刺されたゴブリンは、その場に倒れた。


「くそが!いくら斬ってもいなくならないぞ!」


先ほどの冒険者の足元には数匹のゴブリンが転がっている。

だが、その一匹が彼の足を掴んだ。


「あ!?っが・・・!」


一瞬、気を取られた隙に、彼の胸にはゴブリンの石剣が突き刺さった。


「・・・死にたくねえ」


そう言い残し、彼の体は地面に付した。

残るは・・・俺だけだ。


周りにはゴブリンの大軍。

見えるだけでも十匹以上。

森の奥にはそれ以上の数がいるだろう。


剣を握り直す。


「絶対、生きて帰ってやる・・・!」


返さなきゃいけない借金だって残ってるんだ。

親を泣かせるわけにもいかない。

しかし、その思いもむなしく。

ゴブリン達は少しづつ、俺の周りを囲んできた。



雨が降り出した。

それも、結構な量。

足元はぬかるみ、森は水の音で満たされた。


そう、水の音だけ。

ゴブリン達は一切、こっちに動いてこない。

どころか、すごすごと森の中へ消えて行った。


「見逃された・・・?」


雨が、何度も頭を打つ。

握った剣をその場に落とし、膝も落とした。

助かった・・・?

本当に?



しばらくそのままで動けずにいた。

周りを囲む、ゴブリンの死体と冒険者の死体。

・・・なぜか生きている、俺。


どのくらい、そうしていたのだろうか。

雨は止まず、ずっと、頭を打っている。

落とした剣は、土砂降りのせいで半分泥に埋まり始めていた。


「・・・?」


ふと、顔を見上げると。

そこには、真っ白な生き物が水を浴びていた。

とても、綺麗な・・・真っ白い。

狐、を見た。


じっと見ていたら、あちらもこっちを見返してきた。

・・・にらみ合うように、狐と目を合わせ続けた。

何だろうか、この狐が・・・俺を助けてくれた気がするのだ。


「・・・なあ、お前―――」


雨の降る中、狐に話しかけようとした。

だが、その言葉は、地面の振動でかき消された。


「な、なんだ!?」


雨の音じゃない、別の何かが音を発している。

そして、こちらに近づいてきている。


森の奥の方で、鳥が何度も飛び立つ。

そして、地面の振動が頂点に達した時。


目の前に、地獄が広がった。



ミノタウロス。

近くで討伐が行われていたとは聞いた。

牛鬼とも呼ばれるその姿は、筋骨隆々の二足歩行の牛そのものだ。

手には、彼らの象徴たる大斧。

・・・そして、その斧には血が滴っていた。


「・・・なんだよ、なんなんだよ・・・!」


水で埋まりかけた剣を拾いなおす。

戦うためじゃない・・・ただ、何か手に持っていたかった。

手は震えている、到底戦える状態じゃない。


白い狐は、逃げもせずに、ただ、ミノタウロスを眺めていた。

その顔は不思議そうな顔だ。


「おい!逃げろ!殺されるぞ!」


しかし、白い狐はじっと、そこで座っている。

ミノタウロスもそれがイラついたのか、斧を振り上げた。


「ば・・・馬鹿野郎!」


何故、かは分からない。

走っていた。

ミノタウロスの斧は確実に振り下ろされている。

ただ、目の前のその白い狐が助けたかった。


体を飛びつかせるように、白い狐に体当たりをした。

斧が振り下ろされたのはその直後。


・・・体の一部の感覚がナイ。

手、ある・・・上半身・・・ブジ。

・・・下半身が・・・無くなっていた。


「・・・!あ、え・・・お!っが!」


声にならない悲鳴がそこら中に響く。

俺の下半身は・・・ミノタウロスの足元に転がっていた。

切り離された部分から血が流れていくのが分かる。


だが、俺は。

バカだったのだろう。


「・・・に、逃げろ・・・」


痛みより、死より。

ただ、それだけだった。


目の前の白い狐は、俺の血のせいで、所々赤くなってしまった。

済まないと思いつつも、意識がどんどん薄くなっていく。


「に・・・げろ・・・」


最後までその言葉。

・・・つくづく・・・自分の馬鹿さが嫌になった。


赤と白で染まった狐が、目の前の動かなくなった男の頭を口でつつく。

動かない。

今度は舐めてみる。

・・・動かない。

今度は齧ろうとするが、流石に止めた。


ミノタウロスが狐を見た。

もう一度、斧を振りかぶる。

狐は、それをただじっと見ていた。




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