ベヒーモス編 前哨戦ー第一防衛線ー
ベヒーモス襲来。
その一言は、防衛線最遠部の拠点から発せられた。
ギルドの予想通り、1体のベヒーモスが首都西側より第一防衛線に向かってきていた。
現在の速度でベヒーモスが侵攻を続けた場合、首都へは約1日で到着する。
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第一防衛線、西側防壁近く。
ここは、「ゴイアの腕」と呼ばれる魔法使いの冒険者パーティーを中心とした、
防衛隊が守りを固めていた。
そして、ベヒーモスの襲来は、夜更け過ぎに急に起こる。
急な振動と共に起こされる守衛たち。
防壁の裏には簡易的なテントが張っており、
冒険者と守衛は、そこで見張りを続けていた。
防壁は、ハントシーズンというものが生まれてから、
ボーペリアが生み出した、時間稼ぎのための壁の事。
何度も襲来を受けては破壊され、その度に直すので、つぎはぎだらけだ。
防壁の高さは3m近く。
ベヒーモスは四つん這い状態で4メートル近くの大型の魔獣。
しかし、跳躍は下手くそなのでこの防壁を飛び越える真似は出来ない。
つまり、この壁を破壊して、中に入るしかない。
「見えた・・・!ベヒーモスだ!!」
守衛の一人がそう叫ぶと、近くの半鐘を鳴らす。
けたたましい音が周辺に響く。
その音を聞いた、たき火を囲む黒いローブの集団。
たき火に照らされる顔は仮面で隠され、正体は見えない。
「さあ・・・同胞たち。ゴイアの腕の力・・・今こそ見せる時」
その中でも、一際目立つ仮面をつけた男が立ち上がる。
それにつられるように、12名のメンバーも立ち上がった。
「ベヒーモスは神に近いとされる生物・・・その生物を我々で屠り・・・
神『ゴイア』への供物とするのです」
おお、と全員が声を上げる。
その様子を横目で見るひとりの男。
その男は、守衛隊長で、彼らの見張り役だった。
「・・・働くのなら・・・いいが」
なにせ、正体不明の彼らだ。
冒険者ギルドの紹介では、国内トップクラスの腕前と聞く。
だが・・・気を付ける様にとも言われた。
腕は信じても構わないが、彼らは・・・。
(・・・ゴイア以外は、クズ同然の思想・・・か)
その考えの答えは、この後分かるようになる。
彼が、想像する以上の答えで。
唸る獣のような声。
それは、地面を振るわせるほどに響いている。
防壁の上に立ち弓を構える兵士。
その先に見える、闇に隠れながらも揺れる・・・その影。
松明の光が、その獣を照らし始める。
筋骨隆々の上半身、それに比べると短い脚。
そして、ライオンのような顔に、牛のような立派な2本の角。
尻尾は細いが、あの尻尾でも人体を真っ二つにする程度の事は出来る。
赤黒い肌は、まるで返り血を浴びた獣のような、そんな印象を受ける。
「・・・くそ、手が震えやがる・・・!」
矢を番え、狙う先にいる魔獣に向けて放つだけ。
それだけなのに、手が震えて狙いが定まらない。
「落ち着け、俺たちの仕事は時間を稼ぐことだ。
・・・後ろの奴らがきちんと準備できるようにな」
「あ、ああ・・・だが―――」
兵士の横を、大きな光る何かが通りすぎだ。
「!?」
ベヒーモスが何かしたのかと警戒する。
しかし、飛んできた方向は後方から。
自分たちの後ろ・・・つまり、防壁の内側から飛んできたものだ。
真っすぐにベヒーモスの顔へ向かう光の塊・・・いや、炎の球。
ベヒーモスはそれを避けようともせず、頭に直撃した。
爆発する音と、熱波が衝撃波と共に兵士を襲う。
「っ・・・!」
爆風が止むと同時に後ろを確認する。
防壁の後ろ、テントのあった部分には13人の魔法使いが円になって何かを唱えている。
「あいつら・・・!」
また、炎の球が円の中心に浮かび上がる。
「くそ・・・!退避しろ!」
守衛たちが防壁から飛び降りると同時に。
防壁は炎の球によって溶かされ、大穴を作りながら直進していく。。
防壁を貫通した炎の球は、ベヒーモスへと向かう。
先ほどは一切動かなかったベヒーモスが右腕を振り上げる。
そして、球が射程内に入ると、腕を振り下ろした。
まるで、ボールを潰す感覚で炎の球を地面に叩き落した。
爆発音はするが、それは、ベヒーモスの足元で響いた。
「・・・防壁に・・・穴が」
「貴様ら!何のつもりだ!」
ゴイアの腕の隊長につかみかかろうとする守衛隊長。
しかし、その行動は、防壁の大穴からこちらを覗く赤い目がそれを制止する。
「ええい・・・!武器を構えろ!一戦交えるぞ」
守衛たちが剣や槍を構える。
ベヒーモスは大穴に身体を突っ込み始める。
メリメリという音と共に、防壁の崩壊が始まる。
しかし、狭いせいか、直ぐにはこちら側に出てこない。
「行くぞ!今がチャンスだ!」
守衛たちが走り出し、防壁に突っ込んだベヒーモスの頭や腕を斬る。
始めは一方的に攻撃が出来ていたので、兵士たちの顔には余裕があった。
しかし、斬りつけた剣や槍に異変が起きる。
ベヒーモスに当たる度に、響く金属の悲鳴。
そして、一本、また一本と折れていく武器。
「くそ・・・支給品じゃ薄皮一枚も剥がれないか・・・!」
分が悪いと見た隊長が、撤退を指示しようと、腕を上げる。
しかし、その隊長の真裏から、巨大な氷の塊が迫っていた。
「撤退し―――」
守衛隊長の体を巻き込み、氷塊はベヒーモスへと向かっていく。
「が・・・っ!」
氷の表面の突起に胸を貫かれる。
「狂ってる・・・異教徒・・・が・・・!」
進路上にいた全ての守衛を巻き込みながら、氷塊はベヒーモスへと衝突した。
砕け散るとともに、赤い鮮血が辺りに広がる。
それはベヒーモスの血ではなく、人間の血。
「隊長ぉー!!」
「お、お前ら・・・正気か!?」
残った守衛も、その所業に驚いていた。
味方ごと巻き込み、ベヒーモスを攻撃した。
いや・・・最初から巻き込むつもりで、放ったのだろう。
彼らの顔が笑っている。
「ゴイアの腕は神の僕。ゴイア様以外はただの下郎・・・道の邪魔だ」
円だった陣形が、変わる。
今度は並列に並び始めた。
「・・・!くそ、この場から離れろ!!」
残った守衛2人は、その射線から離れた。
同時に響く、雷の轟く音。
「『魔力増強』、 『サンダーボルト』!」
横並びになった魔法使い達の手から放たれる、雷の連発。
それがベヒーモスの体中に鞭のようにしなりながら当たった。
だが、効いている気配はない。
「なるほど、魔獣と呼ばれるだけのことはある。皆さん・・・」
リーダーを中心に、再度陣形が変わる。
今度はリーダーを先頭にしたV字型の陣形。
「さあ、ゴイアの神髄・・・見せてあげましょう・・・!」
メンバーが片手を上げると、自分の魔力を先頭・・・リーダーに集中する。
一点に集中される魔力。
それは、リーダーの杖に集中していた。
自己を含めた13人分の魔力を一つに結集した杖は強く輝き、漏れた魔力が、
雷のように周りに広がりはじめる。
ベヒーモスも防壁を破壊し、内部へと乗り込んでくる。
その姿を捕らえたゴイアの腕のリーダー。
「『審判の雷』!」
一際強い光が、防壁周辺を包み込んだ。
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俺たちは第二防衛線に配備された。
第二防衛戦は・・・街の西門だ。
ここから最終防衛線である、首都カルラス中央まではそこまで距離が無い。
・・・昨日の朝方、報告があった。
第一防衛線は、突破されたと。
「突破?」
その話を聞いたのは朝早くの宿の待合場。
報告の兵士が慌ただしく伝えに来た・・・向かい側に座るロゼに。
今はその話をロゼから聞き、ドギーも話を聞いていた。
「しかも・・・後についてくる魔物もそのまま入って来てるって話だ」
「・・・第一防衛線で何があったんだ?」
少なくとも、魔物の侵攻を止めるのが防衛線の仕事。
ベヒーモスは突破前提でこの作戦が組まれているはず。
・・・ベヒーモスを止めるのは、彼女、ロゼの役割だ。
そう思い、向かいで饅頭を食べている彼女を見る。
「・・・あまり見ないでくれ」
「あ、ああ・・・悪い。食事中の女性を見るもんじゃないな」
顔を赤らめて恥ずかしがっている。
「しかし、わらわ達もそろそろ出た方がいいじゃろう?」
「ああ、準備は万端でな」
腰を上げる。
「無事でな、無理はしなくていい・・・私が倒すからな」
「お主で倒せるのか?」
素朴な疑問をコトハが投げた。
確かに、それは聞いてみたかった。
「・・・倒したことはある、だから、大丈夫だ」
・・・そうか、実績があるのなら、言うことはない。
「じゃ、俺はセオドアを呼んでくるよ」
「ああ、揃ったら向かおう」
第二防衛線、西門へ。




