ベヒーモス編 決着の刻
広場はベヒーモスの血によって、血の池と化していた。
その血を流し続けるベヒーモスの死体。
首のない死体、頭のあった部分からとめどなく流れる血。
・・・そして、その首の切断部分から、触手のようなものが生え始めた。
――――――――――――――――――――
「・・・化け物」
ロゼがそう呟く。
目の前で自らの首を貫き、頭を刎ねたベヒーモス。
その化け物は・・・さらなる化け物へと変貌しようとしていた。
首の断面から伸びる触手が、絡み合い、細長い形となる。
やがてそれは、蛇のような形になり、ベヒーモスの頭が蛇のような形状になる。
それと同時に、力なく倒れていたベヒーモスの身体が立ち上がる。
「・・・こいつ・・・!」
ロゼは再びレイピアを構え、相手の行動を伺う。
だが、その身体は多少震えが出ている。
(・・・なんだ、この・・・おぞましい殺気は・・・!)
触手が絡み合い、蛇のような頭になっているベヒーモス。
・・・その触手から、薄皮が張り始めた。
「な・・・?」
薄皮はうろこ状の皮膚を形成し。
その頭は、まさに蛇の頭そのものになった。
筋骨隆々の肉体を持つベヒーモスの体に、蛇の頭がくっついたような、異様な獣。
蛇の赤い目が、ロゼを睨む。
「・・・!」
来る、と思った瞬間には身体を動かしていた。
数秒前には自分のいた場所に、蛇の頭が突っ込んでいた。
「この!」
伸びてきた頭に向かってレイピアを突き刺そうとするが。
レイピアは空を切った。
既に、蛇の頭は、遠く離れていた。
噛みつこうとした蛇の頭は元の場所に戻り、下をチロチロと出していた。
「・・・こいつ」
今度はこちらから仕掛ける。
レイピアを構え、目を閉じる。
「『進行する岩』!」
レイピアが黄色に鈍く光る。
そのレイピアを、地面にこすりつけるように切り上げる。
切り上げた部分から、地面が隆起し、前に進んでいく。
まるで、岩が移動しているかのように、ベヒーモスへと向かっていく。
「・・・行くぞ!」
移動していく岩とタイミングを合わせて、自身は跳躍をする。
一瞬、ベヒーモスは向かってくる岩と跳躍したロゼでどちらを狙うか躊躇したようだ。
宙に浮いているロゼは再び目を閉じる。
「また蘇ると厄介だ・・・一気に決めさせてもらう・・・!」
レイピアの先端に触れ。
「『致命の一撃』!」
レイピアの刀身が黒く変色する。
そのレイピアを構えたまま、ベヒーモスの背中目掛けて落下する。
ベヒーモスが上空のロゼに気を取られていると、岩がベヒーモスの腕に衝突する。
その衝撃で、ベヒーモスは体勢を崩し、背中は無防備となった。
背中に両足を付けると同時に、黒いレイピアを心臓目掛けて突き刺す。
何の音も無く、レイピアはベヒーモスの体内へと入っていく。
「捕らえた・・・!」
持ち手の部分までレイピアは刺さる。
刀身は全て、ベヒーモスの体内に入っている。
「これで終わりだ!」
レイピアから手を離し、両手を合わせて上に振りかぶる。
そして、槌を下ろすように、両手をレイピアの柄頭目掛けて振り下ろした。
先ほどよりも、さらに奥へと刺さるレイピア。
ベヒーモスの体から、力が抜けるのを感じたロゼは、
レイピアを引き抜こうと、レイピアを掴む。
しかし―――
「!」
急に体に走る衝撃で、それも叶わずに背中から吹き飛ばされた。
満足に受け身も取れず、地面に転がるロゼ。
俺たちはずっと、彼女の戦いを見守っていた。
コトハはずっと震えている。
「主様、主様ぁ・・・」
震えながら、俺の胸元でベヒーモスを見ない様に震えていた。
この怖がり方は異常だ・・・。
確かに、ベヒーモスが変異したことには驚いた。
だが、顔が変わったくらいで、そこまで、怖がるようなことは起きていない。
・・・そう思ったが。
「ベヒーモスって、中に蛇でも飼ってんのか?」
「そんな訳ないだろ」
「・・・奴は、奴は合成獣・・・!
全ての生物の進化を、否定する・・・破滅の魔獣じゃ!」
「キメラ・・・?」
初めて聞く魔物の名前だ。
「じゃあ、あいつはベヒーモスじゃないのか、コトハさん?」
「ああ・・・この世に存在しては成らぬ、ベヒーモスを軽く超える、化け物」
軽く超える割には、目の前の戦いはロゼが優勢だ。
今、背中を取って、レイピアを突き刺した。
その瞬間、見ている人たちから歓声が漏れた。
決まった、そう思ったのだが。
蛇の首が、背中に乗っているロゼの体に体当たりをした。
宙に舞い、こちらに吹き飛んでくるロゼ。
目の前の道路に、転がった。
「ロゼ・・・!」
「寄るな・・・!まだ終わってない」
ロゼが立ち上がる。
その手には、レイピアは無かった。
先の一撃で、ベヒーモスの心臓には届いた。
だが、弱る気配も、死ぬ気配もない。
「ロゼ様!新しいレイピアを!」
お供の一人が投げたレイピアを受け取る。
ルーン文字も何も施していない、ただのレイピアだ。
「ロゼ・・・お主は奴には勝てん・・・逃げるのじゃ」
「・・・ああ、勝てないかもしれないな」
先ほどの一撃で、着ていたプレートアーマーが半壊している。
それだけの威力。
・・・身体にも、突き抜けてきた衝撃。
次、まともに食らったら、立てないほどのダメージになる。
身を守るアーマーは既に役立たずだからだ。
「だが、私は戦う・・・!誇りのために!」
レイピアを構えると、再びベヒーモスへと突進する。
――――――――――――――――――――
戦いは、ベヒーモスのワンサイドゲームになっていた。
ロゼがいくら強い英雄だとしても。
手に持つ武器は、ベヒーモスへ怪我を与えられるほどのものじゃない。
何度か、踏み入ってはベヒーモスへ攻勢を仕掛けてはいるが。
・・・その度にベヒーモスの攻撃が彼女を襲い、回避している。
ロゼの疲労が限界に近い事は見て取れた。
対するベヒーモスは一歩もそこから動かず、ただ、ロゼの攻撃に対処しているだけ。
・・・一方的だ、このままだと、ロゼがまずい。
「なあ、レオ」
ドギーが声を掛けてくる。
その目は、真剣な眼差しで俺を見ていた。
「なにか、俺たちに出来ることはないのか?」
「・・・俺も考えてたが」
胸元で震えるコトハの頭を撫でる。
「妙案が浮かばない・・・」
「お前、俺より賢いんだから、なんかひねり出してくれよ!」
「・・・」
ベヒーモスにまだ、刺さっているレイピア。
あれはルーン文字が施されたもの。
要は、魔法の塊のような存在だ。
・・・魔法の塊・・・?
「コトハ、俺は魔法に詳しくないから教えてほしいんだが」
「な、なんじゃ・・・?」
震えながら、俺の顔を見るコトハ。
「魔法の武器に、魔法を放つとどうなるんだ?」
「・・・増幅するぞ、その魔法。
魔法の武器というのは・・・魔法の触媒として作られておる」
なるほど。
持ち手まで刺さっている背中のレイピアを見る。
「コトハ・・・あのレイピアに、『狐火』を放ってくれ」
「なに?」
「頼む、ロゼを助けると思って」
まだ震えているが、コトハの指先がベヒーモスに向かう。
「き、『狐火』」
そう唱えると、ベヒーモスの背中に刺さったレイピアの持ち手に小さな青い炎が灯る。
最初、ベヒーモスはそれに気づかず、目の前のロゼと睨みあっていた。
だが、狐火がゴブリンに使用した時のように、レイピアの持ち手全体が燃え始める。
「・・・!?」
熱さに気づいたのか、蛇の顔が背中を向く。
青い炎が真っ赤な炎に変わると、ベヒーモスの背中を燃やす。
同時にベヒーモスの口から炎が飛び出した。
「うまくいったな・・・」
「な、何をしたんじゃ主様・・・『狐火』はそこまで威力は無いぞ」
「レイピアを触媒にして、『狐火』が増幅した・・・って、考えられないか?」
「な、なるほどの・・・」
急に内部から炎が吹きあがったベヒーモスは悶え苦しんでいる。
何が起きたか分からない顔をしていたロゼだったが。
「・・・すまない、二人とも・・・!」
そう呟くと、悶えるベヒーモスの背中に乗り移る。
自らの足を炎で焼かれながら、高温になっている刺さったレイピアの持ち手を握る。
「・・・!?」
じゅうぅぅぅと手のひらを焼く音。
火傷の痛みが、手のひらに広がる。
「・・・この・・・!!」
構わずに、レイピアを引き抜いた。
そのレイピアの刀身は・・・『狐火』で真っ赤に燃え盛っていた。
レイピアを逆手に持ち、両手で握る。
そして
「はああああ!!」
もう一度、心臓目掛けてレイピアを突き刺した。
今度は、持ち手が変形するほどに、深く、深く突き刺す。
「・・・!」
ベヒーモスの体が、ビクリと震えると。
そのまま、地面に倒れた。
「グォァァァァ・・・」
ひねり出したようなか細い声と共に、蛇の頭も地面に倒れ、口を開いて絶命した。
そして、返り血を浴びながら・・・ロゼはベヒーモスの死体の上で立ち上がった。
どっと、歓声が起こった。




