頭髪魔法で魔王討伐〜毛根が死滅する前に、世界を救え〜
その日、いつも通り登校をしていた上野 大輔は、なんの前触れもなく勇者召喚された。
目の前には金髪の美少女。
高貴なオーラがビンビンで、恐らくこの人が王女様だろう。
「魔王を倒して世界を救ってください勇者様!」
「え、いや、いきなり言われても……」
「お願いします!」
「ちょ、いきなり頭を下げないで!」
「勇者様の力が必要なのですっ! どうか……どうか……どうか!」
王女様の懇願に負け、大輔は勇者として世界を救う事になった。
美少女に涙目で助けを乞われたのだ。思春期男子からすれば、断りにくいはずだ。
大輔も例に漏れるわけなく、割と前向きに頑張ろうと気合いを入れていた。
次に、大輔は勇者召喚された際に手に入れたスキルを確認する。
王女様に言われた通り水晶に手を乗せると、空中に『頭髪魔法』という文字が浮かぶ。
「頭髪魔法?」
「ふむふむ。どうやら、勇者様の髪を触媒に様々な能力を使えるようです。やりましたね、勇者様! 見た限り汎用性も高そうですし、これは当たりのスキルですよ!」
なんでも、勇者毎に手に入るスキルは違うらしく、使い道が多そうな大輔のスキルは良いらしい。
しかし、大輔自身はスキルの内容を聞き、顔色を真っ青にする。
「あ、あのさ。これ、触媒に使った髪はどうなるの?」
「そうですね……使った髪はそのまま抜けてなくなるようです。勇者様はまだまだ若いですし、髪がたくさんあるので大丈夫ですね!」
つまり、この『頭髪魔法』を使えば使うほど、大輔の頭皮はどんどん剥きだしになるようだ。
「やっぱり、俺を元の世界に帰してくれ!」
「そ、そんな!? なぜですか!?」
「やめろ離せ! この年で俺はハゲなんかになりたくねぇ!」
縋りつく王女様を押して引き剥がそうとするも、意外と力が強く離れてくれない。
こうして、大輔は抵抗を試みるが、美少女の泣き落としにより勇者として頑張る事になるのだった。
♦♦♦
「勇者様! 頑張ってください!」
「お、おう!」
王女様の声援を背に受けた大輔は、目の前にいる魔物を相手に構える。
勇者として王城で修行をしてからしばし、ある程度形になったので実戦をする事になった。
初めての実戦という事で、相手はこの世界のザコ敵として名高いゴブリン。
緑色の小鬼は棍棒を手に持ち、大輔達を警戒している。
「さあ、勇者様! 『頭髪魔法』の力を見せてください!」
「いや、普通に訓練の時に使った剣じゃダメなのか?」
「ダメです。今のうちに使用感を確かめておかないと、万が一があった時に困りますから」
「うっ……」
王女様の言葉にも一理あり、大輔はため息をついて頭に手を添えた。
一度使ったら二度と生えてこない髪に涙目になりつつ、『頭髪魔法』を発動して一本の髪の毛を抜き身の刀に変身させる。
「おお! それが、勇者様の魔法の毛刀!」
「なんでこうなったかなぁ……」
ぼやきながら手に馴染む刀を振るうと、足元に生えていた草が綺麗に刈り取られた。
まるで豆腐を斬ったかのような、軽い手応え。
やはり、勇者の魔法なだけはあり、そこらの名刀より切れ味が凄まじい。
「さあ、勇者様! 魔物を倒してください!」
チアのように応援する王女様をよそに、大輔はため息をついてゴブリンに斬りかかる。
鍛えてくれた騎士団長に比べれば弱いので、苦戦することなくあっさりと倒す。
手のひらに残る感触に眉を潜めながら、大輔はなんとかやっていけそうだと嘆息。
精神面も鍛えられたので、今更この程度で心を乱すことはなかった。
「ふぅ……」
「流石です勇者様!」
「そうは言っても、王女様が戦えば一瞬で終わるじゃん」
「私は後衛ですので、魔物に近づられたら負けますよ」
王女様はこの国一番の魔法使いで、旅をする時に大輔と一緒に行く事になっている。
何度か訓練も共にしており、ある程度は気の置けない仲になっていた。
こうして、大輔は実戦に慣れたあと、王女様と魔王を倒す旅に出るのだった。
♦♦♦
大輔達の旅は苦難の連続だった。
街を攻めてきた魔物の群れを倒すため、一眼となって戦ったり。
闘技場のある街で、王女様の発案により出る事になった大輔が優勝したり。
魔王の手下である魔族に襲撃され、死線をくぐり抜けながらも打倒したり。
途中で新たな仲間も増え、伝説のドラゴンの力も借り、ついに大輔達は魔王の元にたどり着くのだった──
♦♦♦
「よくぞ来た勇者よ!」
おどろおどろしい、謁見の間。
邪悪さが漂うそこの玉座で、一人の魔族が大仰に手を広げた。
彼は大輔達の敵である魔王だ。
その圧倒的な魔力。この場にただの人がいたとしたら、あまりの恐ろしさに数瞬もしないうちに失禁してしまうだろう。
しかし、相対している人達は普通ではない。
誰もが洗練された装備に身を包み、また佇まいも隙がなく強そうだ。
そこにいるのは、筋肉隆々な斧を持つ男に、清らかな雰囲気を纏う女性。
そして、豪奢なオーラがある美少女と、黒目黒髪の平凡な少年。
言うまでもなく、彼等は大輔達である。
数々の苦難を乗り越えた彼等は、一端の戦士と扱っても問題ない強さになっていた。
魔王の問いに、代表して大輔が前に出て答える。
「魔王! お前を俺は許さない!」
「ほう? 誰か大切な者でも殺されたか?」
「そうだ! お前のせいで、俺は大事な物を無くしている……!」
「ふむ……」
殺気を滲ませて睨む大輔を見て、顎に手を添えた魔王は小首を傾げた。
しばし大輔の顔を見つめ、怪訝そうに眉を寄せて口を開く。
「ところで、勇者よ。なぜ、貴様の頭頂部は薄いのだ?」
魔王が尋ねた瞬間、辺りの空気は凍りついた。
斧の男性はあちゃーっと額に手を乗せ、僧侶らしい雰囲気の女性は目元に布を当てて涙を拭う。
「それは言っちゃいけねーよ」
「ああ、勇者様。おいたわしや」
対して、魔法使いである王女様は笑顔で大輔の肩を叩き、ガッツポーズ。
「安心してください、勇者様! 私は例え、勇者様の髪が全てなくなったとしても、軽蔑はいたしませんとも! それは言わば、勇者の力を使った証。賞賛することはあれ、侮蔑は絶対にしません!」
そんなフォローを受けた大輔は、寂しくなった頭に手を当てると、更に殺気を高めて叫ぶ。
「うるせぇ! 誰のせいだと思ってやがる!?」
「う、うむ。なんだ、その、すまん」
「敵に同情なんてされたくねぇよ! そのムカつく顔をぶん殴って、お前の髪も全部毟ってやる!」
大輔の声を皮切りに、両者の戦闘は始まった。
余談だが、大輔は敵対する相手の髪や体毛を全て毟っていたため、巷では『毛髪狩りの勇者』なんて渾名をつけられていた。
その容赦ない所業に、世の男性達は眠れぬ夜を過ごしたとか。
勇者と魔王の戦いは、連日連夜続く。
超人同士なので数日なら眠らずに戦えるが、やはり比例して勇者サイドが押されはじめる。
相手は魔族の王だ。
あくまでも人間である大輔達では、彼の無尽蔵の体力に対抗しきれない。
その違いは徐々に現れはじめ、やがて決定機な隙となる。
「きゃ!?」
「フハハハハ! これで一人脱落だ!」
微かに集中を乱した僧侶へと、魔王が無数の魔法を放つ。
しかし、勇者が髪を抜いて投げつけた事により、その攻撃は防がれる。
「あ、ありがとうございます」
「気にするな……とはいえ、このままだとジリ貧だな」
「やはり、あれを使うしかないのでは?」
王女様の言葉に、大輔は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
魔王を倒す手段は、ある。
今までの手応えからも、この攻撃を当てれば倒せるだろう。
しかし、この手段には、致命的な問題があった。
「なんだ? なにか奥の手でもあるのか? 良かろう。使ってみせろ」
「くっ……!」
魔王の攻撃を防御しながら、大輔は歯ぎしりして葛藤していた。
使いたくない。
絶対に、この手は使いたくない。
だが、使わなければ勝機はないだろう。
今の状態でもみんな限界だし、このままでは全滅必至だ。
「勇者様、ご決断を!」
「──ああ、もう! 使えばいいんだろ使えば!」
パーティー全員の期待に満ちた視線に耐えきれず、大輔は半ばやけくそに叫ぶ。
魔王の攻撃を弾いて後方に飛ぶと、両手を頭に添えて集中していく。
「私達は、勇者様を魔王から守るのです!」
『おう!』
大輔が抜けた穴を埋めるべく、王女様達は力を振り絞って時間稼ぎ。
斧の戦士は身体が悲鳴を上げても無視し、僧侶はふらつく足に力を入れて回復魔法。
王女様も脳を酷使して、魔法で魔王の猛攻を防いでいた。
かかった時間は、数分ほどだろう。
しかし、それでも王女様達は満身創痍で、魔王に押されはじめる。
展開した魔法陣に魔力を込めつつ、王女様は脂汗を流して口を歪める。
「これまでですか……!」
「──いや、間に合った」
そう呟くと、王女様の脇を通り抜けて立ち塞がる大輔。
彼の全身からは膨大な魔力が漏れており、その総量は魔王すら凌ぐ。
「なんだ……それは!」
「なにって、俺の奥の手だ。お前が余裕をぶっこいているから、こうして魔力を高められた」
「ならば、貴様を倒すまで!」
魔王が魔法を放つが、大輔の手で受け止められた。
まるで子供が投げたボールを掴むように防がれ、魔王は目を見開いて冷や汗を垂らす。
「無駄だ。この状態になった俺は、無敵だ」
「うおおおおお!」
叫びながら攻撃を仕掛ける魔王に、大輔はため息をついて構える。
更に魔力が高まりはじめ、その余波だけで魔王城が揺れる。
「悪いが、これで終わらせる──」
──『頭髪魔法』奥義:毛根大爆発
勝負は、一瞬だった。
いつの間にか大輔は魔王の胸を貫いており、腕を引いて手につく血糊を振って落とす。
「がはっ!?」
口から大量の血を吐きだした魔王は、玉座から崩れ落ちた。
「勇者様っ!」
「お疲れ。これで、俺達の勝ちだ」
駆け寄ってきた仲間達にそう告げつつ、大輔は魔王を見下ろす。
その言葉を聞き、魔王は焦点の合わない目を向けてくる。
「見事だ……勇者よ」
「言い残す事はあるか?」
「……髪を毟るのは、やめてくれ」
「死ね」
魔王にとどめを刺した大輔は、情け容赦なく髪を毟っていく。
鬼気迫るその行動に、王女様達はドン引きした表情だ。
「ゆ、勇者様……?」
「くっくっく、こいつは念入りに毟ってやる。見た目はおっさんの癖に、俺よりふさふさとか許さねえ」
「勇者様! 魔王を倒したのですから、早く城へ帰りましょう!」
王女様に引き剥がされたが、大輔は気にせずもう一度毟ろうと近づく。
しかし、不意に力が抜けて倒れたため、側の王女様に支えられる事になる。
「勇者様!?」
「……さっきの奥の手の代償が来たか」
「だ、代償とは……そんな!」
悲しげに笑う大輔を見て、王女様は目を見開いて悲痛な声を上げた。
何故なら、大輔の頭が光ったかと思えば、ゆっくりと髪が落ちていくのだから。
抜け落ちた髪は、途中で淡い粒子となって消える。
脱毛する速度は徐々に速まり、光る粒子が大輔達を囲っていた。
先ほど、大輔が使った奥義。
他の『頭髪魔法』と同じように、この魔法も触媒に髪の毛が使われる。
魔法を使うと、使った時にある頭髪と同秒間無敵になれる。
しかし、魔法を使ったあとは──
「ゆ、勇者様……!」
全ての髪が抜けた大輔の変わり果てた姿を見た王女様は、口に手を添えて涙を流す。
頭皮には髪の毛が微塵もなく、見事なスキンヘッドと化していた。
望んでなったのならまだしも、この年で強制的にハゲになるとは。
「は、はは……」
頭を触るも、髪の感触はない。
脳が現実を受け入れはじめ、大輔は乾いた笑いを漏らす。
やがて、白目を剥いて、口から泡を吹く。
「勇者様! お気を確かに勇者様っ!」
「ハゲ……ついにハゲた……」
王女様達の声を最後に、大輔は現実逃避をしながら意識を落とした。
こうして、魔王を倒した勇者は、代わりに大切な物を失ってしまうのだった。
♦♦♦
勇者達の活躍は、後世まで語り継がれた。
世界征服を目論む魔王を倒した、勇敢ある者達だったと。
子供向けの絵本にまでになった英雄譚の題名は──
──光の勇者の魔王討伐物語。