ベヒーモス編 魔獣ベヒーモスと英雄ロゼ
第二防衛線を突破したベヒーモスはそのまま直進。
中央街外郭の最終防衛線手前まで差し掛かっていた。
「・・・さて」
部下に用意してもらった紅茶を一口飲み、椅子から立ち上がる。
目の前に迫るベヒーモス。
その右手には、大きな傷があった。
「・・・誰かが怪我をさせたのか、厄介なことを・・・」
ロゼは一人、そう呟く。
ベヒーモスは手負いになればなるほど、警戒心が強くなる。
要するに・・・厄介な相手になる。
自身のレイピアの留め金を外しておく。
これは、覚悟を決めて挑まないといけない。
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俺たちが着く頃には。
決戦は、既に始まっていた。
場所はマリーの宿のすぐそばの広場。
ベヒーモスとロゼは噴水を中心に睨みあっていた。
噴水の水は出ていない。
めくれ上がった地面から大量の水が噴き出している。
・・・どうやら、ベヒーモスが踏み荒らした際に水道管を破壊したらしい。
そして、その水はお互いの足元を濡らしていた。
「主様」
「ああ・・・もう始まってる」
マリーの宿の前から、状況を伺う。
宿の主人であるマリーも、それを見ていた。
「お、無事だったかい?」
「ああ」
「・・・怪我してるね、無茶するんじゃないよ」
心配してくれるのはうれしいが。
今は、宿の心配をした方がいいだろう。
こんな近くだ、下手すると・・・。
「お前こそ、宿の心配した方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だよ、壊されたって、直せばいい話だからね」
・・・前向きな奴だな。
「・・・ほら、始まるよ」
マリーが指さすと、ベヒーモスの腕が動き始めた。
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強敵同士が対峙すると、その気迫同士で一歩も動けなくなるという。
一歩でも動けば、お互いが死に近づくからだ。
それは人間同士には限らない。
目の前の人間と、魔獣。
レイピアを構え、一歩も動かない女性と・・・体長4m以上の魔獣が睨みあう。
「すげえ・・・ベヒーモスが全然、手を出せないでいる」
「ああ、あれ以上・・・近づこうものなら、レイピアで貫かれる。
しかも、あのレイピア・・・」
青白く輝くレイピア。
その刀身には、細かい装飾・・・いや、ルーン文字が彫ってある。
それが鈍く輝き、レイピアを覆うような青白い光が発せられているのだ。
「・・・とんでもない武器だな、ありゃ」
「シエル・レイピア・・・じゃな」
「コトハ・・・あの武器の事、知ってるのか?」
「ああ・・・あれは、ドーズ国の国宝の一つ。歴代の騎士団長に預けられる、
青く光るレイピアじゃ」
ドギーがそのレイピアを見る。
「・・・あの武器があれば、俺達でも・・・」
「それは無理な話じゃ」
ドギーはコトハに目線を向ける。
「なんで?」
「優れた武器は、優れたものが使う。あのレイピアも、彼女が使ってこそ、じゃ」
なるほど。
武器が良くても、当人の技量が足りなければ宝の持ち腐れだ。
腕を動かすベヒーモスだが、間合いは・・・詰まっていない。
両者が睨みあったまま、周りの観客がどんどん集まってくる。
ある者は、自分の家に被害が出ないか心配そうに。
ある者は、面白そうに見ている。
またある者は、どちらが勝つか掛け事までする有様だ。
・・・ロゼは命を懸けて戦っているというのに、不謹慎な話だ。
不意に、ロゼの足が一歩前に出る。
それを察したベヒーモスの右腕が振りあがる。
ロゼはそのまま、ベヒーモス目掛けて走る。
ロゼは走っている最中の身体を強引に止めると、勢いを殺しながら横に飛び退いた。
さっきまでいた位置に振り下ろされる腕。
ズンッという音が辺りに響き、地震を起こす。
「っ!」
横に飛び退いた姿勢をそのままに、レイピアを振り下ろした腕に突き刺した。
丁度そこは、傷口の上。
「ガギャアアァァ!!」
痛みのせいか、悲鳴を上げて突き刺された腕を振り回す。
レイピアは刺さったまま、それを持つロゼも腕と共に振り回された。
「・・・まだだ」
レイピアを引き抜くと、振り回された反動で身体ごと宙に投げ出される。
「『風の輪舞』!」
ロゼがそう唱えると、レイピアから風が吹き始める。
同時に、レイピアを地面に向けながら落下する。
地面に着地すると同時にレイピアを地面に突き刺す。
レイピアの纏っている風の風圧が地面とぶつかり、
ロゼの体自体をベヒーモス側に吹き飛ばした。
「風魔法の反動を使って、自らの身体を飛ばすとは・・・」
「さっすが英雄!」
感心しているコトハとそれを楽しそうに眺めるドギー。
・・・俺は、ハラハラしているが、英雄の動きを見れて、高鳴るものも感じる。
吹き飛ばした身体の反動を利用し、ベヒーモスのわき腹にとりつく。
そして
「『爆発』!」
レイピアの刀身が赤く光る。
それを、無防備なわき腹に深く突き刺した。
「!」
身をよじって、とりついているロゼの身体を吹き飛ばす。
その際にレイピアも抜けるが。
その刀身は青に戻っていた。
飛ばされた身体をひねり、華麗に着地するロゼ。
「・・・!?」
ベヒーモスが自分の胸を見ている。
赤く光る、その胸。
瞬間、ベヒーモスを中心に大爆発が起きた。
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爆発の衝撃は凄まじく。
マリーの店の窓のガラスは全て割れ。
観客のほとんどを吹き飛ばし。
ドギーをどこかへ吹き飛ばす威力があった。
「・・・凄いな」
土煙でベヒーモスとロゼが見えない。
飛んできた石や破片からコトハを守るために、壁になっていたが。
「っぺっぺ・・・ううむ、砂が目と口に入ってしまった」
目をこするコトハ。
「こするな、ほら」
懐から水筒を渡す。
「気が利くの」
目を洗い始めるコトハ。
しかし、ドギーはどこまで飛んだ?
辺りを見渡すが、土煙が晴れないせいで何も見えない。
土煙が晴れ、ベヒーモスとロゼが見えてきた。
ベヒーモスは爆発のせいなのか、胸が血で真っ赤に染まり。
その息も絶え絶えになっていた。
対するロゼは、土煙のせいで所々が汚れていたが、無傷だ。
流石英雄・・・ベヒーモスを圧倒している。
「・・・しぶとい、な」
体内で爆発させたというのに・・・。
目の前の魔獣は、生きている。
だが、死にかけだ・・・。
「今一度・・・貴様を」
レイピアを構える。
「・・・ニンゲン・・・コロス」
低く呻く様な声。
しかし、ベヒーモスは人語を話す。
「喋った・・・!?ベヒーモスが・・・!」
驚くロゼ。
しかし、次の行動はその先を行くものだった。
自らの首に両手の爪を突き立てるベヒーモス。
そしてそのまま、首に深く爪を突き刺す。
「グゥ・・・グゥゥゥゥ」
低く、うごめく様な声を上げ、大量に噴き出す血と共に、首から上が地面に落ちた。
地面を転がるベヒーモスの首。
「な・・・何を・・・」
自殺した・・・周りの人間にはそう見えるが。
ロゼは、その行動を見て、さらに警戒を高めていた。
首の落とされた身体も、地面に横たわる。
血が広がり、足元の水と混ざり合うと・・・血の池のようになった。
「自殺・・・したのか?」
吹っ飛ばされていたドギーが俺にそう尋ねる。
木の上に吹っ飛ばされたのか、髪は木の葉まみれだ。
「分からん・・・だが、なんか変だ、なあ、コトハ?」
コトハを見る。
その小さな姿は・・・身を小さくして震えていた。
それも、見て分かるくらいに震えている。
「主様・・・主様!まずい・・・!まずいのじゃ!」
そう言うと、こちらの裾を引っ張り、まるで離れろと言わんばかりに力を入れる。
「どうした・・・?」
「奴は・・・奴は!」
ドギーが肩を叩いてくる。
「おい・・・あれ」
振り向くと、ベヒーモスの死体を指さすドギーがいた。
・・・その先には、死体・・・で何かが蠢いていた。




